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猛暑の下、セルフの人生史上2度目となる入団試験が行われた。

沢山の観覧席に集う人達と、前に並ぶ数人の試験管は、去年も見た光景だ。

「それではこれより、サリファナ王国騎士団入団試験を開始する! 」

開会式が始まり、ルール説明がされていく。

合格者の人数は決まっていない。騎士団に入るに相応しいとされた者だけが、騎士になることを許される。

勿論反則行為は禁止とされ、見つかった場合は即アウト、失格だ。

その他にも、筆記試験での持ち物の貸し借りは禁止など、細かい説明が続いていく。

そして最後に、

「自分の力を最大限出し切ってこい! 」

という言葉で締めくくられた。

「イエッサー! 」

大きな返事が競技場に響き渡る。

セルフも、腹の底から力いっぱい声を出して叫んでいた。

「セルフ様、大丈夫かな? 緊張してないといいけど……」

「いやいや、あんな中で緊張するな、なんて無理でしょ。僕だったらもう諦めてるね」

「シード様とセルフ様を一緒にしないでください」

「メリアちゃん、最近僕に厳しくない? 」

メリアとシードの会話をヤナギが隣で聞いていると、すぐ後ろから黄色い声があがった。

「スイセン様ー! がんばってー! 」

スイセン、と呼ばれた男は、声をあげた女性の方を見ると手を振った。

白い歯を見せて笑う姿に、後ろの女性が悶絶する。

「スイセン様が、私に微笑んでくれ……ぐはっ! 」

「鼻血ですわ! 誰か、医務室まで! 」

相当の美貌を誇っているらしいスイセンは、自身の金髪をサラッと靡かせた。

何処か哀愁を漂わせる雰囲気に、後ろの女性だけでなく、周りからも感嘆のため息が漏れる。

「スイセン様、今年初めて入団試験をお受けになられますのよね? 」

「なんでも、最年少なのに誰にも負けない力を誇っているのだとか」

「さすがですわ! 合格間違いないですわね! 」

強くてかっこいいという話題で持ち切りだ。

「すごい人気だな。あのスイセンって人」

周りの反応を見て、カルミアが驚いたように言ったのに、シードが素早く反応する。

「カルミア様が人に興味をもつなんて珍しい」

「おまえは俺をなんだと思ってるんだ……」

「否定はしないんですね。そこはさすが、カルミア様」

「あのな……」

「あの、ヤナギ様! 」

カルミアが言い終わる前に、前の席で観覧していた2人の女性がヤナギに話しかけてきた。

「ヤナギ様は、スイセン様のこと、どう思ってらっしゃるのですか? 」

「私、ですか……? 」

何故、自分に話が振られたのか分からない。

ヤナギとスイセンには、繋がりなんてないどころか、今日初めて見たくらいだ。

どう思うか……第一印象を聞いているのだろうか?

