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「メリア、明日のお昼休みにあなたを虐めようと思うのだけれど、花壇の前に来てくれるかしら」

「分かった。じゃあ、サンドイッチ持っていくね。明日は卵を挟んだやつだから、期待してて! 」

「ええ。楽しみにしているわ」

「なんだその会話」

学校が終わった放課後、養成所に訪れていたヤナギとメリアは、会話を聞いていたセルフに怪訝な顔を向けられた。

「その会話とは、どんな会話でしょうか? 」

セルフの言ったことがよく分からず聞くと、「いや、俺が聞いてんだよ」と逆に聞き返された。

2人で頭に? マークを浮かべている隣で、メリアは明日持ってくるサンドイッチの具材を考えていた。

「卵とあと……ハムとレタスでもいいけど、それだといつも通りになっちゃうんだよね……。たまにはバリエーションを変えて……あ! フルーツサンドなんていいかも! ヤナギちゃん、やっぱり明日はフルーツサンドにしても良い? 」

「かまわないわ。メリアの好きにしてくれれば。あと、明日言う台詞なのだけれど、こんなもの、この神聖なる学園に持ち込まないで貰えるかしら、という台詞で良いかしら? こんなもの、というのはサンドイッチのことを指すのだけれど」

「大丈夫だよー」

「いや、大丈夫じゃないだろ」

またもやツッコミをいれてくるセルフに、ヤナギもまた? マークを浮かべる。

「キミイロびより! 」の小説で、ヤナギがメリアの持ってきたサンドイッチを軽蔑するシーンがあったため再現しようと思っただけなのだが……。

「ずいぶんと賑わっているようですね」

そうヤナギ達の話に混じってきたのは、黒いふわふわの猫っ毛が特徴的な、優しそうな大人の男性だった。

手には木剣が握られており、この養成所の先生だと伺える。

「ネイラ先生。すみません、すぐ片付けますね」

「あ、私達もすぐ帰った方が……」

「かまいませんよセルフ君。それにメリアさんも。もう稽古は終わりましたから、後の時間はどう使ってくれてもかまいません」

「え? 私の名前……」

「知っていますよ、メリア・アルストロさん。今年の騎士の入団試験、見に来てくれていたでしょう? セルフ君とブレイブ君の知り合いということで。ヤナギ様も、うちのセルフ君がよくお世話になっているそうで」

