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「……メリア? 」

「なに? 」

「メリアはずっと、ニール街で私を見つけるまで、歩いてたの? 」

「うん」

4時間程経った頃だろうか。

聞くところによると、今日は12月22日か、23日らしい。

とすると、ヤナギはあの路地裏で丸一日は過ごしていたことになる。

その間、メリアがヤナギを探しに歩き回っていたことを考えると、申し訳ない気持ちが押し寄せてきた。

「どうして、私がニール街にいるって分かったの? 」

「何となく、ヤナギちゃんがいそうだなって思って……なんて言えたらかっこいいけど、本当は手当り次第。学園中を探して、外に出て、ほぼ適当に走り回って、気づいたらニール街にいたんだ。そしたら路地裏にいて……奇跡みたいだよね。まるで、神様がヤナギちゃんと私を引き合わせてくれたみたい」

「なんてね」と言って苦笑するメリアを見たら、何だか安心してきた。

「あ、見えてきたよ」

足を止めて、メリアが言う。

その視線の先には、ヒーストリア学園。

また、戻ってきてしまった。

「……ヤナギちゃん? 」

足が動かない。

戻りたいのに、戻れない。戻れるはずがない。

「やっぱり、私はいいわ……」

「……なんで? 」

本当は知っているくせに、敢えてメリアは聞いてくる。

「だって、私は……」

裏切った。酷いことをした。

もう、合わせる顔がない。

それに、怖い。

学園に戻って皆に会って、どんな顔をされるのか、怖い。

半分皆のためで、もう半分は、自分のためだった。

「酷いことをした」

メリアの声が、頭の中で反響して聞こえる。

「裏切ったから、皆の顔を見たくないから、戻りたくない……戻れないって、思ってる? 」

何故、分かったのだろう。

驚いてメリアを見ると、曇りひとつない澄んだ瞳がそこにはあった。

暗く淀んだ、ヤナギの瞳とは全く違う。

何の迷いもない、純粋で、無垢な瞳。

「ヤナギちゃんを見つけた時の私の顔、ヤナギちゃんは、覚えてるかな? 」

「覚えてるわ。確か……あ、れ? 」

そういえば、ヤナギを見つけた時メリアは、笑っていた。

悪戯をした子供を眺めるような、そんな表情だった。

ヤナギの心中を見透かしたのか、メリアは「ふふっ」と笑う。

「私ね、今自分がどんな顔してるかなんて分からないけど、あの時は多分、笑ってたと思うの。安心したからかな? 雨に濡れて、倒れてるヤナギちゃんを見て、心配もしたけど……良かった、見つかったって思ったら、身体が軽くなって、すっごく安心した……」

メリアは、笑ってくれていた。

わざわざヤナギを探しに来てもくれたし、今もこうして、学園まで手を引いてくれている。

全て、ヤナギのためにしてくれている。

「なんで……」

「ヤナギちゃん、さっきからそればっかり」

「だって……! なんで、そこまでするの? 私の、私なんかの、ために……」

「ヤナギちゃん、自分で自分のことをどう思うかは勝手だけど、私の気持ちまで決めないでよ」

「え……? 」

「私は、ヤナギちゃんなんか、なんて思ったこと1度もないよ? 」

なんか。

ヤナギなんかを探してくれる。

ヤナギなんかを心配してくれる。

ヤナギなんかのために、安心してくれている。

なんか、なんか、なんか。

「ヤナギちゃんは、私の……私だけじゃなくて、アイビー様やブレイブ様、セルフ様、カルミア様、シード様、皆の気持ち、ちゃんと知ってるの? 」

「裏切り者って、思って……」

「本人に、直接聞いたの? 」

全部、決めつけだった。

ヤナギの勝手な想像で、皆の気持ちを決めつけてしまっていた。

「私も、皆がどう思ってるか、正直な気持ちは分からない。でもね、私はヤナギちゃんのこと、裏切り者だなんて、敵だなんて思ってないから。それだけは、本当だから」

「メリア……」

「だから、決めつけないで」

力強い、優しい言葉だった。

ヤナギは、まだ皆の気持ちを聞いていない。

本当はどう思われているかなんて、まだ分からない。

聞くのは怖い。

もしかしたら、嫌われているかもしれない。けれどそれは裏を返せば、もしかしたら嫌われていないかもしれないことになる。

なら、その限りなく低いかもしれない可能性に賭けてみよう。

嫌われていないかもしれない、そんなもしもの世界に、足を踏み出してみよう。

決めつけずに、ちゃんと向き合いたいと、そう思ったから。

知らないことを、知りたいと思ったから。

だからヤナギは、1歩前に、踏み出した。



「ヤナギっ! 」

広間の扉を開けた瞬間、そう言って駆け寄ってきたのはアイビーだった。

嫌そうな顔も、不満そうな顔もそこにはなかった。

「良かった……」

ただ、そう言って、抱きしめてくれた。

「良かっ……本当に、心配で……」

「アイビー様……」

心配、してくれていた。

メリアと同じだ。

嫌そうでも、不満そうでもない。安心感が、そこにはある。

「ちょっとー? なに抱きしめてるんですかー? 状況が状況でも、僕は騙されませんからね? 」

と、アイビーを押しのけるようにして不満そうな顔をしたシードが入ってきた。

アイビーを「しっしっ」と追い払って、シードはヤナギと向き直る。

その顔は、ムスッとした、不満そうな顔のままで……。

「あ、あの……」

シードには嫌われてしまったかと、肩が強ばる。

まずは謝らなければいけないと思うと、頭を下げる前に頭を軽くチョップされた。

「あの……? 」

訳が分からずシードを見ると、シードはヤナギから背を向けてしまっていた。

「……今はこれで、許します」

「え……」

「でも、何があったかは後でちゃんと聞きますからね? 」

「は、はい! 」

これは、怒っている……のか?

