3
「うわああああああん」
パン屋さんに行ってシュークリームを食べた後、街を観光していると1人の迷子と出会った。
おかっぱ頭の少年が1人でわんわん泣いている姿に立ち止まり声をかけるも、泣くばかりで一向に答えてくれない。
「おい、泣いてばかりでは何も分からないからさっさと何か喋れ」
「カルミア様! そんなふうに言っちゃ泣いちゃいますから……」
「うわああああああああ」
「ほらー……」
額に手を当てて苦悩するメリアに代わって、今度はシードが少年を笑わせようと変顔を決める。
「ほらほら、こういう時は笑顔が1番だよー? 」
「うわああああああああああああああああ」
笑うどころかより大きな声で泣きじゃくる少年に、周囲の人達が異様な目を向けてくる。
「ち、違いますよー。虐めてるわけじゃなくてですね……」
「シード様、さっきのは普通に面白くなかったです……」
「いや辛辣」
だが、泣いているばかりではどうしようもないことは事実。
せめて外見から何か察せないかとよく見てみると、少年のおかっぱ髪は、艶があってよく整えられている。服も、貴族が着るような身なりの良いものだ。
もしも貴族なのだとしたら、この子は馬車で来たに違いない。それに、お付の者だっていたはずだ。
そこまで分かると、ヤナギは少年と目線を合わせた。
「あの、もし貴族なのでしたら、従者の方はいらっしゃいますでしょうか? 」
「うわああああああん」
駄目だ。話が通じない。
というか、この子にはきっとヤナギ達の存在なんて今はどうでも良いのだろう。
迷子になったことで焦って、戸惑って、余裕をなくしてしまっている。
「……どうしたものか」
全員で頭を抱えていると、不意にアイビーの後ろにあるテントに目がいった。
チュロスを売っているらしく、ちょうど女性がシュガーのたっぷりかかったチュロスを買っているところだった。
「あの、チュロスはお好きですか? 」
「チュロス……? 」
少年は、鼻を啜りながらも反応してくれた。
そしてヤナギの視線の先にあるチュロスを売るテントを見るなり、瞳がパアッと輝き出す。
「ほしい! 」
メリアの分と少年の分、合わせて2本のチュロスを購入すると、少年はさっきまでの泣き顔が嘘のように嬉しそうにチュロスを頬張り始めた。
「美味しい! 」
「それは良かったです」
近くのベンチに座った少年が、チュロスから顔を上げてこちらを凝視してくる。
「ありがとう! お姉ちゃん! 」
「いえ、購入したのはアイビー様ですので、私ではなくアイビー様にお礼を……」
そう言うと、アイビーが「いいや」と手を左右に振った。
「チュロスを買おうって言い出したのはヤナギだから、俺じゃなくてヤナギに言うのが正解だよ」
「僕正解なの? 」
「うん。正解正解」
「わーい! 正解だー! 」
何かに正解したことに喜ぶ少年を見て、セルフが拍子抜けしたようにほっと息を吐いた。
「単純だな、子供って」
「セルフに言われたくはないだろうけどな」
ブレイブが子供の頭に手を置いて「なぁ? 」と尋ねると、少年はキョトンとして首を傾げた。
その顔がなんだか可愛らしくて微笑ましく見守っていると、本題を思い出したメリアがチョコ味のチュロスからバッと顔をあげた。
「そうだ! ねぇ君、迷子だよね? お母さんかお父さんいるかな? それとも、従者さんとか……」
「いないよ。1人で来たもん」
「え? 」
まさかの返答に、全員さっきまでのにこやかな笑みがふっと凍りついた。
ヤナギだけはいつも通り冷静に、状況を分析し始める。
「1人で来た、ということは歩いてですか? 」
「ううん、馬車で来た。馬車出してってお願いしたら、出してくれたんだ! 僕の執事は、僕がお願いすれば何でも言うこと聞いてくれるんだよ! 」
「あー……なるほど」
何かを察したアイビー同様、ヤナギも大体のことがわかった。
要約すると、主人の頼みを断れなかった執事が、渋々馬車を出したのだろう。
執事は主人の命令には絶対という話を、ヤナギもこの世界に来てから聞いたことがあった。