「そう、ですね……」

ヤナギがなんて言おうか迷っていると、何故か隣で話し込んでいたシード、カルミアが黙ってこちらに視線を寄越しているのが見えた。

アイビーとメリアも、頬を赤くしてヤナギの返答を待っている。

その視線から逃れるように、ヤナギは改めてスイセンを見た。

競技場で数々の観客達に手を振って愛嬌を振りまいている姿は、前世でよく見たアイドルのようだ。

顔立ちも、ヤナギにはよく分からないが、整っていると思う。

スラリとしたプロポーションに、サラサラの金髪。

あれが世間一般でいうところの「かっこいい」なのであれば、そうなのだろうと納得もできた。

「……王子様? 」

言ってみて、やはりこの言葉が1番しっくりくるような気がした。

白馬に乗った王子様、なんて言葉を誰しもが聞いたことがあるだろう。

そして、そこで真っ先に思いついた姿が、まさしくスイセンのような金髪でイケメンのような感じだったのだ。

王子様の姿なんて人それぞれだとは思うが、だいたいはこんなイメージなんじゃないかとヤナギは思う。

だから、ヤナギ的に1番近いイメージを伝えただけなのだが……。

「ヤナギ様の、王子様!? 」

質問をしてきた女性は、頬を真っ赤に染めて「はわわわわ」と興奮していた。

「はい。私のイメージでは、それが1番近いかと……」

「ヤナギ、少し席を外さないか? スイセンとかいう訳の分からない奴ばかり見ていても、飽きるだろう? 」

カルミアが立ち上がり、ヤナギの手をとる。

「そうそう! 僕もカルミア様に同意ですー! どうせ始めは筆記試験でセルフ様は見れませんし、それまで何処かに行ってましょう? 」

それにシードまでもが賛成の意を表し、同行しようとした。

「え? あの……」

「あ、皆が行くなら私も行く! 」

「じゃあ、俺も」

メリアとアイビーも賛成したので、もう別の場所へ行くことは決定しているようなものだった。

別に、ヤナギも断る理由はない。

「はい。では、失礼します」

「い、いえ。それではまた後ほど、ヤナギ様」

女性達と別れて、観覧席を外した。




「よっし291点! 」

これでこそ、勉強したかいがあったというものだ。

壁一面に張り出された試験結果表を見て、セルフはガッツポーズを作る。

これなら、一次試験は突破で間違いないだろう。

去年数学で痛い目を見てから、必死になって毎日毎日勉強をしてきたのだ。

惜しみなく自分の力を発揮できたため、すっかり調子を良くしていた。

3教科中291点という偉業を成し遂げたセルフは、早速ブレイブに報告しに行こうと結果表から動こうとした、その時だった。

「……ん? 」

何処からか、視線を感じた。

突き刺すような鋭い瞳に、背筋がぞわぞわしてきて思わず振り返ると、やはり気のせいではなかったことを知った。

「なんであいつが……」

「調子にのってんじゃねぇのか? 」

「あー。最近強くなってきたって、先生に言われてたもんな」

毒のある言葉を吐いている主は、朝開会式の時点で多くの歓声を貰っていた、スイセン他複数の男達だった。

こちらを睨みつけながら、試験結果について文句を言っているようだった。

だが、そんなことセルフに言われてもどうしようもない。

セルフは自分の力を出したまでだし、責めるなら力量不足だった自分を責めてほしいものだ。

なんて言っても、嫌味にしか聞こえないのだろうが。

ま、気にするだけ無駄というものだ。

悪口なんて、誰でも言われること。

普通は陰口などが多いが、今回はたまたま耳に入ってしまっただけだ。

たいして気にせずに、セルフはその場を去った。


「あのセルフが……291点? 」

「いや、驚きすぎだろ」

そんなに驚かれると、こちらとしては何だか気分が悪い。

普段どれだけセルフの事を馬鹿にしていたのだろうか。

「す、すまん。おまえがそんなに頑張ってたなんて、知らなくて……。とにかく、よく頑張ったな」

「まぁ、それなりに勉強したからな。でも本番は……」

「ああ、二次試験……は特に問題ないだろうから、三次試験からだな」

二次試験は乗馬試験となっている。

騎士として、馬は乗りこなせなくてはいけないもの。

1対1で乗馬レースを行い、タイムで順位を決めるのだ。

セルフは動物には好かれる方なので、乗馬に関しては得意だった。

「三次試験って確か、グループに別れて決闘するやつじゃ……」

「そうだ。去年おまえが失格になった、あれだな」

ブレイブに言われて、セルフは渋い顔をした。

あの時のことは、正直あまり思い出したくない。

ブレイブの真似をしようとして思いっきり負けてしまった情けない姿は、今でも思い出しては身震いするのだ。

それに、あの姿をヤナギやブレイブに見られていたのかと思うと……想像もしたくない。

「四時試験の決闘でもそうだったが……。セルフは、技術試験の方ではあまり良い成績とは言えないな」

訓練では上手くいくのに、本番だとどうにも力が発揮できない。

自分の好きな剣技のことだからか、それは前回の試験で如実に表れていた。

「でも、俺はできる限りのことをやってきたつもりだ。だから、後は頑張るしかない」

頑張る。自分なりに。今までやってきたことに、自信をもって。

「ま、試験管の俺が口出ししちゃあ、いけないな」

ブレイブは騎士団団長であるため、入団試験の試験管も務めている。

「今年は誰か有望な奴はいるのか? 」

「あー、スイセン、とかいう奴がけっこう上手いって聞いたな」

「聞いたって……。同じ養成所の生徒だろう? 」

「悪いが、生徒一人一人の名前と顔なんざ覚えてねぇよ。覚えてたとしても、一致しねぇし。ま、どのくらいの人材なのかは、自分の目で見て確かめてくれ」

セルフが言えるのは、このくらいだ。

「そうだな。じゃあ、スイセンとセルフに、注目して見ておくよ」

「贔屓みたいなことはしないでくれよ? 」

「するか、馬鹿」

ブレイブがセルフの頭を軽く小突く。

まだ馬鹿と言ってくるブレイブに、セルフは顔を顰めた。

「でかくなったな。昔はブレイブ、ブレイブって言って、俺の跡をついてくるばかりだったのに」

「うっせぇ! 」

恥ずかしくなって、つい声が大きくなる。

自然と周りの目を集めてしまって、さらに恥ずかしくなった。

そんなセルフを見て、またブレイブに笑われる。

「っ……! じゃあ、俺はもう行くからな! 次の試験も、ちゃんと見とけ! 」

「おう、期待してる。……なぁ、セルフ」

もう行こうとしていたセルフを、ブレイブが呼び止める。

なんだと振り向くと、神妙な顔つきをしたブレイブが、じっとこちらを見つめていた。

「その……、誰かの恨みとかは、買うなよ? 」

なんか、前にも似たようなことを言われた気がする。

「? おう」

とりあえずそう言って、今度こそセルフは別れた。

自分はただ、力を発揮するだけだ。



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