第十三章 嵐の前の静けさ
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春。
大広間にて、舞台に上がった新生徒会長であるノアが、グラスを片手に乾杯の声を上げた。
「それでは、ヒーストリア学園に新たな新入生が加わったことを祝して、乾杯! 」
「乾杯! 」
グラスがカチンとぶつかる音がして、会場は一気に賑わいを見せた。
新入生の中には、新しい環境に緊張している者もいれば、早々に友人をつくって楽しそうにしている者もいる。
ヤナギもメリア達と喋っていると、舞台から出てきたノアが挨拶にやって来た。
「ごきげんよう。この度は歓迎パーティーの準備を手伝ってもらって、どうもありがとう」
卒業した兄のビルズの跡を継ぐ形で生徒会長に就任したノアは、初仕事に新入生歓迎パーティーの企画や設営を任されたのだ。
初めての仕事ということもあって大変そうなノアを見て、始めに声をかけたのはシードだった。
そしてヤナギ達も、忙しそうにしているノアを成り行きで手伝いを申し出たのだった。
「皆様も生徒会に入ってくだされば、私としても非常に助かるのだけれど……どう? 今からでも遅くないわよ? 特にカルミア様とか……」
「結構です。俺は来年生徒会長に立候補するつもりですから。それまでは勉強に専念しますので」
「生徒会も立派な社会勉強なんだけどなぁ。でもまぁ、そんなに言うなら仕方ないわね。でも、気が向いたらいつでも来てね。待ってるから」
ノアが生徒会長になってから、こういった勧誘が増えた。基本的にカルミアへの勧誘が多いが、
「カルミア様は本当に優秀よね。皆を纏める統率力があるし、勉強もできるから費用云々にも困らないし」
というのが、選ぶ理由らしい。カルミア自身に全くその気はないようだが。
「それじゃあ私はいろんな所に挨拶に回ってくるから」
早々に立ち去ろうとするノアを、アイビーが引き止める。
「俺も生徒会のメンバーですし、何か仕事があったら、声をかけてくださいね」
アイビーは今年も生徒会に入っている。
1年生の頃は書記をしていたが、2年生になってからは副会長に昇格した。
「忙しそうですね」
副会長になってから更に働き詰めになっていたアイビーにそう言うと、アイビーは苦笑した。
「確かに、最近はずっと忙しかったからな。まさか書記と副会長でこんなに仕事内容に差があるとは思わなかったよ。結局同じ生徒会だから負担はそんなに変わらないだろうと思っていたんだが……甘かったな」
ヤナギは生徒会に入ったことがないから分からないが、そんなに大変なものらしい。
でも確かに、最近ではアイビーと一緒に昼食を摂ることも難しくなっていた。
「私にも、できることがございましたら何でも仰ってくださいね」
「ありがとう。その時は、頼りにしてるよ」
頼りにしてる。そう言われて、何だか嬉しくなった自分がいて驚いた。
「あの……」
と、遠慮がちな声が背後から聞こえてきた。
存在に全く気が付かなかったことにまた驚いてそちらに振り返ると、そこには低身長の可愛らしい少年がいた。
亜麻色の髪に、黒目がちの大きな瞳が特徴的だ。
赤い花のブローチを付けているのを見るに、どうやら新入生らしい。
挨拶に来てくれたらしく、ぺこりとお辞儀をして名を名乗った。
「新入生の、イベリス・カレジと申します。あの、アイビー様とカルミア様でいらっしゃいますよね……? 」
「ああ。アイビー・コレクトと申します。この度はご入学、おめでとうございます」
「カルミア・ロジックと申します。入学、おめでとうございます」
「そ、そんな……! 敬語なんて止めてください! 僕の方が歳下ですし、身分だって……」
そういえば、アイビーはサリファナ王国の王子様で、カルミアは次期宰相だった。
近くにいすぎて忘れかけてしまっていたが、結構凄い人達だったことを、ヤナギは今更ながらに思い出した。
「そうか? なら、敬語は止めるが……。それで、カレジさんはわざわざ挨拶に来てくれたのか? 」
「あ、どうぞイベリスと呼んでください。その、声をかけたのは、アイビー様やカルミア様と、お近付きになりたかったからなんです」
「お近付きに? 」
訝しげにカルミアが言うと、イベリスはこくんと頷いた。
「僕、けっこう軟弱で……。人見知りだから、あまり友人もできない始末。でも僕、皆を纏められるような、リーダーシップある逞しい男性になりたいんです! 」
「逞しい男性……? 」
隣でメリアが意外そうに呟いた。
アイビーとカルミアも、逞しいといえば逞しい。
2人とも王子と次期宰相という立派な肩書きに負けないくらいの存在感と信頼感を多くの人間から寄せられているため、憧れている人は多い。
だが、逞しいと聞くと、もっと他の人物を思い浮かべてしまうのだ。
「あの、イベリス様、ですよね……? 」
「はい。貴方はえっと……」
「メリア・アルストロと言います。お言葉を挟むようで恐縮なんですけど、逞しいということでしたら、もっと他に適任がいるのではないでしょうか? あ、けっしてアイビー様とカルミア様を否定しているわけではなくて……」
