第十二章 だってそれは、事実だから。
1
朝教室に入ると、昨日よりも寒い冷気がメリアにまとわりついた。
「はぁ」
両手に白い息を吹き込み擦っても、温かくなる気配はない。
凍える指先を懸命に摩擦でどうにかしようとしていると、隣の少女も同じように息を吐いた。
「はぁ」
だが、それは暖を取ろうとして吐いたものでないことは、メリアもよく知っている。
単純に、ただのため息なのだろう。
「もうずっと、あんな調子だな」
ヤナギのため息に、アイビーがメリアにそう言った。
「はい。冬休みが開けてからも、あんな調子で……。でも、仕方がないことだと思います。私も、まだ完全に消化できたわけではありませんし」
原因は勿論、冬休み前に起こったアザレアについてのことだ。
命を産んで命を捨てるか、はたまた自分の命を助けるか。
迫られた選択に迷わず前者を選んだアザレアは、今も空高くでメリア達を見守ってくれていることだろう。
「ヤナギちゃんは、私なんかよりずっと悲しんでると思います。よく花壇に行って、アザレアさんのお手伝いをしてましたから」
「そうか。そうだよな……」
あれ以来、ヤナギはすっかり気分を暗くしてしまっている。
メリアも何とか元気づけようと毎日昼食に誘ってみたり頭を捻って面白い話を聞かせたりしているのだが、ヤナギはピクリとも笑ってくれなかった。
いや、ヤナギが笑わないのはいつものことなのだが。
「シードも、心配していたしな」
「カルミア様も、心配してました。あと、ブレイブ様も。セルフ様は……時間が解決してくれるだろ、なんて言ってましたけど」
「それでも、セルフだって裏ではけっこう心配してたぞ? 」
「そうなんですか? 」
「ああ。この間用事で養成所の方へ行った時、しつこくヤナギはどうしたって聞いてきた」
苦笑混じりに言うアイビーにつられて、メリアも小さく笑った。
「……ヤナギちゃんにも、笑ってほしいな」
ヤナギは席に着いたまま、微動だにしていない。
視線だけ下に向けたまま、誰とも話すことなく静かに過ごしていた。
メリアもさっき「おはようヤナギちゃん、今日も寒いね〜」と声をかけたのだが、返ってきたのは「おはよう」だけだった。
何とかして会話を続けようとしても、一言二言しか返ってこない。
それに、表情だって何処か上の空だった。
……いや、だから何だと言うのだろう。
ヤナギは今落ち込んでいるのだ。素っ気ない返事なんて当たり前のことではないか。
ここはメリアが根気強く話しかけるしかない。
ヤナギに邪魔だと言われない限り、何度だって話しかけよう。
そう意気込んで、再度挑戦を試みた時、教室全体が何やらザワついていることに気がついた。
「あれ、カルミア様じゃない? 」
「本当だわ! お美しい……」
「誰かに用事? 他クラスに訪れるなんて、珍しい」
教室の扉を開けて入ってきたのは、カルミアだった。
教室をキョロキョロ見渡した後、メリアの隣にいるヤナギで視線を止めた。
そうしてヤナギの元まで無言で近づくと、咳払いをして口を開く。
「図書室に、新しい本が入ったらしい」
ヤナギは何も言わない。
目も、合わせようとしなかった。
「おまえの好きな、ファンタジー小説もあるらしい」
「……そうですか」
「ああ、そうだ。ヤナギは今日、図書室に行くのか?」
「いえ。今は本を読む気分ではございませんので」
「そうか……」
それきり会話は途切れてしまった。
「……アイビー様、カルミア様は何してるんですか? 」
「多分、元気づけようとしてるんだろうな」
「ああ。なるほど……」
だが、カルミアはこれ以上言葉を発しようとしなかった。
天井を見つめたまま動かないカルミアに代わって、メリアが新たな提案をする。
「そうだ! 今日はヤナギちゃんが好きなことをしよう? 」
「好きなこと……? 」
小さくだが、ヤナギが反応した。
それにメリアは嬉しくなって、更に明るい声を出す。
「そう! ヤナギちゃんの好きなこと! 本は今読む気分じゃないんだよね? となると……えーと……」
そういえば、友達なのにヤナギの好きなことを知らない。
というか、好きなことどころではなく、好きな食べ物、好きな色、好きな動物など……ヤナギについて全然知らないことに気がついた。
「えー……」
こんなんじゃ、友達失格なのかもしれない。
何故今まで知ろうとしなかったのか、これまでの自分を恥じていると、アイビーがポンと手を叩いた。
「そうか。好きなこと……」
何か良いアイディアを思いついたらしいアイビーが、口角を上げてヤナギの前に立つ。
気配に気づいたヤナギが目線を上げると、いつもと何ら変わらない、優しいアイビーがそこにはいた。
「ヤナギ。ブルーディムって、知ってるか? 」
「ブルーディム、ですか……? 」
「ああ。ニール街にあるんだが……」
「ニール街? 」
「学園から少し離れた先にある、大きな街だ」
「街……」
ヤナギが、良い反応を示している。
どうやら興味をもってくれたらしく、さっきよりも活き活きとして見えた。
「その、ブルーディム? というものは、一体何なのですか? 」
「ブルーディムってのは、青くて小さな花だ。ニール街にしか咲いてない、とても珍しい花で……」
「花……」
不味い。
カルミアも同じことを思ったのか、瞬時にヤナギからアイビーを引き剥がした。
「ばっ……何言ってるんですか!? 」
国の王子様に吐きかけた暴言を何とか飲み込んで詰め寄ると、アイビーは頭に? マークを浮かべて目を丸くした。
「えっと、俺何か悪いことしたか、な……? 」
「悪いこと、というか、配慮が足りなさすぎる! ヤナギが何故落ち込んでいるのか分かってるんじゃないのか!? 」
カルミアに言われて、アイビーがようやくメリア達の言わんとしている事に気がつく。
そう。ヤナギはアザレアのことで落ち込んでいるのだ。
今花なんて見せたら、余計悲しむに決まっている。
「す、すまない! ヤナギが好きなものを考えたら、花が浮かんできて……」
「行きます」
アイビーが言い終わる前に、ヤナギは答えた。
「え……? 」
「行きたいです」
その瞳は、キラキラして見えた。
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