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「試験、大丈夫だったかな〜? 」
試験結果を待っている間、食堂で時間を潰していたメリアは心配そうに呟いた。
「あいつはやればできる奴だから、大丈夫だろ」
特に心配していない様子のカルミアは、平然と席から立ち上がる。
「何処行くんですか? 」
「そろそろ結果が張り出される頃だろう? 」
「やっぱり、心配なんじゃないですか」
言いながら、シードも席から立ち上がった。
「俺たちも行くか」
「そうですね」
アイビーと一緒に、ヤナギも試験結果を見に移動する。
「メリア、あなたも……メリア? 」
結果を見に行こうと誘おうとすると、メリアだけは席に座ったまま、何やらもじもじしていた。
「どうしたの? もしかして具合が……」
「いやぁー、そうじゃなくて……。少し、お花を摘みに……」
ヤナギと2人でいる時なら、率直に「トイレ」と言うのだが、今はそうもいかない。
男の人もいる手前、恥ずかしかったのだろう。
「ヤナギちゃん、一緒に行こう? 」
「いいわよ。ということですので、皆さんはお先に行っていてください」
「ああ、わかった」
アイビーにそう言って、メリアと一緒に席を立った。
「ありがと〜ヤナギちゃん」
お花摘みから戻ったメリアが、ハンカチで手を拭きながらこちらへ駆けてくる。
今日は入団試験ということもあってか、いつもより学園が賑わっているようで、メリアが戻ってくるのにもなかなかの時間がかかった。
「大丈夫よ。それじゃあ、行きましょうか」
「うん」
メリアと2人で結果表を見に養成所の方へ向かっていると、人通りが激しい学園の門の前で、話し声が聞こえてきた。
「おい、試験結果、1位はセルフ様らしいぞ」
「セルフ様? って、誰? 」
「俺もよく知らないが、今年の入団試験は、合格間違いないと言われてる」
「へぇ、なかなかの見物となりそうだな」
それを聞いて、明るい顔をしたメリアがぱっとこちらを向いた。
「1位だって! セルフ様! 」
「あの話が本当なら、すごいわね」
「うん! 早く確かめに行こう! 」
メリアは、自分のことのように喜んでいた。
本当に嬉しそうに、兎のようにぴょんぴょん飛び跳ねている。
養成所の門を潜り、次の試験の邪魔にならないよう、競技場の端を進む。
雑草が生い茂った、あまり日当たりの良くない場所を移動していると、今朝見た金髪が視界に入った。
「あれ? あの人って確か……」
メリアも気づいたようで、そちらを見る。
スイセンと、その他複数の男の人。
何だか、今朝の雰囲気とは違っているように映った。
何処か暗い顔つきで、眉間に皺を寄せている。
「1位がセルフ・ネメシアだと? 何か不正でも働いたんじゃないのか? 」
低い声で、スイセンがそう言った。
「そうですね。そうとしか思えません。あのセルフ・ネメシアが、試験で1位をとるなど……」
「俺も同意です。1位はやはり、スイセン様であるべきかと」
あまりの言われように、メリアが怒って飛び出そうとしたが、すんでのところで足を止めた。
意外な反応に、ヤナギは唖然としているメリアの視線の先を目で追う。
すると、そこにはもう1人、見慣れた人物がいた。
少年と青年の中間に位置しているような、幼いとも大人びているともとれる、整った顔立ち。
「なんで、イベリス様もここに……」
メリアの指摘に、ヤナギも心の中で頷く。
そもそも、イベリスが入団試験を見に来ていること自体に少し驚いた。
いや、そんなに意外なことではないのかもしれない。
イベリスは剣技が得意だと聞くから、もしかしたら勉強のためにきたのかも……。
いやいや、気になるのはそこではない。
問題は、何故イベリスがスイセン達と一緒になって、セルフについて話しているのか、ということだ。
