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「あ、おはよーヤナギちゃん」
教室に行くと、先に来ていたメリアがこちらの元へ来て挨拶をした。
「おはよう、メリア。アイビー様も、おはようございます」
「おはようヤナギ」
アイビーとも挨拶を交わしたところで、メリアの視線が窓の外へと向けられた。
「今日も雨、降るのかな? 」
空にはどんよりとした雨雲が広がっている。
文化祭が終わってから、こういう天気が多い。
雨か曇り、そのどちらかばかりで、最近では晴れた青空を見られていない。
「最近雨が多いから、ゴマとも会えてないんだよね……」
しょんぼりして言うメリアの顔には、ゴマを心配している様子が伺える。
「ま、この天気だと、今日のお昼も生徒会室かな」
アイビーがため息を吐きながら言うと、
「そうですね……」
とメリアも頷いた。
雨のせいで中庭で食べる機会も減っていたため、最近は専ら生徒会室でお昼を食べることが多くなっていた。
アイビーが生徒会に所属しているため鍵の開け閉めもバッチリだし、ヤナギ達だけでなくカルミアとシードもいるから、それなりに賑やかに過ごさせて貰っている。
「ブレイブ様とセルフ様も、大丈夫かな……。雨だから、外で訓練とかできてないよね? 」
「そういえば、ずっと室内での訓練が続いている、と言っていたな。ヤナギは、今日もセルフのところに行くのか? 」
セルフは騎士になるために養成所に通っている。
そんなセルフと会ったのは、確か春頃……養成所に用事があって出かけているブレイブを待っていた時のことだった。
セルフ曰く「秘密の場所」と称するそこに足を踏み入れてしまったヤナギだったが、あれから何故か「またここに来てくれ」とお誘いを受けているのだ。
それからヤナギは、毎日とは行かないが、時々そこに行くようにしていた。
ここ最近は雨が続いていたので行くのを控えてはいたが、今日は曇り空というだけであってまだ雨は降っていない。
このままいけば、今日はあそこに行けそうだ。
「そうですね……。曇りのままであれば、出向こうとは思っています」
そう言うと、メリアがどんよりしていた顔を、パッと明るくした。
「え! ヤナギちゃんセルフ様に会いに行くの? じゃあ、私も行っていいかな? 」
「良いけれど、どうして? 」
何か用事でもあるのだろうか。
そんなふうに考えたが、返ってきたのは全く的外れな答えだった。
「用事があるわけじゃないけど、ずっと会えてなかったから。ブレイブ様もいるかもしれないし」
「会えてなかったから……」
「うん。やっぱり、セルフ様とブレイブ様が居ないと、ちょっと寂しいなーって思って」
会えなかったら寂しい。
本当になんとなくだけれど、分かるような気がした。
「じゃあ、俺も行こうかな。生徒会の仕事ももう暫く無いし」
「なら、シード様とカルミア様も誘いましょう! 皆一緒の方が、楽しいですし! 」
皆一緒だと、楽しい。
それもなんとなく、理由なんてないけれど、分かるような気がした。
こうして、放課後はヤナギとメリア、アイビーとシードとカルミアの5人で、セルフとブレイブに会いに行くことになった。
「あーあ。こんな天気だと、気分まで下がっちゃうよねぇ……」
放課後の中庭は、誰もいなかった。
いつもは日が当たって気持ちの良いベンチには、昨日降った雨のせいでまだ少し濡れており、地面も何だか湿っていたり、水溜まりが所々にできている。
降りそうで降らない雨雲を見て、シードが嫌そうに顔を顰めた。
「そうですよね。私も雨はあんまり好きじゃなくて……。アイビー様は? 」
「俺も、嫌いとまではいかないが、晴れの方がやっぱり好きだな」
皆、雨にはあまり良い印象を抱いていないらしい。
だが、そんななかで1人、眼鏡をクイッと押し上げたカルミアは、違う意見だった。
