2
「溶けないうちに早く持っていかないと〜」
「そうね。どうせなら、冷たいまま食べてもらいたいし」
「ていうか、そうじゃないとアイスの意味ないよ〜」
食堂を出て、中庭を通り、門まで向かう。
いつ見ても立派なこの門を潜ろうとした時、学園の周りをうろうろしている人を見つけた。
「あれ、ブレイブ様だよね? 」
「そうね」
難しい顔をして門の前をぐるぐる何周もしているブレイブは、やがて意を決したように足を止めて門を潜ろう、としてやはり足を止めた。
ヤナギと視線が合ったブレイブは、明らかに動揺したようにあたふたした後、背を向けて立ち去ろうとした……のをメリアが呼び止めた。
「何やってるんですか? 」
「いや、何も……」
「いや、何かありますよね? 自主的に学園に来るなんて珍しい」
騎士は普段訓練に勤しんでいるため、学園に足を運ぶことなど滅多にないはずだ。
「べ、別に用があるわけでは……というか、それを言うならメリアとヤナギも、どこに行くつもりだ?
」
「私とメリアはブレイブ様とセルフ様の元に向かうつもりでしたが……。今はご都合が悪いのですか? 」
学園に足を踏み入れたブレイブの様子から、今日は何か用事があるのではないかと思ったのだが……。
ブレイブはそんなことないと言うふうに首をぶんぶんと横に振った。
「い、いや。俺もちょうどメリアとヤナギに会いに行こうとしていたところなんだよ、うん」
「急にどうしたんですか? 」
ヤナギが思ったことをメリアが聞いてくれると、ブレイブは言葉に詰まったように顔を顰めた。
何だか、頬が若干赤いようにも見える。
「ブレイブ様? 顔が赤い……まさか、熱中症!? 」
メリアが声をあげると、ブレイブは顔を右手で隠してしまう。
「熱中症じゃない! 暑い、だけだ……」
「そういえば、さっきから左手に何持ってるんですか? 」
「うっ……」
メリアの指摘に、ブレイブがより分かりやすい動揺を見せる。
顔を隠していた右手も後ろにやり、更に怪しさが増した。
「これは、別に……」
「えぇ〜? そんなにされたら気になりますよ〜。ねぇ? ヤナギちゃん」
「メリア……。なんか最近シードに似てきてないか? 」
「何処がですか? 」
「そういう意地の悪いところとか……」
「スキあ、り……」
しゅばっと、メリアはブレイブが後ろに隠していた物を奪い取ろうとして、避けられた。
「ふっ、騎士団長様の身のこなしを舐めるな」
「むぅー。まぁ、嫌なら無理に見ようとはしませんけど」
頬を膨らませるメリアを見ていると、メリアの手に持っている袋からぽたぽたと水滴が落ちていることに気がついた。
「メリア、アイス……」
「え? うわっ! ブレイブ様、はいこれ! 」
「え? 」
溶けかけているマスカットのアイスキャンディーを、メリアがブレイブに手渡す。
「ほら、早く食べてください! 」
「あ、ああ」
言われるがままにマスカットアイスを咀嚼するブレイブは、「上手いなこれ」と素直に感動しているようだった。
「こうしちゃいられない……! ヤナギちゃん、セルフ様のとこにも早く行かないと! 」
「そうね」
ブレイブがまだ食べきっていないうちに、メリアに手をひかれて学園の外に出ていく。
「あ、まった……」
背後で呼び止める声に振り向くと、アイスを持ったまま立ち尽くしているブレイブが呆然とこちらを見送っていた。
そういえば、ブレイブはヤナギとメリアに会いに来てくれたのに、申し訳ないことをしてしまった。
戻ってきたら、またお話することにしよう。
今はとりあえず、セルフに渡すアイスキャンディーのことを最優先で考えた。
「うっま」
ガリガリ音を立てながら、セルフはキウイ味のアイスキャンディーを頬張った。
「そうですよね〜。毎日食べても飽きないくらい」
メリアも、ぶどう味のアイスキャンディーを食べながらほぅっと息を吐いていた。
ヤナギも、ぶどう味のアイスを口に運ぶ。
もう大分溶けてしまっていたが、それでも十分美味しかった。
「セルフ様はあと少しで、入団試験始まるんですよね? 私もまた、応援に行きますから! 」
最後の1口を食べ終えたメリアが、棒を袋の中に捨てながら意気込んで言った。
その様子に、セルフもふっと口角を上げる。
「ああ。応援よろしくな」
「はい! 」
そこで、メリアがちらりとヤナギを見てきた。
あまりにもじっと見つめているため、自分の顔に何か付いているのではないかと心配になってしまう。
もしや、アイスの欠片でも付いているのだろうか。
「あの……」
「早いよねー」
早い? 何が?
「あれからもう、1年だって」
ああ、そういうことかと納得する。
あれから、セルフが入団試験を受けてから、早1年が経とうとしているのだ。
あまり意識はしなかったが、ヤナギが前世の記憶を取り戻してから計算すると、もうとっくに1年は過ぎていることになるのだ。
「1年……」
改めて口に出してみると、ようやく実感がわいてくる。
思えば、いろんな事があった。
見た事のない景色を覚えて、触れたこともなかった淑女のマナーを覚えて、いろんな人と出会って、別れた。
その思い出どれもが、たった1年の間で経験したものだと考えると、早いようで長い1年だったのだなと思う。
「去年の今頃は、まだヤナギちゃんとこんなに仲良くなかったんだよね……? 」
そういえばそうだ。あの頃はまだ、友達じゃなかった。
「すごいよな、時間って」
食べ終えたアイスの棒を、セルフがギュッと握って言った。
「人って、すごい速さで変わってくから。……俺も、早く追いつかないと」
重みのある言葉とは裏腹に、セルフは楽しそうに見えた。
「そういえば、新入生ってどんな奴がいるんだ? 剣の腕とか、すごい奴っていんのかよ? 」
急に話題が変わったからか、それとも良い心当たりがないからか、セルフの質問にメリアは固まった。
「え、えーと……。新入生……仲良い? かどうかは分かりませんけど、親しい人ならできましたよ? 剣の腕もまぁ、良かったと思いますけど」
「本当か!? どのくらいすごいんだ? 」
剣のことになると、セルフは途端に表情を変える。
キラキラした、子供みたいな無邪気な顔になるのだ。
メリアは少し困ったように、ヤナギに助けを求めてきた。
「ヤナギちゃんは、どう思う? 」
「イベリス様のこと? 」
親しい新入生、といったら、イベリス以外に心当たりがない。
「そう。イベリス様、剣の腕すごいよね? 」
「そうね。あれは目を見張るものがあったわ」
あれは先週、授業が終わった、マナー室からの帰り道でのことだった。
まだ授業が終わっていないらしい1年生は、外に出て剣の実技授業を受けている。
1人1人教師と相手をして、稽古を付けてもらっているようだった。
その中で、偶然ヤナギとメリアはイベリスを見つけた。
軽い身のこなしに高技術であろう剣技。
騎士と比べるには若干劣りはするだろうが、それでも十分戦えるほどの技量はあるように見えた。
「それで、イベリス様は先生に勝ったんです」
「すごいなそれ。今度、合わせてくれよ! 」
それを聞いたセルフの興奮度合が、いっそう強くなった。
「いやぁ〜。どうでしょう……」
だが、メリアは視線をさ迷わせる。
いつもと違うメリアの様子に、セルフは首を傾げた。
「? 何か問題あるのか? 」
「問題、というか……ちょっと難ありなんですよその子。悪気はないんでしょうし、悪い子じゃあないんですけど……。ちょっと癖が強め、みたいな? 」
「はぁ? なんだそれ? 」
「あ、あはは……」
会うことはあまりオススメはしないと、メリアは言いたいようだったが、直接は言わない。
「もし会いたいなら、紹介しますけど……」
一応の提案に、セルフは少し迷った後断った。
「いや、いいよ。今は訓練に集中したいし。メリア達とよくいるんだったら、そのうち会う機会があるだろ」
言いながら、握りしめたアイスの棒をどうしようか迷っていると、メリアが元々アイスが入っていた袋を開けた。
セルフが捨てたところで、ちょうどヤナギもアイスキャンディーを食べ終える。
キウイも美味しかったが、ぶどうもなかなかの味だった。
次食べる時は、苺か、それともマスカットか桃か……。全制覇を目指したくなってくる。
「おーい」
3人で話していると、ブレイブがやって来た。
手にはさっき食べ終えあのであろうアイスの棒を持っている。
「ブレイブ様! マスカット、どうでしたか? 」
「ああ。美味しかったぞ」
ブレイブも袋に右手に持っていた棒を捨てる。
相変わらず、左手は見せてくれない。
「それで、ブレイブは何の用だ? 」
セルフの問いかけに、ブレイブは「いや、ヤナギがセルフのところに行くって言うから……」と濁しながら言った。
「私に何か用ですか? 」
もしヤナギのあとを追って来てくれたのだとしたら、何か用事があるに違いない。
そう思って聞くと、ブレイブはもぞもぞと背中に隠していた左手を前に出してきた。
そこには、小さな黄色い小箱が乗せられている。
「これは? 」
「その……今日たまたま街へ行く機会があってだな。面白いものを見つけたから、ヤナギに渡して貰おうと思っていたのだが……」
誰かに配達をお願いしたかった、ということだろうか?
「私にですか? 誰に……」
「いや、渡す相手はもう目の前にいるから、いい」
「そうですか」
ヤナギを除く目の前にいる人物なら、メリアかセルフ。
どっちだろうと思っていると、相手はセルフらしかった。
何処か恥ずかしそうに、ブレイブがセルフの手に小箱を乗せる。
「は? 俺? 」
「……他に誰がいるんだ? 」
「いや、何となく、てっきりヤナギかなぁと」
セルフが言うと、ブレイブは更に顔を赤くした。
「プッ、プレゼントなど、まだ早い! 」
「はぁ? 」
「いいから、早く開けろ」
ブレイブに急かされるように、セルフが水色のリボンを解いて箱を開ける。
そこには、小さな額に入った、小さな淡い青色をしたネモフィラが入っていた。
「……花? 」
「その、もうすぐ入団試験だから、何かお守りめいたものを渡そうかと思って……」
「ぶっ、ははははははははは! 」
「な、何故笑う!? 」
大爆笑するセルフに、怒ったようにブレイブが言う。
「だからおまえ、顔赤かったのかよ!? あーそういえばブレイブって、普段は自信家で積極的なくせに、こういう時だけやたら恥ずかしがるもんな! 」
「う、うるさい! 」
なるほど。だから会った時から変によそよそしかったわけである。
「つまり……ブレイブ様は照れている、ということですか? 」
「照れてなどいないっ! 」
「あ、だから顔赤かったんですね」
「照れてなどいないっ! 」
メリアにまで言われて、ブレイブの顔はすっかりリンゴのようになってしまった。
「その……俺は、セルフには騎士になってほしいと思っている。そして一緒に、訓練をしたり、依頼を受けたりしたい。だから、その、絶対、合格しろ」
顔を背けながらブレイブが言うと、セルフも俯いてしまった。
「……んだよ。なんかこっちまで照れるじゃん」
ブレイブのが伝染したのか、セルフの頬もピンクに染まっていた。
「分かった。絶対受かるから、待ってろ」
「ああ」
2人で、コツンと拳を合わせる。
なんか入っていけない空気を感じて、ヤナギとメリアは2人で笑いあった。
「なんか、面白いね」
「ええ」
これが、幼馴染というものなのか。
そう思うと、何だか微笑ましいものを感じた。
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