真実の裏には~③
再び美樹の関する噂が広がったのは、夏休みが終わって新学期が始まった頃だ。しかも今回の内容は致命的な内容だった。
「井畑中学で自殺した生徒って、和多津さんと付き合っていたんだって。それを周りからからかわれたから死んだらしいよ」
「その子は和多津さんに助けを求めたけど、自分は関係ないって突っぱねたんだって」
「彼女のせいで自殺したってこと? そんな奴がうちの学園に入ってきてやばくない? 学園長達は知っているのかよ。早坂さんに聞いてみようぜ」
「それって本当なの。あくまで噂だよね」
「からかわれたのが苛めなら、悪いのはそっちじゃないの?」
「苛めを止められなかった人も同罪でしょ。しかも二人の交際が原因だったら、助けられなかった彼女にも責任があると思うな」
「関係ないって突っぱねたのが本当なら、自分だけ逃げたってこと? それが原因で自殺したかもしれないね」
「早坂さんや他の教師がこの事を知っているか、聞いてみないと」
「そうだ。隠すようだったらそれはそれでまずいだろ」
ここまで騒ぎになってはどうしようもない。もちろん学園に入る際、父を通じて過去の経緯など全てではないが学園側には説明している。それを踏まえた上で迎えられたのだ。
若竹自体が特殊事情を抱えた人々を受け入れる方針を取っており、それがこの地区特有の街作りであり繁栄させた要因の一つだ。よって美樹の受け入れは歓迎された程である。
住人達はもちろん、その中心である学園にも理解のある人々が揃っていた。教師達は皆美樹の周辺で起こった事件も含め、おおよその事を知っている。さらに学園ではこれまでいじめやDVなどの暴力や差別等の教育に関して、全国どこの学校よりも多くの時間を割き、労力をかけて生徒達に教え込んできた実績がある。
だが学園に通ってくる生徒達全員に指導内容を理解させ、納得させることはやはり困難だったようだ。どんなに教え込んでも判らない、実行しようとしない一部の生徒により、いじめや差別、暴力行為さえこの学園でもゼロにすることはできていない。
若竹地区に住まず外部から通ってくる生徒達も多いことが影響してか、親の教育や周辺環境の違いなのか、問題の深刻さが身に染みていない要因もあるだろう。そんな心無い生徒達や純粋に正しい情報を知らされず隠されていた、と思う生徒達による疑心暗鬼が様々な憶測を呼び、炎上したのも無理はない。
しかし正担任である早坂は、取り囲む生徒達に説明した後一喝して黙らせた。
「和多津さんが以前いた中学で生徒が自殺したことは確かだ。ただ井畑で発表されたのは、受験や将来を悲観しての自殺であり、亡くなった生徒の母親もそう証言している。だからその自殺に彼女が関わっているとは聞いていない。それに確証のない噂だけで人を攻撃したり、非難したりするなと常日頃から言っているだろ! ましてやそのことで人を差別することは断じて許さん。学園の教えに背く行為で校則違反として謹慎や停学、退学処分に匹敵することは、お前達も知っているだろう。それを判った上でそんな噂を広め、面白おかしく騒いで彼女を糾弾したいのか。そうだという奴は前に出ろ! 個別指導室でしっかり説教をしてやる。これ以上何か聞きたいことがあるか!」
他のクラスで生徒達に質問を受けた教師達も、同じくそう諭したようだ。そのおかげで、表面上の騒ぎは一旦収まった。それでも真実は何かと探ろうとする人の内面に沸き起こる好奇心や懐疑心を、全て消し去ることは容易でない。
そして決定的だったのが学園に一部の保護者達からクレームが入ったことだ。学園長達は必死に守ろうとしてくれたが、結局井畑中学時代と同じ好奇の目にさらされた。その為美樹は学園自体に通うことができなくなり、再び引き籠りの生活へと戻ることになった。
ようやく外の世界に出られると希望を持って若竹へ来たが、半年余りでその想いは絶たれてしまったのだ。本当に自分自身が情けない。和多津の祖父母や両親、兄だけでなく、田口家にもまた迷惑をかけてしまう結果になった。
