第3話 魅かれ

 それから毎日の放課後。

 僕は神島の宿題に付き合った。

 数学という教科は毎日授業があり、そして毎回宿題が出るからだ。

 そして毎日僕たちは勉強をしながら、他愛のない話を繰り返す。

「どうして私たちはこんなに勉強してるんだろうって考えたことない?」

「考えたことない」

「考えてみてよ。もうこの先、ほとんど使うことのない知識を蓄えて蓄えて、蓄えすぎて零れちゃった知識も時間をかけて拾い上げて拾い上げて。何してるんだろうって考えてよ」

「何してるの?」

「私が聞いてるんだよ」

「もう答えが出てる顔してる」

 そう言うと、神島はうっと言葉を詰まらせた。

「なにそれ、もしかして超能力?」

「一緒にしないでくれ。僕は正々堂々と一般人なんだから」

「そんな私を変人みたいに」

 神島は唇を尖らせて、すぐに「まあいいけどさ」と切り替えた。

「私が思うに、主人公になるためなんだよね」

「主人公?」

「そう、人生の主人公」

 言って神島はピーチ味のグミを放り込む。

「『誰しも自分の人生の主人公』とかよく言うよね。でもそれずっと意味わかんないと思ってて」

「なにが?」

「だってさ、主人公って超かっこいいんだよ? 強くて勇敢でどんな逆境にも立ち向かうの。傷ついても傷ついてもまた立ち上がって、最後はハッピーエンドに導く。そんなのに、私はなれてるの? 君はなれてる?」

「……僕は、多分なれてない」

「でしょ? 私もだよ。多分この学校全部でも主人公やれてるのが何人いることやら」

 でも大丈夫、と神島はもう一つピーチを口に入れる。

「どこかで来るんだよ、その時が」

「その時?」

「主人公になる時、だよ。人生のどこかで主人公になるかどうかの選択を迫られるタイミングが来るの。そこで尻尾巻いて逃げるか、勇気出して立ち向かうかはその人の選択次第」

「難しいところだな」

「そうだよ、難しいの。そうじゃなきゃ主人公になんてなれないんだから。主人公なめんな」

「すいません」

 何故か謝らされてしまった。

「つまりね、その時が来るまでに私たちには武器が必要なの。その一つが知識。もしかしたら『私は今まで勉強頑張ったぞ! 私は頑張れる子だ!』っていう自信も武器になるかも」

「なるほどね。今僕たちは自分の刃を研いでるわけだ」

「そうそう。そういうこと」

「因数分解という砥石で研いでるわけだ」

「なにこの不良品。私の刃が全然研げないじゃない。そんな砥石さっさと捨てちゃいなさい!」

「不良品は刃のほうだろ」

 そんなこんなで神島のなまくらをゆっくりと研いでいる日々の中で。

 僕は気付いてしまったのだった。

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