「と言いますと? 」
「えっと、騎士団長はご存知ですか? サリファナ王国の」
「騎士団? 」
イベリスの顔が一瞬曇ったように見えた。
だが、低く発せられた声をすぐに持ち直し、イベリスは何事もないようにすぐに元の可愛らしい顔に戻る。
「勿論ご存知ですよ。ブレイブ・ダリア様ですよね? このパーティーに騎士の皆様はいらっしゃらないようですが」
「知っているのなら、どうしてブレイブ様に頼まないのですか? 逞しい、ということでしたら、ブレイブ様にいろいろ教えてもらった方が良いと思うのですが……。統率力もリーダーシップもありますし」
ブレイブは騎士団の団長であるから、皆を纏めることも得意だし、何より国で1番強い存在だ。
教わるなら、絶対そっちの方が良い。
メリアの言葉に、全員が賛同した。
イベリス以外は。
「それでも僕は、アイビー様とカルミア様が良いんです。おふたりは、未来のサリファナ王国の心臓ですから。それに、騎士の方のお傍にいるとしても、ずっといては訓練のお邪魔でしょうし。わざわざあちらの方に行くのもちょっと……」
まぁ、教わりたい相手なんてその人の自由だ。
アイビーとカルミアが良いと言うのであれば、別に止める権利はない。
それに、決めるのはアイビーとカルミアなのだから、尚更だ。
「そうか。まぁ、俺は別にいいけど……カルミア様は? 」
「俺も、問題はない。好きにしろ」
「本当ですか!? ありがとうございます! 」
同意を得たことで、イベリスが嬉しそうにガッツポーズを作った。
「じゃあ、明日から宜しくお願いします! アイビー様、カルミア様! 」
そう言って、イベリスは手を振って人混みへと消えていってしまった。
「……お2人に教わるって言ってましたけど、何教えるつもりなんですか? 」
シードがカルミアに聞くと、カルミアもアイビーも首を捻って「さぁ……? 」と曖昧な返事をした。
歓迎パーティーも終わり、早速次の日から授業がスタートした。
4月の暖かい陽気にうとうとしている隣の席のメリアの頭を、教師が教科書で叩いた。
「起きなさいアルストロさん」
「ふぁい……」
ヒーストリア学園には、クラス替えというシステムはない。
1年生から3年生までずっと同じクラスなため、2年生になってからもこうしてメリアとアイビーとは同じクラスだった。
欠伸を噛み殺すメリアは、のろのろと教科書を開けて問題を解いてみるも、開始5秒で諦めたように机に突っ伏していた。
「アルストロさん、ここの問題解いてみなさい」
「ええ〜……。どうしよう、全然わかんない……」
「メリア、ここはこうして……」
「うーんと……。あ、なるほど! 分かりました先生! 」
「なら貴方はもういいです。座りなさい」
「ええ!? せっかく分かったのにですか? 」
「分からない生徒に問題をあてるのが教師の務めです。そうでないと、勉強の意味がありません」
「そんなぁ……。せっかく分かったのに……」
随分しっかりした教師だなぁと関心していると、授業の終了を知らせるチャイムが鳴った。と同時に、教室の扉を開けて誰かが入ってきた。
「アイビー様! お迎えに参りました! 」
またか、と教室にいた誰もが思った。
汗だくでアイビーを迎えにきたイベリスは、ヤナギとメリアにも会釈をした。
これで4回目の訪問に、最初は戸惑いを見せていたアイビーもさすがに慣れたようで半笑いを浮かべていた。
「お次は昼食ですよね? 僕と一緒に食堂に行きませんか? 」
「なぁイベリス、授業が終わる度にこの教室に来るのには、何か理由があるのではないか? 」
しかも上級生の教室に来るなんて、さぞかし勇気がいるだろうに。
「そんなの、少しでもアイビー様のお傍にいさせていただくために決まっているじゃないですか」
何を当然のことを、といったふうにイベリスは言ってのけた。
今日はずっと、こんな調子だ。
朝アイビーが教室に来るともう既にイベリスはそこにいて、授業が終わったちょっとした休憩時間の度にアイビーに会いにやって来るのだ。
それに、アイビーに会った後でカルミアの在籍しているクラスにも顔を出しているというのだから、よほど急いでこちらのクラスへ来ていることが伺える。
「食堂にはカルミア様も誘っていますから、早く行きましょう! もしよろしければ、メリアさんとヤナギ様も」
「え、私達もいいの? 」
「もちろん! ご飯は皆で食べた方が、美味しいんですよ! 」
「なら、遠慮なくそうさせてもらおうかな。じゃあシード様も呼んでいいかな? 」
「どうぞどうぞ! 」
何の躊躇いもなくイベリスは了承した。
昨日歓迎パーティーで会った時は、もっと大人しそうに見えたのだが、今では明るくて元気な子、という印象だ。
「それでは早く行きましょう! ほら、僕食堂って初めてなので、わくわくしてるんです! 」
「わ、分かった分かった! だからそんなに押さないでくれ! 」
アイビーの背中を押すイベリスと共に、食堂に向かった。
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