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「まだ着かないんですか〜? 」

お店や施設等の大きな建物から少し外れた山の中、頂上に続くカーブ階段をぐるぐる登り続けること、約20分程が経過したころだった。

上を見れば星、辺りを見れば木。

その中で、疲れたようにおぼつかない足取りで何とか階段を登っている2人の姿。

疲労困憊な様子のメリアがぜえぜえ息をきらしながらアイビーに聞く。

「あともう少しだから、頑張れ」

「さっきからそう言ってますけど、全然着かないじゃないですか〜。ヤナギちゃんも、疲れたよね? 」

同意を求めてくるメリアに「私はまだ大丈夫よ」と返す。

足もけっこう早い方だし、これでも体力はある方だ。

「え〜。シード様も、疲れましたよね? 」

「うん。僕もメリアちゃんに同意。さすがに疲れた〜」

そう言って、シードはバタリと階段に座り込む。

ブレイブとセルフは普段から鍛えているからか、まだまだ余裕そうに見える。

カルミアも、額に汗を浮かべてはいるが、同じペースを保っているところから、まだまだ大丈夫そうだ。

「ほら、あとちょっとだから」

「は〜い……」

アイビーが差し出す手を握って、メリアは何とか歩き出した。

「ほら、シードも。背中押してやるから」

「え〜。ブレイブ様力強いからやだ……」

言いながら、シードもゆっくりとだが立ち上がる。

再び歩き始めると、アイビーの言った通り、頂上はすぐそこだった。

「ほら。着いた」

「わ……」

最後の階段を登りきった先の光景に、思わず感嘆の声を洩らす。

暗い暗い夜の闇の中、沢山の青白い光が辺り一面に咲き誇っていた。

一瞬、花畑かどうか分からなくなるほどに。

「これが、ブルーディム……」

光る花なんて、見たことがない。

ファンタジーの世界では、こういうのは当たり前なのだろう。

勿忘草に似た小さな花が、蛍のように地面を青く照らしている。

「わぁっ! 見て見て! 」

花から顔を上げたメリアが、今度は頂上から見える街の景色に瞳を輝かせた。

赤、白、緑……いろんな色の光が、頂上からは一望できた。

家の明かり。街灯の明かり。お店の明かり。

「この明かり一つ一つのところに、いろんな人がいるんだよね」

メリアの声が、夜風に乗って運ばれてくる。

「どんな人達がいるんだろう……! そう考えただけで、わくわくしない? 」

メリアの瞳に映った色とりどりの明かりは、とても美しく見えた。

その、何処か大人びている横顔が、ヤナギの記憶を、思い出に揺さぶりをかけた。

いつも元気で、明るくて。それでいてやっぱり大人なんだなと思わせる人。

意外と頑固で、人のためなら自分の命すら惜しまない、優しい、優しすぎる人。

……どうして、忘れてしまっていたのだろう。

夜景を見るのを止めて、ヤナギは足元のブルーディムに目をやった。

「ヤナギ? 」

皆から1歩離れた場所でブルーディムを眺めるヤナギの元に、アイビーが少し眉尻を下げてやって来た。

「どうした? やっぱり、あんまり楽しくなかったか? 」

自分は、そんなにつまらない顔をしていただろうか。

「いえ。楽しいです。本当に、すごく……」

何もかもが初めてで新鮮で。

この気持ちはきっと、楽しいだ。

「そうか。ならなんで、そんなに悲しそうなんだ? 」

ヤナギはいたって無表情なのに、当然のようにアイビーは言った。

「……よく、気が付きましたね」

昔、小学生の頃言われたことがある。

『やなぎちゃんっていっつも同じ顔だから、何考えてるか分からないよね』

ヤナギの表情の変化に気がつく人なんて、父と母くらいだったのに。

「まぁ、ずっと一緒にいたからな」

ずっと一緒に。

これからも、アイビーとは一緒にいられるのだろうか。

アイビーだけじゃない。

メリアも、ブレイブも、セルフも、カルミアも、シードも。

急にどこかに行ってしまったりは、しないのだろうか。かつて自分をおいて逝った、両親のように。

「……楽しすぎるんです」

楽しすぎる。今まで感じたことのないほどに。

今日という1日は、楽しすぎた。

だから。だから、だ。

「……忘れてしまって、いたんです」

あの笑顔を、忘れてしまっていた。

「アザレアさんを、忘れて、楽しんでしまったんです」

忘れてはいけないのに。

忘れたくないのに。

「……私は、皆さんみたいに強くありません。立ち直ることも、前に進むことも、できないんです……」

いつまでも悲しんで、ずっと立ち止まったまま。

いつか、アザレアのことを忘れてしまうのか。

そう思ったら、なんとも言えない辛さが込み上げてくる。

ヤナギは、皆のように強くない。

強く、なれない。

「……俺だって、強くなんてないよ」

嘘だ。

アイビーは強い。

今日だって、本当はいつまでも悲しんでいる自分を元気づけるためにブルーディムを見せてくれたことを知っている。

本当はアイビーだって辛かったはずなのに、ヤナギの為にしてくれたことを分かっている。

今のヤナギには、誰かに優しくできる余裕なんてないのに。

「そこまで深く考えなくても、いいんじゃないか? 」

その言葉は、ずっと悩んでいた脳にすんなりと入ってきた。

「忘れても、忘れなくても、ヤナギがアザレアさんと過ごした、一緒にいたっていう事実は、変わらないだろ? 」

記憶は消えても、思い出は消えない。

上も下も左も右も、光に囲まれた花畑で、ヤナギはアイビーと視線を合わせた。