イベリスはセルフと接点はなかったはず。
それに、養成所の生徒でもないから、スイセンとも会ったことはないはずだ。
ヤナギの知らないところで、知り合いだったのだろうか。
「それで、どうするんですか? 」
スイセン達とは違った、楽しそうな表情でイベリスは問うた。
それに、スイセンが厳しい目付きで地面を見据える。
「決まってる。この俺を超えていいはずがない。さっきの令嬢達の反応を見たか? 俺が1位ではない時の、あの、令嬢達の反応を……。がっかりしたような、呆れたような反応を。俺がセルフ・ネメシアに負けるなんてこと、あっていいはずがない……! 」
「なるほど。スイセン様がそう仰るなら、そうなよでしょう。でしたら、復讐が必要ですね? 」
「ふく、しゅう? 」
「はい。スイセン様を馬鹿にした、セルフ様に復讐するんです」
「馬鹿にした? セルフが、俺を? 」
「はい。今頃きっと、笑ってますよ。スイセンなんて、大したことないなって」
「なっ……! 」
爆発寸前の怒りを、イベリスがやんわりと包む。
「だから、復讐するんです。スイセン様を差し置いて、光を浴びているセルフ様に。復讐、したいでしょう? 」
その笑みは、とても不気味で、気味悪いものだった。
思わず身震いしてしまうような、そんな笑み。
そう思ったのはヤナギだけではないらしく、メリアもすっかり足が竦んでしまっているようだった。
「あなたはかっこいいと、皆から持て囃されている。これまでも、これからも。ずっとずっと、ちやほやされて生きていく。そんな日々が、続いて欲しいでしょう? 」
「あ、ああ! そうだ! その通りだ! 俺が、俺こそが、注目されるべきなんだ! 」
「そのためには、何でもするでしょう? 」
「ああ! 何でもする! 」
良くないものを、全身で感じた。
この感じを、ヤナギは知っている。
つい最近、イベリスに目元を手で隠されて、囁かれた時のことを思い出す。
あなたはよく頑張ったと、好きにしても良いのだと、誰もあなたを責めないと。そう言って、真っ暗闇へと引きずり込もうとされた、あの感覚に似ている。
「なに、これ……? 」
メリアも感じたようで、自身の身体をギュッと抱き寄せていた。まるで、何かから守るように。
「次の試験は、なんですか? 」
「次は確か、乗馬の……」
「でしたら……」
イベリスが、スイセンに何やら耳打ちをする。
距離があるため聞き取れなかったが、近ずこうとはしなかった。できなかった。
これ以上近ずけば、呑まれてしまいそうだったから。
「ヤナギちゃん……」
メリアが、ヤナギのドレスの裾を摘んだ。
早く行こう、と目が訴えかけている。
「……観覧席の方に、戻りましょうか」
これ以上、ここにはいられそうになかった。
「よろしくな、ドギー」
毛並みを優しく撫でると、馬のドギーは高い声で「ヒヒーン」と鳴いた。
この感じだと、今日は絶好調だろう。
「セルフ・ネメシア、準備はできたか? 」
「あ、はい! 」
「それでは、コースに並べ! 」
「はい! 」
ドギーを連れて、競技場へと、公の場へと入場する。
沢山の人に囲まれて若干緊張したが、ドギーが頬擦りをしてくれたため、そんなの何処かに吹き飛んだ。
「やめろ、くすぐったいだろ」
口ではそう言うも、内心は嬉しい。
ドギーもそれが分かっているのか、すりすりと身体を寄せてきた。
暫くじゃれあっていると、隣からまた視線を感じた。
さっきから、ちらちらとセルフの方を見ているのだ。
試験が発表された時といい、今日はよく見られている。
隣にいるのはセルフの対戦相手、ディラーだ。
確かさっきスイセンと一緒にセルフを見ていた、今年入ってきた生徒。
「お互い頑張ろうな」
敢えて明るい調子でそう声をかけると、ふいっと目を逸らされてしまった。
どうやら、嫌われているらしい。