それに死んだ晶のことを考えると、一体自分はどうしたらいいのか、ますます自己嫌悪に陥る。晶は私を守る為に死を選んだと言っても過言では無い。それなのに今の自分は何をしているのか。晶の死を無駄にしてただ生き延びているだけで、人の役に立つどころか迷惑をかける邪魔な存在でしかないではないか。
あの頃のように毎日眠れない夜が続き、頭痛や倦怠感、動悸が治まらない。そしてベッドから抜け出せずに食事を摂ることもままならず、一歩も外には出られなくなった。そんな美樹のことを心配して、千夜が時々二階に上がって来ては様子を見に訪ねてくれた。
駒亭の女将も食事は摂らなきゃ駄目だと、朝昼晩の食事を個別に部屋へと届けてくれた。しかしその二人とすらまともに話すこともできず、食事もほとんど食べられない状況が続く。その行為自体もまた申し訳なくて恥ずかしくなり、さらに自身を責めて苦しむという悪循環に陥ってしまったのである。
両親や兄も最初の頃は部屋に何度か泊まりに来て、励ます言葉を投げかけてくれた。だが優しくすればするほど美樹が苦しむことに気づいたらしい。よってしばらくそっとしておく方がいいと考え、徐々に足は遠ざかっていった。
最近では女将すら千夜を経由して食事を届ける程度になり、二階へ来るのは千夜以外に、二週間に一度、往診をしてくれる精神内科医の先生だけだった。
若竹では美樹と同じく心を病んだ人々や心のケアが必要な人達が多いため、心療内科医や心理カウンセラーを街の予算で多数招いている。その為治療は受けたいが病院へ足を運べない人々に対し往診サービスも行っていた。そこで訪問診察を受けることになったのだ。
とはいってもやってくる先生とは多少話をする程度で、後は薬を置いていくだけだった。会うことすら億劫で、また迷惑をかけているという思考からいつまでも抜け出せないでいた。
引き籠っているが、しばらく学園に顔を出さなければいずれ騒ぎは沈静化すると女将達は思っていたらしい。だが問題はそれで留まらなかった。時が経ち学園内ではある程度治まったが、今度は駒亭や渡辺家が標的になったのである。
若竹には訳ありの人々が集まってくる特性は確かにあったが、そもそもそういう人々が住むエリアは、地区の中でもある範囲に集中していた。その方が同じ環境と仲間意識もあり、誹謗中傷することもされることもない。またケアする側も人々がまとまっていた方が、より効率的で十分な治療も監視も行える利点があったからだ。
しかし下宿周辺に住む人達は、古くから住む人々や問題を特に抱えていない学生達がほとんどである。もしそのような学生や生徒がいた場合、専門の下宿屋が存在したためそちらに移るケースが多かった。
よって美樹の噂が学園だけでなく街にまで拡散した結果、駒亭では何故そんな人の面倒を見ているのか、引き籠りなら別のエリアへ移すべきだろうと忠告する住人が出始め、さらには直接千夜へ注進にくる人達も出てきたのだ。
「ただの引き籠りじゃないでしょ? 自殺に関わっているかもしれないし、本当だったら加害者じゃない。若竹ではそういう人を受け入れているけど、この辺りじゃないでしょ。ちゃんとエリアがあるのだから、そっちへ移って貰ったら。それが暗黙のルールでしょう」
部屋にいても、千夜の家の中にまで上がり込み大きな声で話をしたり、家の前で井戸端会議の話題にされたりすれば、嫌でも耳に入ってくる。そこでまた自分は邪魔な存在だと思い知らされ、ここからも出ていかなければと考えてしまう。
しかしそれだけで頭が割れるほどの痛みに襲われ、動悸が止まらず体がだるくて動けない。何かを自ら行動する気力すら残っておらず、ただただ浅い眠りを繰り返し布団に潜り込む日々から美樹は抜け出せないでいた。
「和多津さんはどうしている? まだ駒亭の食堂にも顔を出せないでいるのか」
定岡がシンに尋ねてきたのは二学期の中間テストを終え、部活動が始まった初日のことだ。特別室の窓から見える十月下旬の青空には