「いえ。かまいません」

「はぁ!? 世話になってるなんて、誰から聞いたんだよ!? 」

「ブレイブ君から聞きましたよ。無愛想なセルフに、飽きもせずによく付き合ってくれていると」

「なっ……! あいつ、覚えてろよ……」

怒っているのか、はたまた恥ずかしいのか、赤くした顔をヤナギから背けるセルフを、微笑ましそうにネイラは眺めていた。

「ご紹介が遅れてすみません。私はネイラ・ショルダー。見ての通り、この養成所で講師をしている者です。宜しくお願いしますね」

ネイラは自己紹介をした後、にっこりと目を細めた。

「ていうか、ネイラ先生、何かご用ですか? こんな時間までいるなんて珍しい。いつもなら稽古終わったらすぐに自分の部屋に戻って行くくせに」

「ああ、そうでした。セルフ君に伝えておかなければならないことがありましてね」

「伝えておかなければならないこと? 」

訝しげに問うセルフに、ネイラは人差し指を口に当ててふふっと笑った。

「はい。明日は、稽古はお休みです。この養成所の生徒だけではなく、隣の騎士の皆さんも」

「はぁ? なんで」

セルフの反応からして、普段からあまり休みは貰えていないことが分かる。

ブレイブも日々の訓練を欠かさないと言っていたから、やはり騎士はそれなりの体力が必要なのだろう。

「実は、体調を崩す人が増えてきましてね。最近は特に寒いですし」

「だからたまには休めって? 何言ってんだよ。風邪予防には運動することが1番だって、ブレイブも言ってたぞ」

「セルフ君、体調不良の原因が、寒さだけではないと思ってはいけませんよ? 」

ネイラの言葉に、セルフは首を傾げた。

それと同じように、ヤナギも首を傾げた。

風邪の原因は様々だが、冬の場合は主に寒さが原因だと言われている。

前世の保健の授業でもそう習ったし、テレビのニュースでも、コメンテーターの人がそう言っていた。

寒さ以外の原因が思いつかないヤナギとセルフを見て、ネイラがふふっと笑う。

「ストレス、ですよ」

「ストレス? 」

オウム返しに呟くセルフに、ネイラは「はい。ストレスです」と頷いた。

「心と身体はリンクしています。そうですね……。例えば、メリアさん」

「は、はい! 」

突然呼ばれたことにびっくりして、メリアが姿勢を正す。

「もし1人の生徒が、今日は稽古を休みたい、と言ってきたら、どうしますか? 」

「えぇっと……。まず、理由を聞きます」

「そうですね。それじゃあ、単に体調が悪いから休みたい、と言った場合はどうしますか? 」

「そりゃもちろん、部屋で休ませますよ。無理に稽古に参加させるわけにもいきませんし。何より心配ですし。なんなら看病します、私が」

「それでは、休みたい理由が、もう疲れたから、とかだった場合は、どうしますか? それじゃあ次は……セルフ君」

「俺? 俺なら、もっと頑張れって言うな」

「物凄く顔を青くして、息も絶え絶えに、何かに追い詰められているような感じだったとしても? 」

「それは……休めって、言うな」

そこまで言ったところで、ネイラは「そういうことです」と深く頷いた。

「最近いろいろありましたしね。騎士の皆さんは依頼続きでしたし。養成所の皆さんも、厳しい稽古に疲れが溜まっているようですし。たまの休暇は必要です。勿論、休暇中でも訓練したいと言うのであれば、ご自由にどうぞ。私は面倒見ませんが」

「ふーん……。じゃ、俺も明日は練習時間減らすか」

減らすだけで休みはしないところは、セルフらしいといえるだろう。

「それなら、明日はセルフ様も一緒にお昼食べませんか? ネイラ先生も、良ければぜひ! 」

と、メリアが名案を思いついたと言うように手をポンと叩いて言った。

2人は一瞬キョトンとしたようだったが、すぐに柔和な表情に変わる。

「おう。じゃ、明日の昼は空けとくよ」

「私も、お言葉に甘えましょうか」

「やったぁ! 明日は賑やかになりそうだね、ヤナギちゃん! 」

「本当ね」

メリアと昼食をとるのはいつものことだが、セルフとネイラとも一緒なのは初めてだ。

「それで、場所はどこですか? 食堂ですか? 」

「あ……食堂はその、あんまり好きじゃなくて……。いつもはお外で食べてるんです」

メリアの困ったような笑みに何かを察したらしいネイラは、「そうですか。では、どこで食べますか? 」と場所の指定を促した。

「ヤナギちゃんと、明日は花壇で食べようって話してて……」

「花壇……? 」

その単語に、ネイラの眉がピクリと動く。

「ネイラ先生? 花壇は、駄目でしたか……? 」

不安そうに聞くメリアに、ネイラは目を伏せたまま「いえ……。駄目というわけではないのですが……」と躊躇ったように言った。

これまでの優しそうな雰囲気とは一変して堅い空気を醸し出すネイラに、メリアとセルフは戸惑っているようだった。

そして、幾らか逡巡した後に、ネイラは口を開いた。

「……すみません。私はやはり、遠慮しておきますね」

「え……花壇は嫌でしたか? なら、別の場所でも……」

「いえ。僕に構わず、皆さんで昼食を楽しんでください。それでは」

「あ、おい! 」

セルフの呼び止めに応じることなく、ネイラはそのまま姿を消してしまった。

「……なんなんだよ、あいつ」

「何か、不味いことしちゃったかな……? 」

「さあな。でも、メリアが気にすることじゃねーよ」

セルフに言われても、メリアの顔は陰りがさしたままだった。

ネイラは、花壇が駄目というわけではない、と言っていた。

なら、何が原因で花壇に行くことを断ったのだろうか。

花壇にあるものは、肥料や苗、ジョウロに沢山の花。

花粉症……にしては、まだ早い気がする。

もしくは、そういったものではなく、人という可能性もある。

花壇にいる人といえば、用務員。

用務員といえば、ヤナギが思いつく人物はただ1人しかいない。

学園で働く用務員の仕事で、花壇の役を担っている、アザレアだ。

「ヤナギちゃん? どうかした? 」

黙ってしまったヤナギを気遣って、メリアが声をかけてくれる。

人がある場所に行きたくない理由なんて様々だ。

そのことに首を突っ込むかどうかはその人の自由だが、別にネイラに突っ込んでほしいと頼まれているわけでもないので、ヤナギは思考を一旦停止させた。

「そろそろ帰りましょうか」

言いながら、昨日アザレアが言っていた言葉を思い出す。

旦那のことについて話していたアザレアは、養成所の方を見ていた。

その目はどこか昔を懐かしむような、何処か穏やかな目付きだった。

ネイラは、花壇に行くのを拒んでいた。

……考えすぎだろう。

そう、無理矢理思考を振り切った。




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