チョップされた頭を抑えていると、シードは目だけをチラリとこちらに向けて言った。

「無事で、良かったです……」

「良かった」そう言われただけで、全身の力が抜けていくような錯覚を覚えた。

よろめきそうになる身体を何とか保ち、ヤナギはシードの服の裾を掴む。

大切なことを、聞かなければならないから。

「あの……! また私と、お話して、くださいますか? 」

どんどん萎んでいく声を、シードはちゃんと拾ってくれた。

振り向いた表情は、とても穏やかなもので……。

「当たり前じゃないですか」

当然だと、そう言ってくれた。

良かった。シードにも、嫌われていなかった。

そうなると、次は……。

「カルミア様」

ヤナギの方から、彼の名を呼んだ。

ヤナギが来てから1度も目を合わせずに窓の外を見たままのカルミアは、まだ動く気配がない。

ヤナギの顔を見もしないで、「なんだ」とだけ言った。

「お騒がせして、申し訳ございませんでした。迷惑を、かけてしまって……」

「違う」

別に、謝れば許してもらえるなんて思っていたわけではない。

「許さない」なんて言われた場合、特にそれ以上ヤナギからは何も言わないつもりでいたし、それ以上関わる気もなかった。

でも、「違う」なんて予想の斜め上を行く返事には、即座に反応できない。

何が違うというのだろう。

ヤナギは、お騒がせもしたし、迷惑もかけた。

これは本当のことだし、加害者であるヤナギ側にとっては、何1つ間違っていることとは思えなかった。

「カルミア様、何が……」

「俺は医務室に行って、ブレイブとセルフの様子を見てくる。じゃあな」

「え、ブレイブ様とセルフ様、見つかったんですか? カルミアさ……」

ヤナギの横を素通りして、カルミアは広間から出ていった。

目を合わせても、くれなかった。

許してもらおうなんて、ハナから考えていない。

けれど、実際にそうなってしまうと中々辛いものがあった。

堪えられそうにないこの気持ちを誤魔化すように、話題を変える。

「……ブレイブ様とセルフ様、見つかったんですか? 」

「そ、そうですよ! 何処にいたんですか? 2人は、無事なんですか? 」

メリアもヤナギの問いに乗ってくれる。

答えてくれたのは、アイビーだった。

「ああ。メリアが広間から出ていった後、扉を蹴破る勢いで、セルフが入ってきたんだ。右肩にブレイブ、左肩にジャックを乗せてな」

「ジャックって、まさか……」

「メリアの想像通り、シャトリック王国騎士団団長、ジャック・スノー。ブレイブに長年恨みを募らせていて、どうやらブレイブ達は養成所の地下室に閉じ込められていたらしい。そこでジャックと1悶着あって、ブレイブを探していたセルフが駆けつけて救助、となったそうだ」

「そんなことが……捕まってたのは、ブレイブ様だけだったんですか? 」

「いや、騎士全員だ。おそらく、イベリスの催眠術にやられたんだろう。先生方も、同じ地下室の別の部屋に閉じ込められていたらしい」

「無事、なんですか……? 」

「ブレイブとジャック、後同じく騎士団の副団長、ペトス以外はほぼ無傷だ」

「そうなんですか。なら、良かった……」

メリアが胸を撫で下ろしていると、コンコンとノックがあった後扉が開かれた。

「ノア様……」

「あらヤナギ様、お戻りになられていたのですね」

頬に手を当てて、優雅な足取りでノアは言った。

「こ、この度は、お騒がせして申し訳ございません」

「あらあらご丁寧にどうも。私は気にしていないから大丈夫よ。それに、私はヤナギ様のこと、分かっていたから」

「ノア様……ありがとうございます」

「ふふっ、どういたしまして」

ノアは、全て分かっていたのだろう。

ヤナギのことを、気持ちを。迷いを。

「それで報告なのだけれど、先生方はまだ目覚める様子はないわ。取り敢えず、皆様医務室に運び終わったけれど……」

「そうですか。後は、目が覚めるのを待つだけですね」

アイビーが一先ず安心したというように息を吐くも、すぐに表情を切り替えて神妙な面持ちになった。

「ですが、まだ問題は残っています。イベリスとローズ様は、何処に行ったのか……」

「私も気を失っていたからよく知らないのだけれど、まだ計画は持続しているのよね? 」

「そう、ですね……。あの様子じゃあ、多分」

アイビーの目が、ヤナギを捉える。

その目が何を訴えているのかは、聞かなくてもよく分かっていた。

ヤナギはイベリスと協力していた身。

勿論計画についても知っているし、イベリスとローズが何処に向かったのかも、何となくだが想像はつく。

何より、ヤナギをニール街に捨てたことが全てを物語っていた。

「ヤナギ」

「……なんでしょう? 」

合った目を逸らさず、逃げずにヤナギは向き合った。

「少し、いいか? 2人だけで話がしたい」

2人だけ、というワードに引っかかりはあったものの、ヤナギはこくりと頷いた。



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