「僕は全く見かけません。女将がいうには部屋から一歩も出てないようです。食事を運んでもほとんど残しているらしくて。だから量を減らして、食べやすいよう工夫していると聞きました。それでも半分も食べないって毎日心配していますよ」
深く頷いた彼は、他の部員の目を気にしながら小声で再び質問した。
「来音さんの監視ウィルスから、何も情報は入ってこないのか」
「はい。彼女がパソコンを立ち上げたことは、引き籠ってから一度もないです。時々使用していたスマホも今はほとんど使われていません。たまに実家から様子を尋ねる電話が入っていましたが、まともな会話もしてないですね。最近は彼女と直接話すことを諦めて、渡辺さんや女将に様子を聞いているくらいですから。そこからも彼女がほとんど寝たきり状態になっている様子しか伺えません」
「健康状態は大丈夫だろうか? 心療内科の先生が往診しているはずだけど」
「医者と渡辺さんとの会話から痩せてはいるようですが、栄養失調になるまででは無いと聞きました。でも問題の心理的な疲労は取れないままで、薬を出しても改善に向かうまではまだ時間がかかるそうです」
「まだ一カ月余りだからね。以前井畑で引き籠った時も半年近くはそういう状態だったと聞いている。そう考えると今回もそれくらいはかかるかもしれないな」
「発端になった噂の出元は特定できましたか?」
話題を変えて聞いてみた。だが以前質問をした時と同様、彼は首を傾げた。
「判らない。以前のように井畑方面から情報が流れた形跡はない。監視していた生徒達は、自分達がやりたくてもできなかったことが起こって驚いているくらいだ。和多津さんが寝込んだと聞いて喜んでいるよ」
「あっちの計画の進捗はどうなっています?」
シンもある程度は掴んでいるが、本格的に探っている彼の方が多くの情報を持っている為、あえて尋ねた。
「そっちはかなり進んでいる。本格的に政府は計画の一つを井畑に決めたらしい。だけど現段階では推測できる程度で、決定的な証拠が掴めていない。表向きはただの地域再生計画にすぎないからね。亜炭鉱跡の穴を国が実験的に埋める作業を井畑でやるというだけだ。補助金などが動いても不思議ではない。埋めるのはミカン山の真下だから、表面上は特に慎重を期している動きをしていて、上手くカモフラージュされている」
「でもその山って、あの和多津さんの家が持っている土地が含まれていますよね。ということは彼女の家も計画の本当の意味を知って協力しているのですか?」
「そこがはっきりしない。実は問題の山は和多津家の親戚の田口家が持つ山と隣り合っていて、近々その二つの家が共同出資する会社に山の権利を移すようだ」
「それって何か胡散臭くないですか?」
「計画を知っている私達から見ればそうだ。でも表向きは跡継のいないミカン農家が親戚と共同で会社を運営するだけで自然な動きだし、地元では歓迎されているそうだよ」
「歓迎ですか?」
「そう。農業はそれぞれの土地を持つ家が別々に動いている個人事業主が多い。それがまとまって大きな企業体として運営されれば、色々な点で効率化を図ることができる。規模が大きくなれば個々ではできなかった設備投資や、雇用を増やす手も打てる。例えばミカン農家なら、ジャムやジュースなど二次的な製品の工場を建てることなどがそうだ」
「なるほど」
「それだけじゃない。効率化によって削減できる労力を、特別に品種改良された付加価値の付く高級ミカン栽培に振り分けることもできる。そうなれば地方創生の観点からも歓迎されこそすれ、非難されはしない。もし反対すれば井畑全体を敵に回す。だから余程の証拠を掴まない限り、計画を潰す動きをすれば逆に反撃を食らうだろう」
「結局計画では、何を埋める気なのですか。産業廃棄物や放射能汚染物だろうと推測できても、それがどこの何かは特定できていませんよね。どんなに危険で違法な手段を使って埋めようとしているかを探らないと、どうにもならない気がします」
