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休日、学園から外出許可を貰ったヤナギとメリアは、馬車から下りた景色に目を奪われていた。

ショーウィンドウに陳列されているキラキラしたスイーツに、何処かから漂ってくる美味しそうなパンの匂い。

食べ物だけではなく、豪華なドレスや見たことのない大きな図書館、木組みの建築物などは、ヤナギにヨーロッパの街並みを思い出させた。

歩いている人も綺麗な人が多い印象だ。

「ヤナギはニール街、初めてなのか? 」

「はい。本日は連れてきてくださり、ありがとうございます」

アイビーにお礼を言うと、「じゃあ今日は、めいっぱい楽しもうか」と手を差し出してきた。

その手を握ろうとしたところで、アイビーとヤナギの間にシードが割り込んでくる。

「何当然のように手握ろうとしてるんですか? アイビー様」

「え、はぐれたら危ないと思って……」

「こんなに大人数で歩いてるんですから、そんな事にはなりませんって。というか、そんなに心配なら僕が握りまーす! いいですよね? ヤナギ様」

笑顔で許可を求めてくるシードに、断る理由など何処にもない。

「はい。大丈夫です」

「ということで〜……」

「ちょっと待て」

すると、ブレイブが握ろうとしていたシードの手を引っ掴んだ。

「え、何するんですかブレイブ様……うわっ、顔こわっ」

「こういうのはやっぱり安心して任せられる人に任せるべきだと思うんだ。となるとやはり、騎士である俺が手を取るべきでは……」

「行こっ! ヤナギちゃん」

「「あ」」

ヤナギの手を取り走り出すメリアを見て、ブレイブとシードの声がシンクロした。

「おい、あんま先行くなよー。危ないだろー」

興奮しているメリアをセルフが注意するも、メリアは「早く来てくださいよー! まずはスイーツ巡りからしますよー! 」と早く来るよう促していた。

「あいつはほんと、食べることしか考えてないな……」

「そういうカルミア様だって、さっきのお店のティラミス、凝視してましたよね? 」

「そういうシードも、その隣のフルーツゼリーに目が眩んでいたようだが? 」

「じゃあまずティラミスとフルーツゼリー食べに行きましょうか? 」

メリアの提案に、2人は「わかった」と頷いた。

アイビーの言ったブルーディムという花は、何でも夜に見た方が格別なのだそうだ。

そこで、昼間はニール街で観光をして夜にブルーディムを見に行こうという話になったのだった。

「ブレイブ様とセルフ様にも、わざわざお時間をとってもらって、ありがとうございます」

「大方の訓練は朝早くに済ませてきたしな。足りない部分は帰ってきてからやればいいし。な? セルフ」

「げ。おまえまだやんのかよ……。せっかく今日休みなんだから、明日でもいいだろ? 俺も朝練は済ませたし」

「さて、そんな気持ちで騎士になれるのか……」

「……やってやろーじゃねーか! 」

ブレイブはセルフのやる気を引き出すのが上手い。

そこら辺はさすが、昔からの幼馴染ということはあるだろう。

「スイーツ楽しみだな〜。ヤナギちゃんは何にするの? 」

隣で顔をニヤつかせたメリアは、今にもヨダレを垂らさんばかりの勢いだ。

「そうね。私はティラミスにしようかしら」

「ヤナギちゃんもティラミスか〜。前から思ってたけど、ヤナギちゃんとカルミア様って似てるよね? 」

その瞬間、背後からただならぬ冷気と熱気を同時に感じた。

振り返ってみると、顔を凍りつかせたブレイブと何故かそっぽを向いているカルミアがいた。

アイビーとセルフは「確かに」と同意を示しているが、シードは何やら笑っている。

「いやいやいや、メリアちゃんそれはないよ。この堅物眼鏡と身も心も清純なヤナギ様との、何処が似てるっていうのさ? 」

「シード、それはちょっとカルミアに失礼だぞ」

「あはは、すみませんアイビー様。でも、言ってることは間違ってないでしょ? それに、こーんな真面目で静かな男に限って、実はむっつりスケベだったり……カルミア様!? 痛い! 痛い痛い痛い痛い! ちょ、足、足踏んでますよ!? え、聞こえてますよね!? 早くどけ……何でより強く踏んで……いやほんと、ほんと痛いから!! ちょっと!? 」

