第二十二章 道標からの贈物
1
街灯の光で黄色に灯るレンガ道を、小さな子供のように手を引かれながらヤナギは歩いていた。
傘もさしていないためびしょ濡れになってしまっている少女2人を、通行人は奇異の目を向けてくる。
水が張り付いたドレスが、酷く気持ち悪かった。
街のお店は大半が閉まっているが、まだ営業している所もあるにはある。
空が暗いのは、天気のせいだけじゃなかったらしい。
今は何時なのかと思い近くの時計塔に目をやると、短い針は8を示していた。
朝ではない。夜の8時であることは、すぐに理解できた。
時計塔を見て、また俯く。
下を向くことしか、できなかった。
「……皆は、どうしてるの? 」
前を歩く、泥だらけで葉っぱまみれのメリアに言葉だけを投げかける。
メリアは、足を止めずに、ヤナギの方を見ずに、言葉だけを返してきた。
「カルミア様は、怒ってた」
当然だ。ヤナギは、皆のことを裏切ったのだから。
「アイビー様は、すっごく心配してた」
ヤナギなんかの心配をするなんて、本当に、どこまでも優しい人だ。
「シード様は……すごく、静か。あんなシード様、見たことない……」
きっと、絶望しているのだろう。ヤナギが、ローズとイベリスに協力していたことを知って……。
「ブレイブ様とセルフ様は……まだ居場所が……」
「……セルフ、様も……? 」
「うん。イベリス様達が何処かへ行った後、アイビー様もシード様も怪我してて、私1人じゃどうにもできないから助けを呼ぼうと思ったの。それで、セルフ様を頼りに養成所の方に行ったんだけどいなくて……。もう帰省したのかなとも思ったけど、それなら帰る前に私たちに一言くらいくれてもいいはずだし……」
セルフも、ブレイブと同じで何処かに誘拐されたのだろうか?
だとしたら心配だ。一刻も早く探しに行きたいところだが、ヤナギが探したところで合わせる顔がない。
裏切り者の顔なんて、見たくないに決まっている。
きっと、探し出されても嫌な顔をされるだけだ。
「……メリアは? 」
怖かった。正直、聞くつもりなんてなかった。
けれど、聞きたい。怖くて怖くて、きっと聞いたら消えてしまいたいと、そう思うのだろうけれど。
でも、聞かずにはいられなかった。
「私は……怒ってる」
「……そう」
当たり前すぎる返答に、下唇を強く噛む。
「それと……悲しい」
「かな……しい? 」
メリアはそこで、初めて振り向いた。
つり上がった眉とは対照的に、瞳は潤んでいた。
「……自分が何したか、分かってる? 」
そんなこと、分かっている。
隠れて協力して、おまけに失敗して。
「私ね、あの時イベリス様の術にかかって、ちょっとだけ眠ってたみたいで……。起きたら、アイビー様から教えてもらったの。ヤナギちゃんが、無理矢理ローズ様達に何処かへ連れていかれてたって。それで私、急いで探しにいったんだよ? 学校を出て、街まで探しに来て……そしたら、ヤナギちゃんが1人で路地裏で倒れてた。それ見た時私が何を思ったか、想像できる? 」
切羽詰まった表情から、何となく察することはできた。
「ごめんなさい。心配を、かけてしまって……」
「本当だよ!? 注意したのに全然聞かないし! ヤナギちゃんはイベリス様に協力してたはずなのに、何故か1人になってるし! 捨てられたって、裏切られたってこと、分かってるよね!? 」
「え? えと、それは、誰が誰に……」
「ヤナギちゃんが、イベリス様達に! 普通、協力してくれてる人を……仲間をあんな所に捨てたりなんてしないよ!! 」
「で、でもそれは、私が職務を……鍵を、かけ忘れてしまったからで……」
「そんなことで!? ヤナギちゃんのことだから、私の知らないところで沢山職務を果たしてきてたんでしょ!? イベリス様に言われたこと全部、完璧にこなしてたんでしょ!? 」
「それは……」
それはそうだ。確かにヤナギは、イベリスから言われた職務を果たしてきた。
鍵をかけ忘れたことを除けば、ヤナギは完璧……とまではいかなくとも、成功はさせていた。
「たった1回の失敗くらいで捨てられなきゃいけないなんて、そんなのおかしいよ! ねぇ、あんなことされてもまだ、ヤナギちゃんはイベリス様に付き合うの? 」
「それは……」
分からない。
職務を途中で投げ出すわけにはいかない。
でも、もう捨てられたのだから、ヤナギにできることはない。
ならヤナギはどうすればいい?
もう、頭の中がぐちゃぐちゃで、よく考えることができなくなっていた。
「私は……どうすればいいの? 」
立っていられなくなって、地面にへたり込む。
ちょうど水溜まりの上で、パシャリと小さく音をたてた。
「分からないのよ……もう、何も……。誰か、教えてよ……」
心からの、精一杯の叫びだった。
誰かに道を示してもらわなければ、ヤナギは動くことができない。
立つことすらも、できないのに。
「ねぇ、ヤナギちゃん」
「……なに? 」
「きっと、今私がヤナギちゃんに戻ってきてって、私の、私たちのところに来てって言ったら、頷いてくれるんだよね? 」
そうだ。そう言われれば、ヤナギはまた、メリア達の元に戻るのだろう。
そう、頼まれれば……。
「でも、それはできないよ」
あまりにも無情で、非情な言葉だった。
なんで? と視線を上げてメリアを見ると、メリアは悲しそうに瞳を揺らして言った。
「だって、結局決めるのは自分だもん。ああしてこうしてって言って、それに、はいって言って頷いても、誰かに決めてもらったことにはならない。最終的に判断するのは、自分だから……」
何処の高校に行くのか、最終的な判断をしたのはやなぎ、自分だ。
イベリスに協力してと頼まれて、その手をとったのはヤナギ、自分だ。
全て、自分が判断したこと。
誰かに決めてもらったことなんて、本当は何一つなかったのだと、ヤナギはこの時初めて知った。
「では……私は、どうすれば……」
「ヤナギちゃん、1つ、我儘言ってもいいかな? 」
冷たい地面に座ったまま動けずにいるヤナギの腕を、メリアが掴んで上げる。
無理矢理立たされたせいで、反射的にメリアの腕の中に収まった。
そのままギュッと抱きしめられて、服と服が擦れあう。
ヤナギの肩に当たったのは、多分雨ではない。涙だ。
「ヤナギちゃん……わたっ、私ね、ヤナギちゃんと……」
「……うん」
「仲直り、したいんだ……」
「……うん」
確かに、自分の意思で、頷いた。
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