「俺はけっこう好きだけどな、雨」
濁った水溜まりを見ながら言ったカルミアの表情は、いつもより少しだけ楽しそうに見える。
「何だか楽しそうですね、カルミア様」
同じくカルミアの変化に気がついたメリアが、不思議そうに、それでもどこか楽しそうなカルミアを見て嬉しそうな顔をしてそう言った。
「雨は、心が落ち着くからな。目にはあまりよくないが、暗い部屋の中で1人読書をする、というのも、なかなか雰囲気があって良いものだからな」
「へー。カルミア様って、雰囲気とか気にするタイプの人間だったんですね。ちょっと意外」
特に興味も無さそうに、シードはふわぁと欠伸をしながら言った。
「なんだ、オレが雰囲気を気にしちゃあ悪いのか」
「いや、別に誰も悪いとは言ってないじゃないですか……。そ、そうだ! ヤナギ様は、どうなんです? 雨」
ヤナギに振られて、少しの間考える。
「そうですね……。私は好きです、雨」
ヤナギの返答に1番先に反応したのはメリアだった。
「そうなんだー。やっぱり、カルミア様と同じで心が落ち着くからとか? 」
「確かにそれもありますが……」
前世の、やなぎの家を思い出す。
雨の日、窓から覗く外の様子。
といっても、やなぎの家の周りには植物しかなかったため、見ていたのは植物だけだったのだが。
『そんなに外ばかり見ていて、飽きないの? 』
ヤナギが中学生くらいの頃、何もせずただ窓の外を眺めていた時、母にかけられた言葉だ。
あの時と同じ返事を、ヤナギはした。
「雫が……」
「雫? 」
「花びらに乗って、その雨の雫が、とても綺麗で……。その景色が、とても好きだからです」
雨露で濡れた花が、特に光が当たっているわけでもないのにキラキラして見える。
何粒も何粒も当たって乗って、その様子がとても好きだった。
それが、雨が好きな1番の理由。
ヤナギが言い終わると、メリア達は皆ポカンとした、よく分からないといった表情でヤナギを見ていた。
「なんていうかヤナギ様って、感性が独特ですよね……」
シードの言葉に、メリアも小さく同意を示す。
アイビーは苦笑していて、カルミアは……
「なんとなく、分かる」
と言った。
「え、カルミア様分かるんですか? 」
「まあな。シードには分からんだろうが」
「はぁ!? 僕にだってそれぐらい分かりますしー! 」
「シード、嘘はつくもんじゃない」
「う、嘘じゃありませんしー! 」
そうこうしている間に、セルフのいる養成所に着いた。
まだ雨は降っていないため訓練はしていたようで、いつもの場所で剣を振っているところだった。
「セルフ様ー! 」
メリアが大きな声で呼ぶと、こちらに気がついたセルフが剣の素振りを止め、「おー」と手を上げた。
皆と一緒に訓練していないところを見るに、今は自主練中らしい。
「なんだ。もう授業は終わったのか? 」
「はい! ココ最近雨ばっかりだったので、皆で会いにきたんです! ……ブレイブ様は? いないんですか? 」
辺りをキョロキョロ見渡すメリアに、セルフは「あー……」と何処か間延びした声を出した。
「……あれ、何だ? 」
すると、アイビーが驚いたように、ヤナギの後ろ、グラウンドの方へ目を向けた。
つられてそちらを見ると、そこには泥だけで水浸しになっている、ブレイブ達騎士がボロボロの状態で歩いていた。
騎士達の目には生気がなく、疲れきった表情をしている。
ブレイブは特に酷い状態で、いつもの長く綺麗な水色の髪はボサボサで、所々が破れている服からは水がぴちょぴちょと垂れていた。
足から顔まで全体がドロドロで、ブレイブにしては珍しくハァハァと息を切らしているようだった。
「ブレイブ様!? どうしたんですか? 」
慌ててメリアが駆け寄って何があった聞き出そうと身体を前のめりにすると、ブレイブは「やられた……」と青い顔で呟いた。
やられた、ということは、誰かと対戦でもしてきたのだろうか?
