第1話 犬神④



 「犬神は何者かによって剣持さんを殺す為に差し向けられたんじゃなかったのか?」

 「今まではその可能性もあったわ。でもこの男が現れた今、前提が変わった」

 瑠璃乃の言葉に、峯月は肩を竦める

「この状況になってようやく気がつくとはね。そう、私たち峯月、剣持、そしてもう一つの御三家である唯森ただもりは相互不可侵の盟約を結んでいた。お互いの領分には表裏の世界に関係なく踏み込まないとね。だが剣持家の先代が死ぬと話は変わった。盟約を破棄したのは……そちらのお嬢さんの方からなのですよ」

「争いの原因は彼女にある、と」瑠璃乃が言うと、先に手を出したのはそっちじゃないか、とでも言いたげな峯月。 

「確かに」と探偵は言葉を紡ぐ。

 「今までの契りを反故にしたのは我々の依頼人なのかもしれない。だが私は警察でもなければ、彼女の弁護人でもない。一介の私立探偵であり、虫ケラ以下の地縛霊さ。だから肩入ぐらいする‼︎再起‼︎」

 瑠璃乃が叫ぶと、妖狐に破られたはずの術式が再び発動した。今度は霊ではなく、峯月に向かって。

 「小賢しいマネを!禍黄狼〈ボロギツネ〉!」

 主人を守ろうと、網目の前に妖狐が再び立ち塞がった。

 「今度こそダーッシュ!」

 その隙をついて、僕は剣持さんを抱きかかえる。

 想像していたよりずっとその体は軽く、何やら腕に柔らかい感触があったけれど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

 「薫君!役得ね!」と瑠璃乃が茶化す。

 「言ってる場合か!」

 屋敷の中に命からがら滑り込み、扉を閉じる。まったく、息も絶え絶えとはまさにこの事だ。

「相変わらずズルイ手ばっかり使いやがって」

 「スマートな作戦と言いなさいよ」。

僕たちは峯月と大きなガラス戸を隔てて向かい合った、

屋敷内に施された結界の影響で、妖狐は簡単には入って来れない

「まぁいいでしょう。今日はここまでにしておきますよ、お嬢さん。三日後の午前0時。今度は本気であなたを殺しにきます。この禍黄狼に対抗できるのは犬神くらいでしょう。それまでに従えることができればの話ですが。あるいは剣持家の財産全てを峯月財閥に献上するか。しかし、そうなれば日本の経済も危うくなるでしょうなぁ。その影響力は国家を揺るがしかねない。自分の命惜しさに家族同然であるグループの人々を露頭に迷わせるか……。はてさて、楽しみです」

 「あなたの思い通りにはさせませんわ」

 剣持さんは毅然と応える。

 「期待していますよ。私をもっと楽しませてください。何故なら私は峯月方解であるからして」

 妙な決め台詞を吐き、金髪の男は去っていった。

 世界が自分を中心に回っているのだと信じ込み、疑いをもたない男。

それは、自らへの盲信という、狂気じみた信仰だった。

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