ー弐ー

 状況がつかめないみーこさんの父親は、キョトンとした様子で僕とみーこさんを交互に見ている。


「……なんだか、楽しそうでいいですなぁ」


 この悪魔を目の前にしながらこののほほんとしたコメントを聞いていると、僕は思わず毒づきそうになり、そんな自分を自制する。

 こんな頭のネジが一本飛んでそうな感じの方でも、彼は宮司であり、麗しいみーこさんのお父上なのだから、と。


「お前……全然自制できてないぞ」


 透明人間の姿は見えなければ、声も聞こえはしない。僕は耳の穴をほじるような仕草をした後、再びみーこさんの父親と向き合った。


「失礼いたしました。社会人として恥ずかしながら、どうやら僕は集中力に欠けているようです。ここからは邪念を捨ててお話を伺いたいところですので、どうか続きをお願いいたします」

「そんなに畏まらないでください。まぁ端的に言ってしまえば、この神社はその古事記の由来から困っている人がいれば手を差し伸べてあげるというのが信念と言いますか……それもあって、あやかし新聞というものを作ったのですよ」

「なるほど。それはなんとも立派なお考えですね」


 それであの子供騙しな学級新聞なのか。なるほど。


「お前、性格に難ありすぎだぞ。腹の中の声と表の言葉に差があることをいい加減自覚しろ」


 聞こえない声を阻むように、僕はさらに詰め寄った。


「あの神棚にお供えされている手紙……僕が代理で運んだあの紙には何が書かれているのでしょうね?」


 ここまで運んできたのだ。少しくらいあのおばあさんの悩み事とやらを知ってもいいのでは? という考えがが泡のように膨れだしていた。

 どうせ新聞で答えを書き出すのであれば、ここで僕が内容を聞いても問題はないだろう。そう思ったところ、みーこさんの父親も同じことを思ってくださったのか、一旦は神棚に置いたあの手紙を取りに行ってくれた。


「佐藤さんが運んでくださったのも何かの縁でしょう。一緒に確認してみましょうか」


 そう言ってみーこさんの父親はメモ紙の切れ端を細く、長く折られているそれをゆっくりと開いた。

 カサカサカサ……と紙が擦れる音を奏でながら露わになったその中身。みーこさんの父親が誰よりも先に黙読した後に「ふーむ」と息を吐きながら手紙を机の上に置いた。

 僕と麗しのみーこさん、そして空気の存在がその中身を見ようと身を乗り出した。



————————————————————


神様。

いつも見守ってくださり

ありがとうございます。

私、キヨと申します。


夫には既に先立たれ

息子も先日、

夫を追って天国へと向かいました。


その息子の形見である

万年筆を見つけてくださいませんか?


大切にしまっていたはずが

どうやらどこにしまったのか

わからなくなってしまいました。


どうか、お力添えくださいませ。


————————————————————



 ——なんて、重い内容なんだ。

 こんな重い内容のお願い事をよくも見ず知らず、どこの馬の骨かも分からない僕に渡したものだ。


 息子の形見を探して欲しい……? どう考えてもシリアスな内容じゃないか。

 世間一般的には、親やパートナーである妻夫よりも、自分がお腹を痛めて産んだ子供を一番に考えると聞く。特に女性であればなおさらだろう。十月十日、子供をお腹の中に宿し育てた後、陣痛という痛みを伴って子を産むのは決まって女性だ。

 だからこそ自分より先に先立たれるのは自分や他の身内が死ぬよりも辛いことだろうと想像する。

 子供どころか結婚さえしていない、強いて言えば、現在は絶賛彼女募集中である僕でさえそのことは容易に想像ができる。


 それなのにあのおばあさん、キヨさんの切なる願いをこの僕に託し帰ってしまったのだ。それだけ僕は、信用の置ける人物に見えたのかもしれない。キヨさんはなかなか良い目を持っていらっしゃるようだ。

 その上、キヨさんは僕にお賽銭も渡していった。抜かりない。神頼みするのだからお参りは必須だろう。

 けれどキヨさんはここに来なかった地点で、そのお参りすらカットしている。なんたる効率の鬼……僕の会社でキヨさんが働いていたならば、きっと上司が喜ぶであろう効率性だ。


「……お前、何言ってるんだ?」


 何度も手紙の内容を読み込んでいる麗しのみーこさんに目を向けた。すると、みーこさんは胸に手を当て、キヨさんの心の内側に共感でもするかのように悲しそうな表情を見せた。みーこさんのなだらかに丘を描くその眉尻が、さらに下へと下がっている。


「これは、見つけてあげなくては……!」


 麗しくも凛々しい表情に切り替わった、勇ましいみーこさん。彼女はすっと立ちあがり、手紙を再び神棚の上に置いて”パンパン”と柏手かしわでを叩いた。


「しかしどのようにして、見つけるのでしょうか……?」


 ずっと気になっている占い調べるという謎の方法がやっと解明される時が来た——そう思い、僕はごくりと生唾を呑み込んだ。


「佐藤さん!」

「はいっ!」


 みーこさんは机越しに僕にがぶり寄りながら、机の上に置いていた僕の手を力強く握り締めた。


「どうかお力を貸してくださいませんか?」


 ……はい?

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