4
「まだ着かないんですか〜? 」
お店や施設等の大きな建物から少し外れた山の中、頂上に続くカーブ階段をぐるぐる登り続けること、約20分程が経過したころだった。
上を見れば星、辺りを見れば木。
その中で、疲れたようにおぼつかない足取りで何とか階段を登っている2人の姿。
疲労困憊な様子のメリアがぜえぜえ息をきらしながらアイビーに聞く。
「あともう少しだから、頑張れ」
「さっきからそう言ってますけど、全然着かないじゃないですか〜。ヤナギちゃんも、疲れたよね? 」
同意を求めてくるメリアに「私はまだ大丈夫よ」と返す。
足もけっこう早い方だし、これでも体力はある方だ。
「え〜。シード様も、疲れましたよね? 」
「うん。僕もメリアちゃんに同意。さすがに疲れた〜」
そう言って、シードはバタリと階段に座り込む。
ブレイブとセルフは普段から鍛えているからか、まだまだ余裕そうに見える。
カルミアも、額に汗を浮かべてはいるが、同じペースを保っているところから、まだまだ大丈夫そうだ。
「ほら、あとちょっとだから」
「は〜い……」
アイビーが差し出す手を握って、メリアは何とか歩き出した。
「ほら、シードも。背中押してやるから」
「え〜。ブレイブ様力強いからやだ……」
言いながら、シードもゆっくりとだが立ち上がる。
再び歩き始めると、アイビーの言った通り、頂上はすぐそこだった。
「ほら。着いた」
「わ……」
最後の階段を登りきった先の光景に、思わず感嘆の声を洩らす。
暗い暗い夜の闇の中、沢山の青白い光が辺り一面に咲き誇っていた。
一瞬、花畑かどうか分からなくなるほどに。
「これが、ブルーディム……」
光る花なんて、見たことがない。
ファンタジーの世界では、こういうのは当たり前なのだろう。
勿忘草に似た小さな花が、蛍のように地面を青く照らしている。
「わぁっ! 見て見て! 」
花から顔を上げたメリアが、今度は頂上から見える街の景色に瞳を輝かせた。
赤、白、緑……いろんな色の光が、頂上からは一望できた。
家の明かり。街灯の明かり。お店の明かり。
「この明かり一つ一つのところに、いろんな人がいるんだよね」
メリアの声が、夜風に乗って運ばれてくる。
「どんな人達がいるんだろう……! そう考えただけで、わくわくしない? 」
メリアの瞳に映った色とりどりの明かりは、とても美しく見えた。
その、何処か大人びている横顔が、ヤナギの記憶を、思い出に揺さぶりをかけた。
いつも元気で、明るくて。それでいてやっぱり大人なんだなと思わせる人。
意外と頑固で、人のためなら自分の命すら惜しまない、優しい、優しすぎる人。
……どうして、忘れてしまっていたのだろう。
夜景を見るのを止めて、ヤナギは足元のブルーディムに目をやった。
「ヤナギ? 」
皆から1歩離れた場所でブルーディムを眺めるヤナギの元に、アイビーが少し眉尻を下げてやって来た。
「どうした? やっぱり、あんまり楽しくなかったか? 」
自分は、そんなにつまらない顔をしていただろうか。
「いえ。楽しいです。本当に、すごく……」
何もかもが初めてで新鮮で。
この気持ちはきっと、楽しいだ。
「そうか。ならなんで、そんなに悲しそうなんだ? 」
ヤナギはいたって無表情なのに、当然のようにアイビーは言った。
「……よく、気が付きましたね」
昔、小学生の頃言われたことがある。
『やなぎちゃんっていっつも同じ顔だから、何考えてるか分からないよね』
ヤナギの表情の変化に気がつく人なんて、父と母くらいだったのに。
「まぁ、ずっと一緒にいたからな」
ずっと一緒に。
これからも、アイビーとは一緒にいられるのだろうか。
アイビーだけじゃない。
メリアも、ブレイブも、セルフも、カルミアも、シードも。
急にどこかに行ってしまったりは、しないのだろうか。かつて自分をおいて逝った、両親のように。
「……楽しすぎるんです」
楽しすぎる。今まで感じたことのないほどに。
今日という1日は、楽しすぎた。
だから。だから、だ。
「……忘れてしまって、いたんです」
あの笑顔を、忘れてしまっていた。
「アザレアさんを、忘れて、楽しんでしまったんです」
忘れてはいけないのに。
忘れたくないのに。
「……私は、皆さんみたいに強くありません。立ち直ることも、前に進むことも、できないんです……」
いつまでも悲しんで、ずっと立ち止まったまま。
いつか、アザレアのことを忘れてしまうのか。
そう思ったら、なんとも言えない辛さが込み上げてくる。
ヤナギは、皆のように強くない。
強く、なれない。
「……俺だって、強くなんてないよ」
嘘だ。
アイビーは強い。
今日だって、本当はいつまでも悲しんでいる自分を元気づけるためにブルーディムを見せてくれたことを知っている。
本当はアイビーだって辛かったはずなのに、ヤナギの為にしてくれたことを分かっている。
今のヤナギには、誰かに優しくできる余裕なんてないのに。
「そこまで深く考えなくても、いいんじゃないか? 」
その言葉は、ずっと悩んでいた脳にすんなりと入ってきた。
「忘れても、忘れなくても、ヤナギがアザレアさんと過ごした、一緒にいたっていう事実は、変わらないだろ? 」
記憶は消えても、思い出は消えない。
上も下も左も右も、光に囲まれた花畑で、ヤナギはアイビーと視線を合わせた。
