3

「こんなもの、この神聖なる学園に持ち込まないで貰えるかしら」

「じゃあ何で食ってんだよ」

言葉とは真逆の行動をとるヤナギを、いちごサンドを食べながらセルフがつっこむ。

ヤナギはブルーベリーと生クリームが挟まれているサンドイッチを食べながら、「美味しいからです」と口にした。

ますます訳の分からないといった顔をするセルフと顔を見合わせる一方で、メリアは黒猫、ゴマにクランベリーをあげていた。

「ふふ。美味しいでしょ? 私の特製サンドイッチを前にしては、ゴマだっていつもみたいに逃げたりはしないはず……あぁ!? 」

メリアが話終わらないうちに、クランベリーをペロリと平らげたゴマは早々に草むらへと逃げてしまった。

「やっぱりメリアは、まだゴマに嫌われてんのか」

「き、嫌われてません! そりゃあ、セルフ様みたく触らせてはくれませんけど……それでも、それだけで嫌われたと断定するにはまだ早いというかなんというか……」

ごにょごにょ言っているメリアを置いて、セルフは次のサンドイッチに手を伸ばす。

すると、ちょうどヤナギがチョコバナナサンドを掴んだ手と触れてしまい、セルフは「あ、悪い……」とパッと手を離した。

「いえ、かまいません。それよりセルフ様、お顔が赤いようですが、大丈夫ですか? 」

耳までほんのり赤くしたセルフは、隠すように顔を手で覆った。

「も、問題ねぇよ! 今日はほら……ちょっと暑いだろ!? 」

「今は真冬ですが……」

「お、俺は暑いんだよ! 」

「暑いなら、尚更熱があるのでは……」

「ち、ちがっ……」

「え!? セルフ様熱あるんですか!? 」

「メリアまで……だから違うっ! 」

わたわたと手を振ってなんでもないと主張するセルフに「そうですか」と言って、ヤナギはチョコバナナサンドを1口食べ……ようとしたところで、あることを思い出した。

そういえば、バナナは健康に良いと聞いたことがある。

何でも、バナナ1本にビタミンやミネラルなどの栄養素がいっぱい詰まっているのだとか。そういう話を、何処かで聞いたことがある。

ヤナギは食べようとしていたチョコバナナサンドを、自身の口からセルフの元まで移動させた。

「セルフ様、これ食べますか? 」

「は? なんで」

「バナナは健康に良い食べ物だと、何処かで聞いたことがあります。えと……あーん? 」

食べさせようと口元まで持っていくと、セルフが沸騰したように顔を赤くした。

「ばっ……かおまえ! 食うかそんなもん! 」

「え……バナナ、嫌いでしたか? 」

「だからメリア違う! ああもう!! 」

いらないと言うなら食べさせるわけにはいかない。

突き返されたチョコバナナサンドにようやっと1口ありつくと、

「あら、美味しそうね」

そんな超えが聞こえた。

振り返って声の主を確認すると、そこには花壇用の倉庫から戻ってきたらしいアザレアがいた。

「アザレアさん! もし良かったら、これ食べますか? 」

メリアがバスケットに入っているいっぱいのサンドイッチを見せると、アザレアは「ありがとう」と言ってブルーベリーサンドを手に取った。

「ん〜! とっても美味しいわね〜」

「ありがとうございます! 自信作なので! 」

本当に美味しいそうにサンドイッチを頬張るアザレアを、セルフがじっと見つめていた。

「セルフ様? アザレア様がどうかしましたか? 」

「あ、いや……」

セルフはアザレアの顔とお腹を交互に見比べた後、言った。

「小顔なのに、お腹はずいぶんぽっこりしてるなぁ、と思って……」

「セルフ様!! 」

「うお、なんだよ……」

大きな声で注意するメリアに、セルフはびっくりしたように目をパチクリとさせた。

「ほんっとデリカシーない! 女性にお腹がぽっこりしてるなんて、思っても言っちゃ駄目です! 」

「なんでだよ? 別に悪いこと言ってんじゃねーんだから……」

「悪いことです! 女性にとっては! 」