「何処かに出かけてたんですか? 」
さすがに心配になったカルミアも状況を聞くと、代わりに説明してくれたのはセルフだった。
「朝っぱらから森の方に行ってたんですよ。どうも、畑を荒らす猪や熊、その他諸々の動物達が、一斉に現れたとかで」
「蛇、蛇もいて……だ、大蛇が……」
ブレイブの背中から出てきたのは、どこかで見たことのある青年だった。
「ジャン……おまえも酷い格好だな」
セルフが名前を言うと、ようやく誰かを思い出す。
文化祭の時に会ったような……。
そうだ。確か、午前中にセルフとブレイブと話していたら、ブレイブを用事があるとかで引っ張っていった青年だ。
「セルフ、獣退治は済んだと、ネイラ先生に伝えてくれ……。俺は、風呂に入るから……」
「お、おう……。ジャン、おまえも風呂入ってこい」
「おう……」
疲れきった顔で養成所の中へ入って行くブレイブとジャンを見て、メリアが疑問を口にした。
「あれ? お風呂って、養成所にしかないんですか? 」
「ああ。風呂は俺ら養成所に通ってる奴らと騎士の人達とで、共有して使ってるんだ。寮とかグラウンドとかは、別だけどな」
「へぇー……」
養成所の隣、柵を挟んだところに、騎士専用の敷地がある。
養成所と同じくらいの広いグラウンドに、寝泊まりができる大きな建物。
そこに騎士の寮はあるが何故か風呂がないんだと、前にブレイブが嘆いていたのを思い出した。
「忙しそうだな」
アイビーが言うと、セルフが「まぁ……」と頭をかいた。
忙しいのなら、あまり長居してしまったら邪魔だろう。
そう思って「そろそろ帰りますか? 」と言うと、アイビーとカルミアも「そうだな」と頷いた。
メリアはまだ話したそうだったが、最後には仕方がないと諦めていた。
「シード、おまえは……シード? 」
カルミアがシード呼ぶが、返事がない。
気がつけば、辺りにシードの姿は見えなくなっていた。
「ちっ……あいつはどこに行ったんだ」
カルミアが舌打ちをしながら探すと、養成所の入口の前でシードは発見された。
よく見ると、そこにはシードともう1人、別の誰かがいる。
「あ、ヤナギ様! 」
その声の主はシードではなく、その別の誰か……マリーのからのものだった。
「マリー様、どうしてここに? 」
「ん? ヤナギ様、知り合いなんですか? 」
マリーと話していたシードが、ヤナギに顔を向ける。
「はい。今日から暫くの間私のメイドとなった、マリー様です」
「マリー・ルミスです! ヤナギ様のメイドをさせていただいております! よろしくお願いします! 」
マリーが笑顔で自己紹介すると、メリアが「よろしくね〜、わ〜可愛い〜」と頭を撫でた。
「マリー様、そちらのバスタオルは? 」
マリーが両手いっぱいに抱えている籠に入った大量のバスタオルを指摘すると、マリーはえっへんと胸を張った。
「お手伝いです! 騎士の皆様が、泥だらけになってお仕事から帰ってきたとのことだったので! 」
「そちらのお仕事は、他のメイドの方から頼まれたのですか? 」
「いえ! 他の方の仕事を、黙って持ってきたんです! お手伝いしようと思いまして! 」
内緒で仕事を手伝っているらしいマリーを、メリアが「本当? すごいね! 」と褒める。
だが、こんなに大量のバスタオル、マリー1人じゃ危ないだろう。
少し手伝おうと手を伸ばすと、「大丈夫です! 」と断られた。
「これは、メイドとして当然の仕事ですから! 」
「そうですか……」
なら、ヤナギには見守ることしかできない。
一礼して養成所の中へ入って行こうとゆっくり歩くマリーの足元は、どこかふらふらしていておぼつかない。
「ね、ねぇあれ、本当に大丈夫なの? 」
「……どうかしら」
メリアとそんなことを話しているうちに、マリーは養成所の扉を開ける。
と、扉から出てきた人とぶつかって、マリーはバランスを崩して尻もちをついた。
辺りにバスタオルが散乱し、痛そうにお尻を触る。
「悪い、大丈夫か? 」
「は、はい。私は平気で、す……」
扉から出てきたのは、先程お風呂に行ったばかりのジャンだった。
戻ってくるのには些か早すぎる。何か忘れ物でもしたのだろうか?
ジャンは、動かなかった。
それと同じように、マリーも動こうとしなかった。
石のように固まったまま動かないジャンとマリーを見て、セルフが突如「あ」と声を上げる。
「なぁ、ヤナギ。あいつ確か、マリー・ルミスとかって言ったよな? 」
「はい。おっしゃいました」
それがどうかしたのか。そう聞く前に、マリーが口を開いた。
「お兄、ちゃん……? 」
それに反応して、ジャンも口を開く。
震える声で。信じられないとでもいうように。
「マリー? 」
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