「セルフ、ここら辺に川なかったか? さっき通った道の確か……」

「靴屋の近くにあったな」

「よしシード、ちょっと行きたいところがあるから付き合ってくれるか? 」

「え、嫌ですよ。何で男なんかと一緒に観光なんて……やめて! 引っ張らないで! 」

シードの襟首をガッシリ掴んでズルズル引っ張っていくカルミアを置いて、ヤナギ達は先にスイーツ店に入った。

店内には広々としたスペースに煌びやかなスイーツ達が並んでいる。

「5名様でいらっしゃいますか? 」

「いえ。あとでもう2名来ます」

「かしこまりました。お好きなお席へおかけください」

アイビーが席へと促してくれ、ヤナギを真ん中にしたメリアとアイビー、対面にブレイブとセルフが座った。

「ご注文はお決まりでしょうか? 」

水をテーブルに起き終わった店員が、注文用紙とペンを手に聞いてくる。

「私と……まだ来ていませんがもう1人はティラミスを」

「じゃあ私はこの苺ショートケーキを! 」

「俺はカスタードミルフィーユを1つ」

「俺はガトーショコラを」

「あ、じゃあ俺もブレイブと一緒のやつで。あと、もう1人のフルーツゼリーもお願いします」

「かしこまりました。少々お待ちください」


スイーツが来るのを待っていると、店に残りの2名が到着した。

1人は何食わぬ顔で悠々としており、もう1人は真っ青になってガクガクと震えていた。

「あれ? シード様濡れてない……」

「メリアちゃん知ってたの!? 僕が濡れること知ってたの!? 知ってて見送ったの!? 」

「あ、はい。知ってましたけど、濡れてませんね」

「ふん。川に放り出す直前に逃げられてな。仕方なくだが今回は見逃してやることにしたんだ」

カルミアが不機嫌そうに言ったところで、目当てのスイーツが運ばれてきた。

「あ、僕のフルーツゼリー頼んでおいてくれたんですね? ありがとうございます、ヤナギ様」

「頼んだのは俺だ」

「なんだ。セルフ様か」

「悪かったな」

「俺のも、頼んでおいてくれたんだな」

「はい。私と同じ、ティラミスで良かったのですよね? 」

「……カルミア様のはヤナギ様が頼んだんですね」

ティラミスをフォークで1口サイズに切って口へ入れると、仄かな苦味と絶妙な甘さが口いっぱいに広がった。

セルフの隣に座っているカルミアも、お気に召したのかさっきまでの不機嫌が少し和らいでいるようだった。

カルミアと対面して座っているシードも、フルーツゼリーを食べてすっかりご満悦な様子。

「ここのショートケーキ、すっごく美味しい……。アイビー様のミルフィーユも美味しそう……。1口貰ってもいいですか? 私のもちょっと上げますから」

「ああ。好きなだけあげるよ」

「本当ですか!? やった〜! あ、ガトーショコラも貰っていいですか? あと、フルーツゼリーも! 」

「おまえ正気か……? どんだけ食うんだよ」

「スイーツは幾らでも入るんですよセルフ様! ほらほら、私のショートケーキも少しあげますから」

そう言って、メリアはケーキをシェアし始めた。

アイビーのミルフィーユを食べると、これまた瞳を輝かせる。

「メリアを見ていると、何か食べ物をあげたくなってくるな」

「わかる」

アイビーの言葉にセルフが大きく頷いていると、メリアの視線がチラッとヤナギのティラミスを捉えた。

「1口、いる? 」

「わぁ〜ありがとう! でも私、苦いのはあんまり好きじゃないから、ちょっとでいいかな」

「好きじゃないのに食べるの? 」

「うん! 」

とても良い笑顔で、メリアはティラミスを1口貰っていった。

代わりにヤナギのお皿には、1口サイズのショートケーキが乗せられた。

「うん! こっちも美味しい! 」

美味しそうに頬張るメリアから、何故か目が離せない。

こんなふうに誰かと過ごすなんて、初めてで新鮮だからだろうか。

こんな、休日に誰かと遊ぶなんてこと。

「次はパン屋さんに行こうよ! あそこのシュークリーム、すっごい美味しそうだったんだ〜」

「まだ食べるのか……」

セルフは呆れながらも、その口元には笑みが浮かんでいる。

アイビーも、ブレイブもカルミアもシードも、気づけば皆笑っていた。

この空間に自分がいる事が、とても不思議だった。

「今日は街のものを全部食べ尽くすよー! ヤナギちゃんも、おー! 」

「お、おー……? 」

こんなのも、初めてだ。












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