「え、そうなのか? 」

「そうです! 」

これ以上の反論は許さないとばかりに顔を顰めるメリアに、セルフは顔を青くした。

「す、すみません! 俺、気遣いとかできなくて……」

慌ててセルフが謝ると、アザレアは高らかに笑った。

「はははっ! 君は正直だねー! 」

「あ、セルフといいます。セルフ・ネメシア……」

「セルフ君? いや、様付けの方が良いか」

「いえそんな……どっちでも」

「そう? じゃあ、普通に喋らせてもらおうかな。私、あまり堅苦しく喋るのは苦手で。私はアザレア。この花壇の管理人をしている者よ」

言いながらお腹をトントンと叩くアザレアを、メリアが「もしかして……」と目を輝かせる。

そんなメリアにクスッと笑って、アザレアはうんと頷いた。

「その通り、赤ちゃんなの」

「赤ちゃん!? 」

驚いて声をあげるセルフに、アザレアはまたクスクスと笑った。

「そっか、赤ちゃんが……。あの、触っても、良いですか? 」

「良いわよ」

了承を得たメリアが、そろそろとアザレアのお腹に手を伸ばす。

小さく撫でて、「ふわぁ……」と感嘆の声をもらしていた。

「凄いでしょ? 」

「はい。ぽこぽこいってます」

「ふふっ。無事に産まれてきてくれるかしら? 」

優しく笑うアザレアの表情は、喜びに満ち溢れていた。

「なら、もっと沢山食べて、栄養つけないと! 身体も、壊さないようにしてくださいね? 」

「ありがとう、メリアちゃん。この子もきっと喜んでるわ……クシュッ! 」

冷えてきたのか、アザレアが小さくクシャミをした。

今日は太陽も出ていていつもより暖かいからと開催した花壇での昼食も、そろそろお開きにした方が良いだろう。

「わわ! アザレアさん大丈夫ですか? 今日はもう帰った方が良いんじゃ……」

「気遣ってくれてありがとう。でも、今日はまだお仕事が残ってるから」

「他の方と変わっては貰えないんですか? 頑張りすぎは、身体に負担がかかります」

同じように心配した表情をするセルフに、アザレアは首を横に振った。

「そうしてもいいんだけど……。でも、まだ頑張れるから。本当に駄目そうな時に助けて貰わないと……」

「でも、ストレスは身体によくないって、俺の先生も言ってたし……」

「先生? 」

少しだけ、アザレアが反応した。

「はい。ネイラ先生っていう、剣を教えてくれる先生が……」

すると、アザレアの反応が強くなった。

今までの笑みがふっと消え失せ、困ったような、そんな笑みに変わる。

「そう……。あの人が……」

「知り合いなんですか? 」

意外そうに聞いたセルフに、アザレアは頷きともとれる曖昧な返事を返した。

「知り合い……というか、旦那なの。私の」

「「えぇ!?」」

メリアとセルフの声が重なった。

相当驚いた様子の2人に、アザレアはなんとも言えない表情を向ける。

「あんまり仲良くないんだけどね」

少し寂しそうに、アザレアは言った。

「何か、あったんですか? 」

本当は、あまり聞いてはいけないことだったのかもしれない。

アザレアとネイラだけの問題だから、部外者が首を突っ込む事ではない。

でも、勝手に口が動いてしまっていた。

あんなに優しそうなネイラが誰かと不穏な関係になっていることが、意外すぎたせいなのかもしれない。

だがアザレアは、そんな問いにも嫌な顔ひとつせず答えてくれた。

「彼と付き合ったのは、私が18の時だったかしら。彼は騎士を目指す養成所の生徒で、私は普通の、どこにでもいるような貴族。普通に生活していれば、まるっきり縁がない存在だったわ」

確かに、騎士はともかくそれを目指す生徒なんて、公の場にでることもない存在だ。

「でもね、ある日行ったパーティーに、彼がいて……一目惚れをしてしまったの。会場でお酒を飲みながら楽しそうに笑う彼を見て、なんて素敵な人なんだろうって。だから私、一生懸命彼にアプローチしたわ」

