第1話 犬神⑤



「さて、犬神についての大体の推理は完成しているのだけれど。早百合嬢、真実を話してくれるかい?」

 再びの広間。

暖炉の前に座る瑠璃乃は、剣持さんにそう問いかける、

「何から話せばいいのか……そう、まずは御三家の関係について、お話ししなくてはなりませんわね」

 剣持さんはマグカップを抱えながら、呟くように話し始めた。

「旧御三家の始まりは、平安貴族だと言われております。剣持、峯月、唯森の三家はそれぞれ時の権力者を庇護する立場にありました。私たちの家の者が考え方の違いから反目することは昔からあったそうです。本格的に霊的な関わりを得ることになったのは、養和大飢饉の際のことですわ。剣持は犬、峯月は狐、唯森は狸。これは……おそらく獣食によって生き延びた事を後世に残しておく為の祀り事だったのでしょう。初めのうちはただの儀式だったことが、その後、飢饉が起こる度にいつしか本物の呪術に変わっていきました。その肉を喰らうごとに、家に応じた霊が当代の人間に憑依するようになったのですわ。その流れは現代まで続いております。瑠璃乃さんも薫さんもあの狐をご覧になったでしょう。対立は先の戦争に対する考えの違いから特に明確になりましたわ。その後の財閥解体と三家間の盟約により財閥としての争いは無くなりましたが、今度は企業間の競争相手として間接的に戦うことは今でもあったのです。そして父が亡くなり、霊的な存在が認知されなくなった現在……」

「御家憑きの霊で利益を強奪する絶好の機会だと、峯月方解は考えたわけね」

 瑠璃乃はその透き通るような眼差しを剣持さんに向けた。

「そうですわ」

 なるほど、証拠の残らない方法で命を狙う、か。瑠璃乃の言っていた通りだけれど、それならどうして盟約を破棄したりしたのだろう。

「そんな事、決まっているじゃない」

 瑠璃乃は何を今更、と肩を竦める。

「戦ってでも得なければならないものがあるからなのでしょう?」

満ち足りていないもの同士、何かを手にしたいという感情が理解できるのだろう、二人は静かに目を合わせる。

「おそらく、早百合嬢が望んでいるものは、金銭面や社会的評価とは関係がないわ。だって動機がないもの。今と同じものを望むなら、与えられたものをただ維持する努力だけしていればいい。けれど、彼女は違った。身内を失い、犬神の存在が未だあやふやなままであるにも関わらず、戦うことを選んだのよ」

「流石探偵さん、なんでもお見通しですわね」

 剣持さんは立ち上がると、椅子に座っていた瑠璃乃を後ろから抱きしめる。

 「柔らかくて抱き心地最高ですわ……おまけに、スーハースーハー、後頭部が石鹸のいい匂い」

 シリアスパートと地縛霊をなんだと思っているのだろうかこのお嬢様は。そして瑠璃乃も満更でもなさそうな顔をするんじゃない。僕が仲間外れにされてるみたいじゃないか。何の仲間なのかそもそも知らないけどさ!

 「薫君だって剣持さんのおっぱいを触っていたじゃないか、彼女を妖狐から救い出すときに。それもガッと行ってた。私は見たから間違いない」と頰をむにむにされながら瑠璃乃が口を挟む。

「まぁ、私は気にしませんわ。だって一生懸命助けてくださったんですもの。ほんの御礼ですわ」

 「そこまで余裕を見せられてしまうとドギマギした僕の立場が無くなってしまいますよ!」

 そうツッコむと、後ろから何やら不穏な空気を感じて振り返る。そこには眉間にシワを寄せた芹田さんが氷のような目で僕を見ていた。いや、わざとじゃないんです。本当に。

 「いいじゃない、スキンシップ仲間ってことでいきましょうよ」

 「あら?瑠璃乃さんと守屋さんもスキンシップなさいますの?」

 「そりゃあもう、晩から朝までよね、薫君」

 「人の腹にのっかってする金縛りはスキンシップとは言わないからね!?」

 なんだか背筋の冷えが増してきた気もしなくもないけれど。

 「とにかく。その戦う理由を教えて下さい。僕たちはもう剣持さんに肩入れしてしまっているんです。特にこの探偵が」

 剣持さんは柔らかくも、芯のある眼差しで僕と瑠璃乃を見た。

 「これで、私たちは一心同体というわけですわね」

 「それはもう」

 瑠璃乃は本領発揮だね、と不敵に笑った。

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探偵は地縛霊⁉ ー怪奇探偵・乙瀬瑠璃乃の事件簿ー 瀬奈 @ituwa351058

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