第十一章 枯れない花

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「綺麗だね」

彼のその言葉に、足元に咲き誇る沢山の花々を眺める。

赤、青、黄色、オレンジ、紫……。

チューリップ、ゼラニウム、フリージア……。

春の暖かい気候に晒されて、彼の髪がふわりと揺れた。

「ええ。本当に、綺麗ね」

言いながら、彼の髪を優しく撫でる。

ふわふわで少しくせっ毛なそれは、すぐに手からこぼれ落ちてしまった。

「いや、そうじゃなくて……」

そう言った横顔は、ほんのり赤くなっているように見えた。

「君が……綺麗だな、と」

珍しい。普段はそんなこと、全然言ってくれないくせに。

おかしくて、笑ってしまう。

「どうしたのよ、急に」

「べ、別に……たまには、いいだろ」

「たまには」じゃなくて、できるなら毎日言って欲しいところだけれど。

「アザレア」

彼に名前を呼ばれると、心臓がドキリと音を立てる。

それを聞かせないように、少し大きな声で返事をした。

「なあに? 」

だが、彼は何も言ってこない。

もしかしたら言い難いことなのかもしれない。

だったら、あまり急かさない方が良いだろう。

そう思って待っていると、彼は何かを決心したように、顔を真っ赤に染め上げて、まっすぐな瞳を向けて、言った。

「私と、結婚してください」

「私」なんて畏まって言う彼を、笑うことはできなかった。

その代わりに、涙が頬を伝っていく。

「なっ……! ど、どうした!? 」

急に泣き出すアザレアにびっくりして、彼が背中をさすってくれるも、涙はとめどなく溢れてくる。

「なんで泣いて……。もしかして、嫌だった、とか……? 」

「それは、違うわ……」

それだけは、絶対に違う。

だって、この涙は……。

「ネイラさん」

名を呼ぶと、彼は緊張したように身を固くした。

その様子に、ようやくアザレアから笑みが零れた。

「はい。喜んで」






「今日も手伝ってもらっちゃって、悪いわねぇ」

「いえ。大変でしょうから」

最後の苗を植え終わったところで、ヤナギは額の汗を拭った。

花壇に植えられた苗はプリムラという花で、咲くのはおそらく春頃。

一通りの作業を終えたところで、冷たい風が辺りの木々を揺らした。

「もうすっかり冬ねぇ」

そう言って両腕をさするこの花壇の管理人を務めるアザレアは、手を自身のぽっこりとしたお腹に向けた。

「寒いのは、お身体に障ります。早くお帰りになられた方が、宜しいのではないでしょうか」

「大丈夫よ、少しくらい。……って言いたいところだけど、そうね。今日はもう、帰ろうかしら。この子に何かあっても悪いですしね」

アザレアの仕事を初めて手伝ったのは、春のこと。

急に体調を崩したアザレアにこの花壇の用務員だと間違われたヤナギは、「宜しくね、後輩ちゃん」と言われて、残りの作業を手伝うことになったのだ。

それから何度か忙しそうに花の管理をしているアザレアを見かけては、手伝わせてもらっていた。

手伝っているうちに、アザレアのお腹の膨らみがだんだん大きくなっていることに気が付き、もしやと思って聞いてみると、想像通りの答えが返ってきたのだった。

「もうすぐ産まれるのよ。あー、待ちきれないわ〜! 」

うずうずしたようにアザレアが言う。

「子供が産まれることが、そんなに楽しみなのですか? 」

そう聞くと、アザレアはにっこり微笑んだ。

それはもう、実に嬉しそうに。

「ええ。子供ができたってお医者様から伺った時は、本当に天にも登る心地だったものよ。ヤナギ様のご両親も、ヤナギ様がお産まれになった時はさぞかし喜んだと思うわ」

そうは言われても、ヤナギにはいまいちよく分からなかった。

この世界のヤナギの両親のことはあまりよく知らないし、前世の両親が自分を産んだ時喜んでいたとも思えない。

いや、寧ろ……。

「ヤナギ様? ぼーっとして、どうかなさいましたか? 」

「いえ、何でもありません。それより、アザレア様はもうお帰りになってください。あと片付けは、私がやっておきますので」

「あらそう? それじゃあ、お願いしちゃおうかしら。悪いわね。公爵令嬢様に、こんなことをさせてしまって」

「いえ。そういったことは、気になさらないでください」

公爵令嬢が偉い立場にいることは知っているが、別にヤナギ自身が偉いわけではないのだから。

そう伝えると、アザレアは何処か懐かしむように目を細めた。

「……ヤナギ様は、あの人と同じことを言うのね」

「あの人? 」

アザレアは、視線を花壇の先――生徒達が騎士になるために日々訓練を積み重ねているのであろう、養成所の方へ向けた。

「私の旦那よ」

「旦那様、ですか」

アザレアが旦那の話をするのは、これが初めてじゃないだろうか。

これまでお腹の中の子供について話すことはあっても、旦那について話すことはなかった。

「旦那様は、どんな方なのですか? 」

すると、アザレアは静かに目を伏せた。

「そうね……。優しくて、強くて、かっこよくて、可愛くて……」

かっこよくて可愛い……それはどっちなのだろう。

「不器用な、人よ」

「不器用? 」

あまりピンとこずどういうことか尋ねると、アザレアはお腹をぽんぽんと軽く叩いた。

「ええ。とっても不器用で……素直じゃないから」

と、これ以上ヤナギが何かを言う前に、アザレアは服に付いた土をパンパンとはらって、帰る準備をし始めた。

「それじゃあ、ありがとうございますね、ヤナギ様」

「いえ。お気をつけて、お帰りください」

ぺこりと一礼すると、アザレアは小さく手を振った。







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