アザレアは、積極的なタイプらしい。

「初めはあまり相手にしてもらえなかったけど……。パーティーが終わりかけの頃、最後に1曲だけダンスを踊る許可を貰えてね。ダンスは苦手らしかったけど。そうしてパーティーが終わってからも、彼についていろいろと調べさせてもらって、毎日のように手紙を送って……。そうしたら、お返事がちょこちょこ増えてきて、一緒にお出かけするようにもなって……。そしたら、私から言う前に、あっちから告白してきたわ」

ずっと一方的に好きだったはずの相手から告白されるなんて、相当嬉しかったのだろう。

アザレアは当時を思い出しているのか、頬をピンク色に染めていた。

「あの時の彼ったら、一生おまえを守らせてくれーなんてかっこいい事言っちゃって! 無愛想に言う彼が、本当かわいいったらなくて……」

「え! 無愛想!? あいつが!? 」

信じられない、というように口をあんぐり開けるセルフに、アザレアは「あの頃の彼と今の彼は、違うから……」と呟いた。

「結婚もして、幸せだった……。彼と一緒にいる時間が、何よりも大切だった」

「だった」。過去形で示されたそれの意味を知るために、誰一人として口を挟まない。

ただ静かに、続きの言葉を待っていた。

「騎士を目指していた彼は、毎年のように入団試験を受けていたの。それはもう、何回もね」

セルフの顔が、強ばったものに変わった。

ヤナギにも、心当たりがある。

確か、今年セルフが入団試験に落ちた時、セルフが言っていた言葉。

『僕には、才能がありませんでした』

なんでもないことのように、でもどこか悔しそうに言った、ネイラの言葉を思い出す。

「7回目の試験で落ちた時、彼の目からは生気が感じられなかった。俺より後に入った奴が先に騎士になった、なんて言って、酷く絶望していたわ。そしたら彼、どうしたと思う? 」

「どう、したんですか? 」

答えが見つからなかったのか、メリアがそう聞いた。

「諦めたのよ。笑顔で」

諦めた。それは、ごく自然なことだったのかもしれない。

何回やっても駄目で、心が折れてしまう人は何人もいる。

でも、問題はそこじゃない。

「笑顔ですか? 」

ヤナギの疑問に、アザレアは悲しそうに笑った。

「ええ。これからは、おまえのために働くって言って、笑ったの。多分、誤魔化したのね。何回やっても報われなくて、苦しんでる自分を見られたくなくて。いつも無愛想だから、笑顔なんて見せないのに。だから私言ったの。無理に笑わないでって。辛かったら、泣いてもいいんだよって。そしたら彼、すごく怒っちゃって。おまえには分からない! なんて言って、そのまま家を出ていったわ。それから彼は、夜遅くに家に帰るようになった。でもお金は家に入ってるから、きっと何処かで働いてるんだろうことは分かってたんだけど……」

「それ、ブレイブのとこです」

「え? 」

表情を曇らせて、セルフが言う。

「ネイラ先生は、ブレイブが小さい時……ブレイブってのは、今騎士の団長をしてる人なんですけど。そのブレイブの剣の稽古を、ずっとつけていました。あと俺も。ずっと、ネイラ先生に、見てもらっていました」

アザレアは、驚いたよつに目を少しだけ見開いた。

「そう……。あの人が、剣の稽古を。本当に、剣が好きなのね」

「それで、ネイラ先生とはあまり……? 」

ずっと黙って話を聞いていたメリアが、ここでようやく口を開いた。

「ええ。今じゃもう、ほとんど口を聞いてくれない。最後に話したのは、私に赤ちゃんができた時におめでとうって言ってくれたきりね」

そこまで言って、アザレアはぐっと腕を伸ばした。

「それじゃあ私は仕事に戻るわ。早く終わらせて、晩御飯の支度をしないと」

「それは、ネイラ先生の分も……? 」

メリアの質問に、アザレアは「ええ」と頷いた。

「作っても、食べてはくれないんだけどね。それでも、私たちは家族だから」

そう言って、アザレアは笑った。

よく笑うところは、ネイラによく似ているなとヤナギは思った。

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