というか、悪役令嬢ヤナギが正にその権力を利用して好き放題していたという設定なのだ。
あれをしろこれをしろとメイドに我儘を言って困らせていた描写が、確か小説にもあった気がする。
……となると、ヤナギもやった方が良いということだ。
学園に帰ったらメイドにお願いをきいてもらうことを今日の課題として設定していると、少年は得意気に胸を張った。
「僕、家じゃけっこう強いんだよ? お母様は怒ると怖いけど、お父様は僕に優しいんだ! 何でも言うこときいてくれるし、お願いすれば何でもきいてくれる! どう? すごいでしょ? 」
褒めて褒めてと言わんばかりに自慢する少年に、ブレイブが不思議そうに問いかけた。
「じゃあ、何で君は今1人なんだ? そんなに優しい両親がいるのなら、一緒についてきてもらえば良かったではないか」
確かに。
何でも言うことをきいてくれる人に甘えている少年が、こんなところに1人で来ようとは普通思わないだろう。
来たかったのなら誰かと一緒に来れば良いし、この歳であれば普通不安になるはずだ。
ブレイブの言葉に、少年は更に自慢気に言い放った。
「お母様の誕生日プレゼントを買いにきたんだ! もちろん内緒でね! サプライズ、ってやつ? 」
「わぁ! それは素敵だね! 」
「でしょー? 」
メリアの賞賛に、少年が照れながら頭をかく。
「もうプレゼントも買ってあるんだ! 」
そう言って少年が鞄から取り出した小さな箱には、始めヤナギ達が行ったスイーツ店の苺ショートのプチフールが入っていた。
「美味しそう〜! でも、プレゼントは買えたんだよね? だったら、さっきは何で泣いてたの? 」
メリアの言う通り、問題はそこだ。
迷子でもないのだとしたら、何故泣いていたのか理由が分からない。
少年は少し顔を赤くして言った。
「確かに泣いてたけど……。その、止まってるはずの馬車が、見つからなくて」
「見つからない? もしかして、先にお家に帰ったとか? 」
「ううん。場所が、分からなくなっちゃったんだ」
どうやら、やっぱり迷子らしかった。
こんなに小さい子だ。
迷子になれば、不安も募る。
今まで1人になったことがあまりないのであれば、尚更だ。
「どうしよう。このまま帰れなかったら……。お母様に怒られちゃう……」
「お母さん、そんなに怖いの? 」
「うん。角が生えるよ。鬼みたいになるの」
少年が人差し指をちょこんと立てて頭に当て、鬼の真似をしてみせる。
一見余裕がありそうに見えたが、その額にはうっすらと汗が滲んでいた。
一刻も早く帰りたいのだろう。
「分かりました。それでは馬車を探しに行きましょう? 」
「え……? 」
ヤナギの言葉に、少年が驚いたように目を見開く。
「助けてくれるんですか? 」
「もちろんだよ! 」
メリアが、少年の手をギュッと握る。
「困ってるんだったら、見捨ててなんておけないよ! 」
メリアらしい返答に、少年の口があんぐり開いた。
「……僕、家の人以外から助けてもらったことがなくて。皆、僕を避けるから……」
「だから」と、少年がもじもじしながら口を開く。
「ありがとう、ございます」
照れながら言うと、メリア達もにっこり微笑んだ。
ヤナギだけは、いつものポーカーフェイスだったが。
「じゃあ、行こうか」
「あ」
メリアが先を行こうとすると、少年が何かに気がついたように目を丸くした。
「どうしたの? 」
「あれ……」
少年が指さした先、ベンチを挟んだ少し向こう側の大きなレンガ造りの橋には、白髪の老人が真下の川を見つめていた。
「あのお爺さんが、どうかしたの? 」
「あの人、僕の執事……」
「えぇ!? 」
「ポルノーさん! 」
「坊っちゃま! 」
少年と執事が橋の上で再開を果たす。
「あなた方が、坊っちゃまを見つけてくださったのですか? 」
少年をしっかり抱きしめた執事が伺うような瞳をこちらに向けてくる。
「はい。泣いておられましたので」
「あ、言うなよ! 」
本当のことを言うと注意されてしまった。禁句だったらしい。