何かをした覚えはないが、深入りはしないでおいた方が身のためだ。
世の中、知らない方が良いことだってある。
「それでは、位置について! 」
試験管の合図で、セルフはドギーに跨った。
同様に、ディラーも自分の馬に跨る。
「始めっ! 」
開始の声と共に、ドギーは一直線に走り出した。
二次試験、乗馬レースのルールは至極シンプルなものだ。
ランダムに振り分けられた相手と1対1の勝負をして、勝ち負けを競う。
勝った相手から順々に決勝へと勝ち進み、1位を競う。
だが、ここで負けたからといって二次試験に落ちるわけではないところがポイントだ。
競走と同時に計られているタイムでの順位も付いているため、タイムが早ければ合格にもなる。
二次試験は、得意不得意がきっちり分かれるところ。
馬を上手に乗りこなせる者とそうでない者との差が、随分と激しいからだ。
無論、前者であるセルフは、この試験では全く心配していないのだが。
「良い調子だな、ドギー。このまま頼むぞ? 」
「ヒヒーン! 」
吹き抜ける風が気持ち良い。
ちゃんとした信頼関係が築けているドギーとセルフは、どんどん差を広げてゴールへと向かっていた。
途中までは。
「……追いついてきたな」
後ろに目をやると、険しい顔でこちらをじっと睨んでくる、ディラーと目が合った。
「ドギー、もうちょいスピード上げれるか? 」
そう声をかけてみるも、あまり上がる様子はない。
どうやらこれが限界らしい。
競技場1周がゴールとなっているのだが、まだ半周くらい。
このままだと、追いつかれかねない。
だが、ドギーに無理をさせるわけにもいかないし……。
そうこう考えているうちに、あっという間に並ばれてしまった。
内側に寄ってカーブを楽にしようとしたが、先に行かれてしまった。
突き放されることもなければ、突き放すこともない。
ピッタリとセルフにくっついてきている。
だが、何処かおかしい。
隣の相手も、馬も、まだ余裕がありそうに見えたのだ。
まだ全然走れそうな、セルフを抜けそうな感じがする。
なんで抜かないのか。
それに、さっきから距離感がおかしい。
あまりにもピッタリとセルフの隣に並んでくるのだ。
その技術には素直に関心するが、そうすることに何の意味があるのか……。
「っ……! 」
ゴールを決めた時、それは起こった。
あと少しでゴール、というところで、ディラーの馬がドギーにぶつかってきたのだ。
あまりにも大きな衝撃だったため、セルフの身体がドギーから離れる。
たまたまぶつかった、なんて思えるはずがなかった。
幸いゴールをした後だったため、何とか勝ち上がることはできたが、心の中のもやもやは解消されない。
「……そういうことかよ」
恐らく、セルフの読みが正しければ、間違いないだろう。
2試合目、3試合目と続くうちに、その読みが的中していたことを思い知らされた。
「くっ……! 」
ぶつかられるだけじゃない。
馬同士で足をもつれさせたり、馬に乗っているセルフにわざと体当たりしてきたりなど、攻撃はずっと続いていた。
そして、それをしている相手は全て、先程スイセンと一緒にいた男達だったのだ。
ここまでくると、さすがに相手の狙いは分かる。
「なぁ、俺の試験を邪魔するつもりなのか? 」
ド直球に、そう聞いた。
4試合目も、スイセンの仲間だった。
「もしそのつもりなら、俺だって容赦しねぇぞ? 」
こっちだって必死にすがりついて試験を受けているのだ。
何年もずっと、騎士になりたいと夢見てきた身だ。
こんなことで、不合格になんてなりたくなかった。
「俺に怪我させようってんなら、正当防衛だ。こっちもおまえに怪我をさせちまうかもしれねぇ。それでもいいのかよ? 」
そう聞いてみるも、返事はない。
代わりに、セルフの足首を蹴ってきた。
「いつっ……! おい! 」
文句を言おうとするも、無視される。
「勝者、セルフ・ネメシア! 」
勝っても、全然嬉しくなかった。
それに、あれがズルではないということに余計腹が立つ。
2試合目の時点で1回試験官の方に文句を言いに行ったのだが、相手のわざとではない、という一言で片付けられてしまったのだ。
試験管に気づかれないように攻撃を仕掛けてくることに加え、なんやかんやあっても結局勝利を収めているのはセルフということとあってか、尚更タチが悪い。
さっきは正当防衛としてこちらも容赦しない、なんて言ったが、もし本当にセルフから攻撃をすれば、相手はすぐに試験管に告げ口をするだろう。
そう考えると、後々面倒くさいことになりそうなので、できそうになかった。
「それでは、最終決戦を行う! 両者、前に! 」
最終決戦、セルフとスイセンが前に出る。
観覧席の令嬢に笑顔を振りまくスイセンは、隣のセルフに視線を移して、爽やかな笑みで声をかけてきた。
「互いに全力を尽くそう」
「……おう」
その笑顔の下の顔を、セルフは知っている。
どうせスイセンも、何かしてくるに違いない。
「では、位置について……」
関係ない。自分の力を出しきるだけだ。
もしぶつかってこようものなら、素早く避ければ良い。
そうできなくても、すぐに体制を立て直せば……。
「ドギー? 」
走り出す準備をしていると、ドギーの様子がおかしいことに気がついた。
呼吸が荒く、辛そうだ。
「ドギー!? 」
一旦ドギーから下りて、身体を隅々まで見回す。
すると、前足の蹄が、若干赤くなっているのに気がついた。
「どうしたんですか? セルフ様」
何も知らない、というふうに、スイセンがこちらを覗き込む。
「おや、蹄が赤くなっているようですね。これはいけない。もう走れないのではないですか? 」
「そんなこと……」
「これ以上馬に無理をさせてはいけません。代わりの馬を使うべきでしょう。試験管、こちらの馬が…… 」
「あ、おいっ! 」
セルフの意見も聞かないまま、スイセンが試験管を呼んでしまう。
すると、事情を知った試験管がすぐに駆けつけてきて、困ったようにセルフを見た。
「これは走れそうにないな……。だが、代わりの馬といったらこいつしか……」
代わりに連れてこられた馬は、養成所で最も有名な、ビーズという暴れ馬だった。
その名の通り、誰にも懐かず、年がら年中暴れ回っている問題児だ。
「ビーズ……か」
2人の試験管に抑えられてやっとこさ動きを抑えているビーズは、手を離したら今にも走り回りそうなほどに凶暴な目をしていた。
馬力はありそうだが、振り落とされてしまうだろう。
「……ドギー、おまえは休んでろ。よくやってくれた。本当に、感謝してる」
毛並みを撫でて、ドギーに別れを告げる。
「ビーズで戦うつもりですか? ドギーしか乗ってこなかったセルフ様が」
「仕方ないだろ。それに、ビーズだって馬なんだから、十分走れる」
よくよく考えれば、ビーズとセルフは少し似ている部分がある。
誰にも見て貰えずに、日陰に当たっているもの同士。
「……見返してやろうぜ」
ビーズの背中に手をやってそう言うと、ビーズは珍しく静かな瞳でじっとセルフを見た。
「俺はおまえを、信じてる」
そう言って、ビーズに跨った。
「ビーズが暴れない、だと……? 」
「そんな……。セルフ様、一体何を……」
ビーズは、静かに時を待っているようだった。
試合が開始される、その時を。
「そんなっ……! なんで……」
隣では、スイセンがありえない、といった様子で焦っている。
だが、そんなのはどうでもいい。
今はただ、ビーズと走ることだけを考える。
深呼吸をする。
「それでは……」
前を見据える。
「始めっ! 」
と同時に、一気に駆け抜けた。
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