「そこがネックでね。国が秘密裏に捨てたいものは一杯ある。産業廃棄物一つにしてもどこの何の廃棄物なのか。特定しようにもありとあらゆる場所に散らばっているからね」
「和多津さんが来てからこれまで得られなかった相手方の情報を収集できましたが、結局はそこで止まってしまいました」
「ああ。だが今までも矛盾した思いを持って調査してきたが、若竹のことを考えると計画を止めることが本当にいいのかとも思う。もちろん国の遣り方は間違っている。だが実際若竹での地方創生計画は成功した。ならば井畑でも地元の経済が潤い人々の生活が活性化するなら良いとも考えられる」
「それは僕がここに入部して、調査のお手伝いをし始めた時から言われていましたね」
「そうだ。そして君自身もその事についてよく考えるようにと言ったはずだ。だけどお互い様だがその答えが出ないまま、ただ不正な取引が行われることで被害を受ける人々はいないか、ということに注意して調査を続けてきた」
「はい。若竹にだって違法なものが投棄された情報はありますが、今のところ住民に目立った健康被害は起こっていません。それに今更掘り出すなんて現実にはできないでしょう。その上には沢山の人達が生活していますし、危険物が埋まっているなんて風評が流れればこの地区を頼り、この地区でなら生きていけると信じた人達が路頭に迷います」
「各所で環境調査をしてきたが、どこからも放射能汚染はもちろん、人にとって有害な物質はほとんど検出されていない。それならいいかと思ったりもする訳だ。実際井畑の計画でも何を廃棄するかは分からない。もちろん明かに有毒で被害が出るものなら絶対認められない。でも若竹と同じく結果的に人々が幸せに生活できる場が増えるなら、私達に止める権利はあるのだろうか。これは修二とも話し合ってきたが結論は出ない」
「以前この時期なら、おそらく廃棄物は放射能汚染物だろうと推測していましたよね」
「そうだ。今は汚染土等が大量にある。原発から出る高放射能廃棄物は、そう簡単には捨てられない。だが汚染土ならばその可能性は高まる。でも放射能は自然界にある程度存在するものだ。よって低い放射能値で地中奥深くに埋められるなら、年数が経てば数値もさらに低くなるだろう。だったら人間には危険は及ばないとも言われている」
「でも反対して騒ぐ人達がいるから動かせない。だから秘密裏に、というのは許せません」
「私もいけないことだと思う。けれど結果“井畑計画”がそういう類のもので、人々の健康を害することなく地域経済が活性化するのならば止むを得ない、とも思ってしまうんだ」
「でも国の行動を全て肯定はできません」
「しかし基地問題だってそうだ。国や国民もある程度は必要だと考えている。しかし自分が住む周囲にあると嫌だから沖縄に集まるんだろ。沖縄の人達が嫌がるのは理解できても、代わりに自分達の街に基地を作るとなれば反対だ。原発から出る核燃料だってそうだろ。核のゴミを処分しなければとは皆頭では分かっている。でも自分達の街の近くには中間貯蔵施設すら作って欲しくない。それが国民感情だ。だから原発だって発電所を作る時は金をばらまき、賛成する人の地域に作った。でも今はそうできない風潮がある。止む無くこっそり金をばらまきこっそり捨てる。そうさせているのは誰だと国は言うだろう」
「ではこの調査自体、止めるのですか?」
「いや続けるさ。あまりにもひどい計画ならば世間に公表しなければならない。環境やそこに住む人々に配慮していない杜撰なものかもしれないから。ただそうではない場合も考えておかなければ、という話だ。いや本筋から逸れたな。まだ証拠すら掴んでいないのに。まずは計画の中身が判明してからだ。和多津さんがあの状態だから、彼女から情報を得るのは無理だろう。他の切り口から攻めるしかない」
「そうですね。出来る事は限られますが、引き続き割り当て範囲の情報収集は続けます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます