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「ヤナギが風邪? 」

7月、猛暑。

巨大な入道雲が描かれた窓の外から視線を外したカルミアは、図書室で本棚を漁っていた手を止めてメリアを見た。

「この時期にか? 」

「夏風邪、でしょうね。ヤナギちゃん、昨日は元気そうだったんですけど……」

「お見舞い、行った方がいいですよね? 」

ヤナギはしっかりしているので大丈夫だとは思うが、風邪をひいているのであれば心配だから、シードはそう提案した。

「そうだな。メイドもずっといられはしないだろうし。俺達で、様子を見に行くか」

アイビーも、行こうとのってくれる。

メリアも「そうですね」と頷いてくれた。

後はカルミアの返事だけだが、カルミアは微妙な顔で頷こうとはしなかった。

「見舞いに行くとしても、そんなに大人数で押しかけても迷惑になるだけだろう。ましてや相手は病人だ。うるさくすれば、追い出されても仕方がない」

ごもっともな意見に、言葉に詰まる。

ということは、ヤナギのお見舞いには数人しかいけそうにない。

「1人で十分だろう」

違った。1人しかいけそうになかった。

「じゃあ、僕が行きますよ」

1人しかいけないのであれば、ぜひともシードに任せて欲しい。

「そこでなんで、シードになるんだ? 」

「だって、お見舞い行こうって提案したの僕ですし。それに……」

「それに? 」

そこでシードは、ついこの間起きた、騎士になるための入団試験での出来事を思い出した。

入団試験に不合格となってしまったセルフは、落ち込んでいるどころか、なんとヤナギに愛の告白をするという誰も予想していなかった展開へともっていったのだった。

それに、入団試験を見ていた時に、ヤナギが口にした台詞。

キスをする人の心理について教えてほしいという問い。

なんでそんな事を聞くのかと聞いた時に、キスをされたからだと答えられた時は、それこそ剣で頭から真っ二つにされたような衝撃だった。

そして、シードの読みが合っていれば、その相手はセルフ。いや、合っているも何も、絶対セルフだ。

まさかセルフが、とは思ったが、事実なのだからしょうがない。それにもう過ぎたことだ。

なら今の自分にできることと言えば、これ以上ヤナギを他の獣から守ること。

メリアはともかく、アイビーとカルミアにお見舞いなんて行かせてヤナギと2人きりにさせるなんて怖すぎる。何が起こるか分からない。

もしかしたら、セルフのようにキスを……いや、もしかしたらそれ以上のことをしてしまうかも……。

「シード? 」

「セルフ様の1件で僕は学んだ。アイビー様やカルミア様みたいな、一見害の無さそうな人ほど危な……」

「おい、シード」

「はっ! 」

カルミアに呼ばれていたことにやっと気がついたシードは、考え込んでいた脳内を1度シャットアウトして、何もなかったかのようににっこりスマイルを顔に貼った。

「いやぁ〜、やっぱこういう時は頼りになる男が行った方がいいなぁと思いまして! それならやっぱり、僕しかいないじゃないですかぁ? 」

サラッとメリアが行く可能性を潰しながら、シードは自己アピールに徹する。

「ほら僕、カルミア様と違って話し上手ですし。ヤナギ様も一緒にいた方が楽しいんじゃないかなーと」

「あ? 」

「わー怖いなー。その目こわーい」

「あぁ? 」

切れ長の目を更に鋭くさせながら睨みつけてくるカルミアから目を逸らし、続いてアイビーの可能性を潰そうと試みる。

「アイビー様はアイビー様で、風邪をひいて寝込んでる女の子にどうすれば良いかなんて、分からないんじゃないですか? 」

「え……。いやでも風邪だし……。まぁ、相手は女性だから、戸惑うところもあるだろうが……」

「でしょ? だったらやっぱり僕が1番! 明るくて好かれやすい性格で、この中じゃあ1番女の子慣れしてますもんね! そうと決まれば早速……」

「待て」

そう簡単には行かせてくれないらしく、カルミアがシードの襟を握って引き止める。

「なんですか? 」

「なんですか、じゃない。さっきも言ったが、相手は病人だ。休ませてあげなけれぱ、意味がないだろう。だったらうるさい奴は行かせられないな」

「……じゃあ、誰が行くんですか? 」

「その、ジャンケンはどうだ? 」

そう控えめに提案したアイビーの方法は、1番手っ取り早いものだった。

「そうだな。じゃあ、ここにいる4人でジャンケンをしよう」

カルミアも賛成の意を示したところで、本棚に目を通していたメリアが、1冊の本を手に取って瞳を輝かせた。

「あ! この絵本いいんじゃないですか? ヤナギちゃん、きっと退屈してるだろうから、読み聞かせとかいいですよね? あと、歌とかも歌ってあげて……あとあと! 今日あった楽しいこととかを……」

「じゃあ、ここにいる3人でジャンケンをしよう」

「あれ? なんで私省かれたんですか? 」

遠回しに見舞いに行けないことを告げられたメリアは、頭に? を浮かべて立ち尽くす。

そんなメリアを放って、男3人でジャンケンを始めた。

「じゃ、恨みっこなしですからね? 」

「シードじゃないんだから……」

シードの言葉に苦笑するアイビーを軽く睨んでから、シードは右手を前にだした。

アイビーとカルミアも、それぞれ右手を前にだす。

「じゃあ、じゃーんけーん……ぽんっ」

グー、チョキ、パー、あいこ。

「あーいこーで……しょ! 」

パー、パー、パー、あいこ。

「あーいこーで……しょ! 」

グー、グー、チョキ、シードが勝った。

「わーい! 僕の勝ちー! 」

チョキの右手を高々と上に掲げて自慢気に敗北者2人を見ると、2人とも、何ともいえない顔でシードを見ていた。

「……あーいこーで」

「いや、今決着つきましたよねぇ!? 」

もう一度なんて冗談じゃない。

前に出されたカルミアの右手を押し返して、シードはピースサインを突き出した。

その様子に、ますます2人の顔が曇る。

2人だけじゃない、メリアも微妙な顔でシードを見ていた。

「え、なんですかその顔」

「いや……シードか、って思って」

「アイビー様、もしかして失礼なこと言いました? 今」

「ヤナギも運が悪いな」

「カルミア様、それは失礼です」

「風邪、悪化しないといいけど……」

「メリアちゃん? 」

なんかすごい失礼なことを言われている気がしたが、マイナス思考は取り払う。

せっかくヤナギのお見舞いに行けるのだ。しかも、シード1人で。

「大丈夫ですよー。寝込みを襲ったりなんてしませんって」

安心させるためにそう言っておくと、カルミアの眉がぴくりと動いた。

アイビーの顔も、一瞬固まる。

「……あーいこーで」

「いや、僕が行きますからね? 」

「やっぱり全員で行かないか? 大勢の方が、ヤナギも喜ぶだろうし……」

「さっきと言ってることが違う! 」

何とかしてシードを1人で行かせまいとするカルミアを止めようと、シードは「まあまあ」と宥める。

余計なことを言ってしまったのがいけなかった。

「だから、本当に大丈夫ですって! 」

「本当に? 」

「本当です。誰かさんじゃないんですから」

誰かさん、というのは勿論学園の隣の施設で今も元気に剣を振っている、あの銀髪男のことだ。

「本当の本当に? 」

「本当の本当です」

まだ念を押してくるカルミアに、笑顔で返す。

カルミアは眼鏡をクイッと上げて、言った。

「……長居はするなよ」

「はーい! 」

それに守るか守らないかは、保証しないけれど。

元気よく返事をして、シードは図書室の扉を開けた。


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