少しだけ微笑んだその顔に、魅入ってしまう。
何故か、泣きそうになっていた。
前世では全然泣かなかったくせに、最近は泣きすぎている。
「ヤナギは、アザレアさんのことを大切に想っている。それだけで十分だと、俺は思うよ」
まるで、時が止まったかのようだった。
言われた言葉がずっと頭の中で反響する。
全てを包んでくれるような、温かい、赤い光。
「……ありがとうございます」
今は、それしか言えなかった。
強い風が吹いてきて、ブルーディムを揺らす。
すると、青い花びらも辺りに散った。
赤と青のコントラストに目を奪われて、その場から動けなくなってしまう。
「綺麗ですね」
「綺麗、だな」
ほぼ同時だった。
逸らされた目が、また合わさる。
「……俺が、いるから」
「アイビー様……」
「俺は、俺はずっと、ヤナギの傍にいる、から。アザレアさんの代わりになるかなんて分からないけど」
「アザレアさんの代わりなんていません。アザレアさんは、アザレアさんです」
アイビーの申し出を丁重に否定すると、ガッカリしたように「そ、そうだよな……」と言われてしまった。
「ですが……」
それでも、ずっと一緒にいてくれる。そう言ってくれただけでもう十分、幸せだから。
「私も、ずっと一緒にいたいです」
そう言うと、アイビーの頬がほんのり赤色に染まった。
辺りが青白いせいで、その色ははっきりと分かる。
「アイビー様? 」
「い、いやっ! なんでもない……」
何でもないなら何でもないのだろう。
「そ、そういえば知ってるか? ブルーディムの花言葉」
急な話題転換に若干思考が停止しかけたが、そもそも今日はブルーディムを見に来たのだった。
ブルーディムの花言葉。
見た目は勿忘草にそっくりなので、花言葉も一緒かもしれない。
確か、勿忘草の花言葉は……。
「私を忘れないで、ですか? 」
「いや、違うよ。意味は2つあるんだが……」
「何ですか? 」
「1つは、貴方は私の太陽」
「もう1つは? 」
「貴方の幸せを願っている、だよ」
幸せ。
なんだか、ヤナギに言われたような気がした。
「無理に笑えとか、そういうことを言うつもりはない。泣きたい時は気が済むまで泣けばいいと思うし、無理にでも笑いたかったら、それでもいいと思う。ただ俺は……我慢は、しないでほしい」
「我慢……ですか? 」
「1人で、悩まないでほしい。何かあったら、聞くから」
悩みを、聞いてくれる人がいる。
それだけのことなのに、何故だか心強く感じた。
「はい。言います」
「ならよろしい」
白い歯を見せて、アイビーは笑った。
子供のような無邪気な笑顔だった。
「今日は、来て良かったです」
心の底から、そう思う。
このまま、帰りたくないと思ってしまうほどに。
「あー! また2人きりでいるー! 」
と、夜景を眺めていたシードが突如声を上げた。
それから凄いスピードでこちらまで来たと思いきや、無理矢理アイビーとヤナギの間に割って入ってきた。
「シードおまえ……。文化祭パーティーの時も確か……。俺とヤナギが話していたら、何か問題でもあるのか? 」
「まぁでも? 僕だけじゃないっていうかー。迷惑に思ってる人は他にもいるんじゃないかなーって。ほら、現にあの人とか」
シードが言った人物、ブレイブは、こちらにチラリと視線を送るなり気まずそうに目を逸らした。
何だったのだろうか。
「あの、私はアイビー様と一緒にいてはいけないのでしょうか? 」
さっき、迷惑がどうとか言っていた。
すると、シードが手をブンブンと横に振る。
「違いますよヤナギ様! 今のはアイビー様に対して言ったことなので、ヤナギ様は気にしないでください! あ、でもできるならヤナギ様もアイビー様には近づかないでほしいなぁ〜、なんて」
「分かりました。近づかないようにします」
これからも一緒にいたかったのだが、残念だ。
「いやいや、何言ってるんだシードは! ヤナギ、今のは気にしなくていいからな!? 」
慌てたようにアイビーが訂正をする。
気にしなくていいということは、一緒にいてもいいということでいいのだろうか。
「わ、何話してるの? 私も混ぜて〜」
「俺も気になるな。混ぜてもらおう」
「おい、俺らも行くぞブレイブ」
すると、ブルーディムと夜景を見ていた残りの4人もこちらにやって来て、一気に賑やかになった。
「また、皆で来ましょうね! 」
メリアの言葉に、皆も、ヤナギも頷いた。
学園に戻って早々、ヤナギはメイドに我儘を言ってみることにした。
我儘……どんなものが良いのだろうか。
我儘というのだから、きっと無理なお願いに限る。
考えて考え抜いた結果、出てきたものは至極シンプルなものだった。
寮で今日着た服を整えてもらっているメイドに、こほんと1つ咳払いをした後、お願いを口にした。
「このベッドくらい大きな、シュークリームを食べたいわ」
これは無理なお願いだろう。
暫しの沈黙が流れる。
困らせてしまっただろうか。
どうしようかと思っていると、数秒おいてメイドは言った。
「ベッドくらい大きな……というのはないでしょうが、大きなシュークリームなら探してみましょう。ヤナギ様でも、そんなことを仰るんですね。……ふふっ」
何故か、笑われてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます