第十章 プレゼント
1
ヤナギは自発的に起きるタイプの人間だ。
誰かに起こして貰う必要もなければ、目覚まし時計を使ったことだってない。
毎日同じ時間寝て、毎朝きっちり同じ時間に起きている。
朝。いつものようにヤナギは目を覚ました。
ベッドから起き上がり腕を伸ばし、身だしなみを整えるべく鏡台へと足を運ぶ。
起きたすぐでもあまりボサボサしていない頭を、ドレッサーの前に座って櫛で梳かす。
クローゼットからドレスを取り出しパジャマから着替え、いつもの赤いリボンを頭の左右に着けて完成。
もう一度鏡台の前で身だしなみをチェックしていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
いつものメイドだろう。そう思って「はい」とノックに返事をすると、ドアがガチャりと開かれて、予想通りの人物が顔を出した。
「ヤナギ様、ご朝食をお持ちしました」
「ありがとうございます」
テキパキとワゴンからテーブルに朝食を移していくメイドに、いつもの如く手伝おうと手を伸ばす。
だが、それもいつもの如く「大丈夫ですよ」と断られてしまった。
何もすることがないので見ていると、メイドの後ろに隠れるようにして朝食を運んでいる、小さな女の子と目が合った。
耳より低めの位置で結ばれた2つの髪が、肩の辺りでゆるゆると揺れる。
クリっとした丸い目は、見たことがないものだった。
「メイドさん、その子は? 」
メイドは、最後にフォークとスプーンを並べた後に女の子を紹介した。
「この子は新しく入った、マリー・ルミスです。マリー、自己紹介を」
メイドに促されると、マリーといった女の子は前に進み出てぺこりとお辞儀をした。
「初めまして。マリー・ルミスと申します。よろしくお願いします」
挨拶をして、二ーッと笑顔を浮かべる。
だが、新しく入ったにしては、些か幼すぎやしないだろうか。
見た感じでも8歳ぐらいに見える。
ヤナギの疑問を察したのか、メイドは更に説明を続けた。
「新しく入った、といっても見習いです。マリーは家が貧しく、わざわざこの学園でメイドとして雇ってほしいと、紹介状が届いたのです」
「お父さんがね、お手紙書いてくれたの! 私がここで働きたいって言ったら……」
「マリー、ご主人様には敬語を使うものですよ」
「あ……申し訳ございませんでした」
どうやら、この子の父親がこの学園のメイドに手紙を書いて、ここで働かせてもらえるように頼んだ、ということらしい。
「そこでヤナギ様、ヤナギ様に1つ、私たちメイドから、お願いがあるのです」
「お願い、ですか? 」
すると、メイドは急に深々とヤナギに対して頭を下げてきた。
「お願いいたしますヤナギ様。どうかこの子を暫くの間、ヤナギ様専門のメイドとして、お仕えさせてもらえませんでしょうか? 」
それは、今日から暫くの間は、このメイドではなくマリーがヤナギのメイドとなって働く、ということ。
「かまいませんが、何故私に? 」
気になったのはそこだ。
何故、わざわざヤナギなのか。
メイドは頭を上げて、マリーの髪を包み込むように撫でた。
「この子もまだ幼い身です。もし、他の方のお世話を任せて粗相でも起こしたら、どんな仕打ちを受けるか……。非常に勝手なことであるのは、私共も理解しております。ヤナギ様のような方に、見習いをおくなんてこと……失礼なのは重々承知でございます。ですが、ヤナギ様であれば、安心かと思いまして……」
「だから、私に……? 」
「はい。ヤナギ様は、とてもお優しい方ですから」
優しい……のだろうか。
「そうなのですか? 」
自分ではいまいちピンとこずメイドに聞くと、メイドは朗らかな笑みで頷いた。
「ヤナギ様は、とてもお優しい方です。毎朝朝食を運ぶ準備を手伝おうとしてくれたり、誰かれ構わず、困っている人がいれば助けたり……。私たちの間では、お優しい方であると有名ですよ」
全然聞いた事のない話だ。
優しいなんて言われ慣れていないため、反応に困り「はぁ」と気の抜けた返事をすると、メイドはクスクスと笑った。
「ずっと私の後をついてこさせても良かったのですが、如何せんメイドは皆忙しく……。それに、言って聞かせるよりも、実践の方が身に付くと言いますから」
「なるほど」
百聞は一見にしかず、ということか。
メイド服を着たマリーが、興味津々といった感じで「ヤナギ様のお世話、精一杯頑張ります! 」と笑顔で言った。
「それではヤナギ様、私はこれで失礼いたします。マリー、ヤナギ様のご朝食が終わったら、このワゴンに食器を全て乗せて、食堂まで運ぶのですよ? 食堂の場所は……さっき説明しましたね? 大丈夫ですね? 」
「はい! 大丈夫です! 」
「よろしい。それではヤナギ様、お手数をお掛け致しますが、どうかこの子を、よろしくお願いいたします」
そう言って、メイドは風のように寮から出ていった。
そのスピードから、本当に忙しいのであろうことが伝わってくる。
それでは朝食を食べようと、テーブルにつく。
「それでは、本日のメニューについて説明をさせていただきます! えーと……こちらのパンが、ベル、ベルリー……あ、あれ? えーとっ……ちょ、ちょっと待ってくださいね? えー……」
「ベルリーナ・ラントブロート、ですか? 」
「あ、そう! そうです! 」
初めからつまづいているマリーに助言をすると、マリーは思い出したように手をポンと叩いてこくこくと頷いた。
イザリア家でベーグルをいただいてからしたパンの勉強が、ここにきて役に立った瞬間だった。
「それでこちらのスープがー……えっと、カボチャとあと、あれ? この野菜が確か……」
それからも、終始マリーはつまづきっぱなしだった。
メニューの説明があまり上手に言えなかったり、食べ終わった食器をワゴンに乗せる時、転びそうになっていたり。
だが、本人は元気に「大丈夫です! 」と言うので、かえって心配になってしまう。
このひたむきさ、誰かを思い出す。
そう、髪をハーフアップにした、ヤナギのことを「ヤナギちゃん! 」と呼んでくる、あの明るく前向きな姿が……。
「あ、あの……ヤナギ様」
「どうかしましたか? 」
ワゴンを引いて立ち去ろうとしていたマリーだったが、なかなか歩を進めようとしない。
立ち止まったまま、もじもじと悩むような仕草を見せている。
「……食堂って、どちらでしたっけ? 」
さっきは確か、「大丈夫です! 」と自信あり気に言っていたような気がするが……。
「えへへ」と困ったように笑うマリーは、まだ幼い身。
それならまだこの広い学園内を覚えていなくても仕方がないだろう。
「はい。それでは、食堂までご一緒します」
ワゴンを引くのを手伝って、マリーと一緒に寮を出た。
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