少しだけ微笑んだその顔に、魅入ってしまう。

何故か、泣きそうになっていた。

前世では全然泣かなかったくせに、最近は泣きすぎている。

「ヤナギは、アザレアさんのことを大切に想っている。それだけで十分だと、俺は思うよ」

まるで、時が止まったかのようだった。

言われた言葉がずっと頭の中で反響する。

全てを包んでくれるような、温かい、赤い光。

「……ありがとうございます」

今は、それしか言えなかった。

強い風が吹いてきて、ブルーディムを揺らす。

すると、青い花びらも辺りに散った。

赤と青のコントラストに目を奪われて、その場から動けなくなってしまう。

「綺麗ですね」

「綺麗、だな」

ほぼ同時だった。

逸らされた目が、また合わさる。

「……俺が、いるから」

「アイビー様……」

「俺は、俺はずっと、ヤナギの傍にいる、から。アザレアさんの代わりになるかなんて分からないけど」

「アザレアさんの代わりなんていません。アザレアさんは、アザレアさんです」

アイビーの申し出を丁重に否定すると、ガッカリしたように「そ、そうだよな……」と言われてしまった。

「ですが……」

それでも、ずっと一緒にいてくれる。そう言ってくれただけでもう十分、幸せだから。

「私も、ずっと一緒にいたいです」

そう言うと、アイビーの頬がほんのり赤色に染まった。

辺りが青白いせいで、その色ははっきりと分かる。

「アイビー様? 」

「い、いやっ! なんでもない……」

何でもないなら何でもないのだろう。

「そ、そういえば知ってるか? ブルーディムの花言葉」

急な話題転換に若干思考が停止しかけたが、そもそも今日はブルーディムを見に来たのだった。

ブルーディムの花言葉。

見た目は勿忘草にそっくりなので、花言葉も一緒かもしれない。

確か、勿忘草の花言葉は……。

「私を忘れないで、ですか? 」

「いや、違うよ。意味は2つあるんだが……」

「何ですか? 」

「1つは、貴方は私の太陽」

「もう1つは? 」

「貴方の幸せを願っている、だよ」

幸せ。

なんだか、ヤナギに言われたような気がした。

「無理に笑えとか、そういうことを言うつもりはない。泣きたい時は気が済むまで泣けばいいと思うし、無理にでも笑いたかったら、それでもいいと思う。ただ俺は……我慢は、しないでほしい」

「我慢……ですか? 」

「1人で、悩まないでほしい。何かあったら、聞くから」

悩みを、聞いてくれる人がいる。

それだけのことなのに、何故だか心強く感じた。

「はい。言います」

「ならよろしい」

白い歯を見せて、アイビーは笑った。

子供のような無邪気な笑顔だった。

「今日は、来て良かったです」

心の底から、そう思う。

このまま、帰りたくないと思ってしまうほどに。

「あー! また2人きりでいるー! 」

と、夜景を眺めていたシードが突如声を上げた。

それから凄いスピードでこちらまで来たと思いきや、無理矢理アイビーとヤナギの間に割って入ってきた。

「シードおまえ……。文化祭パーティーの時も確か……。俺とヤナギが話していたら、何か問題でもあるのか? 」

「まぁでも? 僕だけじゃないっていうかー。迷惑に思ってる人は他にもいるんじゃないかなーって。ほら、現にあの人とか」

シードが言った人物、ブレイブは、こちらにチラリと視線を送るなり気まずそうに目を逸らした。

何だったのだろうか。

「あの、私はアイビー様と一緒にいてはいけないのでしょうか? 」

さっき、迷惑がどうとか言っていた。

すると、シードが手をブンブンと横に振る。

「違いますよヤナギ様! 今のはアイビー様に対して言ったことなので、ヤナギ様は気にしないでください! あ、でもできるならヤナギ様もアイビー様には近づかないでほしいなぁ〜、なんて」

「分かりました。近づかないようにします」

これからも一緒にいたかったのだが、残念だ。

「いやいや、何言ってるんだシードは! ヤナギ、今のは気にしなくていいからな!? 」

慌てたようにアイビーが訂正をする。

気にしなくていいということは、一緒にいてもいいということでいいのだろうか。

「わ、何話してるの? 私も混ぜて〜」

「俺も気になるな。混ぜてもらおう」

「おい、俺らも行くぞブレイブ」

すると、ブルーディムと夜景を見ていた残りの4人もこちらにやって来て、一気に賑やかになった。

「また、皆で来ましょうね! 」

メリアの言葉に、皆も、ヤナギも頷いた。




学園に戻って早々、ヤナギはメイドに我儘を言ってみることにした。

我儘……どんなものが良いのだろうか。

我儘というのだから、きっと無理なお願いに限る。

考えて考え抜いた結果、出てきたものは至極シンプルなものだった。

寮で今日着た服を整えてもらっているメイドに、こほんと1つ咳払いをした後、お願いを口にした。

「このベッドくらい大きな、シュークリームを食べたいわ」

これは無理なお願いだろう。

暫しの沈黙が流れる。

困らせてしまっただろうか。

どうしようかと思っていると、数秒おいてメイドは言った。

「ベッドくらい大きな……というのはないでしょうが、大きなシュークリームなら探してみましょう。ヤナギ様でも、そんなことを仰るんですね。……ふふっ」

何故か、笑われてしまった。







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