「申し訳ございません」
「いえいえ。貴方様が謝ることなど何一つありません。坊っちゃま、この方達にお礼は申しましたか? 」
「今から言うよ! ……その、ありがと」
恥ずかしそうに言うと、少年はすぐに執事の後ろに隠れてしまった。
「全く……。時間になってもお戻りになられておりませんから、心配したのですよ? 」
「その割には、優雅に川なんか見てたみたいだけどな」
「もしかしたら坊っちゃまが落ちてらっしゃるかもと思いまして」
「そこまでドジじゃねーし! 」
少年と執事の話を見守っていると、前から親子らしき女の子と若い女性が歩いてきた。
歩行の邪魔になってしまっては悪いと思い少しだけ移動すると、女性が会釈をしてくれる。
それにヤナギも返すと、女の子がお母さんだろう女性に明るい声で話しかけた。
「ねぇねぇ、今日の夕食はハンバーグにしましょうよ! いいでしょう? 」
「だーめ。昨日もお肉だったでしょう? 今日は魚よ」
「えー。ハンバーグがいい〜」
「そんな我儘ばっかり言ってると、お母さん知らないわよ」
「あ、ちょっと待ってよお母さーん! 」
わいわいと、楽しそうに夕食について話す親子に、少年が釘付けになっていた。
「坊っちゃま……」
執事の声に唇をキツく結んで、手元の鞄に入っているプチフールを見た。
「……お母様、喜んでくれるでしょうか」
「きっと、お喜びになられますよ。奥様は坊っちゃまのことを、とても大切に想っておられますから」
「でも、いつも僕を怒ってばかりだよ? 今日だって、内緒でニール街に来たりして……」
後から罪悪感が押し寄せてきたのだろう。
少年は悲しそうに目を伏せた。
「僕がお父様やポルノーさんにお願いごとをしてる時、お母様いつも怒ってるもん。甘やかしては駄目だって。いつも、僕を睨むんだもん」
「それは、奥様の愛情でございます」
「本当に? お母様、僕のこと嫌いなんじゃないの? 僕が、我儘だから……」
「坊っちゃま……」
信じようとしない少年に、執事が困ったように眉を顰める。
そんな執事に軽く断りをいれて前に出てきたのは、穏やかな顔つきをしたメリアだった。
「貴方は、お母さんのこと、好きなんだよね? 」
「うん。怒ってばかりだけど、好きだよ」
「なら、お母さんもきっと、貴方のことが好きだよ」
「そうなの? なんで? 」
「だってそれ、お母さんのために買ったんでしょう? 」
「うん」
頷くと、メリアは少年の肩に手を置いた。
「我儘でも、お母さんのことを想って、人のために行動できる。そんな貴方なら、きっと大丈夫だと私は思うな。お母さんにも、伝わってると思うよ? 」
「お姉ちゃん……」
メリアに励まされた少年は、もうすっかり元気を取り戻したようだった。
ニカッと笑って、元気よく頷く。
「うん! ありがとう! 皆も、ありがとうございました! 」
「本当に、ありがとうございました。ほら坊っちゃま、行きますよ」
「はーい」
手を引かれて、少年は去っていった。
「今日はお母様にサプライズを仕掛けるんだ! とびきり驚くやつ! 」
「それはさぞかし、喜ばれることでしょうね」
そんな会話をしながら。
きっと今日は、楽しい1日になることだろう。
「……もうこんな時間か」
セルフにつられて近くに立っている時計に目をやると、時刻は午後6時を回っていた。
少年と出会ってから、随分と時間が経っていたらしい。
「なら、行くか」
アイビーが、何処か楽しそうにそう言った。
「行くって、何処に……」
「当初の目的を忘れたのか? ブルーディムだよ。ヤナギが見たいって言ってた」
「あ……」
そうだ。ブルーディムを見に、今日はここに来たのだった。
前世では聞いたことのない花だ。
まさか、この世界にしかない花だったりするのだろうか?
「もう日が暮れかけている。急ぐぞ」
早足で、アイビーの後をついて行った。
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