5
カスタネットとタンバリンを持った異質な2人組を、ゾロゾロと人が素通りしていく。
時折「お母様! あれ何かしら? 」と指をさす女の子もいたが、「ふふ。何かしらねー。ほら、あっちの方行ってみましょう」とさりげなく引き離していた。
ビルズ姫とカルミア義母による社交ダンスが終わった後、シードから使わない楽器を貰ってきたのはついさっきのこと。
楽器はいろいろあったが、自分達に使える楽器がこれしか無かった。
メリアはカスタネット。ヤナギはタンバリン。
この2つの楽器で何が演奏できるかは分からないが、とりあえずやってみるしかない。
「あ、あの……」
この光景に、フレアが戸惑うような声を上げた。
どうせやるならとお店まで戻ってきたものの、やはりクッキーの売れ行きは芳しくないのか、出ていった時とさほど変わっていなかった。
「大丈夫ですフレア様! 私達に任せてください! 」
「は、はぁ……。ですが、きぐるみは? 」
爛々とした目をフレアに向けるメリアだったが、「きぐるみ」と聞いた途端、顔を強ばらせた。
「そ、そうだった! きぐるみが! 」
「きぐるみなら、噴水にぶつかって破損しましたのでありません」
「え、そうなんですか? 」
「どうしようー! きぐるみなしじゃ、私が売っても効果ないよー! 」
大きな声で自分をこれでもかと悲観するメリアだったが、そこにフレアは優しい声をかける。
「大丈夫ですメリア様。私は、メリア様が平民であろうとも、別にどうも思いません。メリア様は、困っている私を助けようとしてくれています。それだけで私には、メリア様がどんな人であるか、十分に分かります。だから、平民であろうがなんだろうが、気にせずにやっちゃってください」
「フレア様……」
「それにもし、メリア様が売っているから買わない、というお客様がいたとしても、それならそれで、私はかまいません」
そう言ってはにかむフレアにメリアも背中を押されたのか、「はい! 」と言って笑顔になった。
「じゃあやろう! ヤナギちゃん! 」
「はい」
メリアの声掛けに頷いて、タンバリンを構える。
メリアには、ただタンバリンを叩くだけで良いと言われている。
メリアが何をするのかは分からないが、それがヤナギのすべきことだというのなら、ヤナギはそうするまでだ。
メリアが軽く、息を吸った。
「西に傾く太陽が僕らの背中を見送って、風で舞う花びらが僕らを帰路へと連れてくよ。ずっと一緒に……」
「ちょっと待ってもらえるかしら? 」
メリアの歌を中断して、ヤナギがタンバリンを鳴らすのを止める。
不思議そうにこちらを振り向くメリアに、ヤナギは1つ聞きたいことがあった。
「その歌は一体……? 」
「え? 知らない? 村では子供達皆歌ってるけど」
「知らないわ……」
少なくとも、ヤナギは聞いたことがない。
そんなに有名な歌なのだろうか。
いや、「村では」と言っていたから貴族社会では馴染みがない曲なのかもしれない。
「申し訳ないけれど、知らない曲だからタンバリンでリズムがとりにくいのよ。せめてメリアも一緒にカスタネットを鳴らしてくれると助かるのだけれど……」
「え? ああ! ごめんね? 歌うのに夢中で、カスタネットのこと忘れてた……」
メリアは「あはは」と笑った後、「じゃあもう1回ね」とカスタネットを構えた。
ヤナギもタンバリンを構え直し、もう一度準備体制に入る。
そしてもう一度、メリアが歌を歌い始める。
「西に傾く太陽が僕らの背中を見送って、風で舞う花びらが僕らを帰路へと連れてくよ。ずっと一緒に遊びたい、そう駄々をこねると、大丈夫だと君は笑う。明日もまた、会う約束をする」
そこで、1番が終わったらしい。
短い1番だったが、ヤナギとメリアの周りには人が集まっていた。
それは、とても多いとはいえない人数だったけれど、それでも、足を止めてこの演奏に耳を傾けてくれている人がいる。
それだけでも、十分満足だった。
「……良い匂いね」
近くにいた若い女性が、クッキーの匂いにつられてテントを潜る。
その声につられるようにして、次々にテントに入っていく人達が見えた。
「……! ヤナギちゃん! 」
子供のようにはしゃぐメリアは、本当に嬉しそうだ。
「もっと歌おう! もっと……! 」
「はい」
メリアが歌って、ヤナギがタンバリンを鳴らす。
時々カスタネットの音とズレることはあったが、それでも何度も歌を聞いているうちに、メロディーが脳に刻まれていくのが分かった。
「私は紅茶のクッキーをもらえる? 」
「それじゃあ私はいちごを〜」
「ねぇ、もうチョコはないの? 」
歌の効果があったようで、フレアの店はすぐに大盛況となった。
順調だと、思っていた……。
「それでは、文化祭も終わりに近づいてきたところで、最後にこちらの新メニュー! ふわふわカスタードシュークリームを出したいと思います! 」
「最後に、こちらのミルクプリンを限定100個でお出ししまーす! 」
「フルーツたっぷりのロールケーキ、最後にもう一度再販売いたします! 」
文化祭が終わりに近づくにつれて、こうした声が多く聞こえてくるようになった。
この学園の文化祭は、生徒が楽しむものと同時に、こうしたプロの職人による食べ物の採点を行う場でもある。
有名な審査員も訪れているので、どのお店が1番の味が競っているのだ。
だから、こうした隠し球を持っておくことは、いわば当たり前のことでもあるのだろう。
そうなると、当然お客さんは減るわけで……。
「ど、どうしようヤナギちゃん! お客さんが、どんどん減っていってるよぉ! 」
メリアが別の店へ行こうとするお客さんを必死に呼び止めようとするも、素通りされてしまう。
ものの5分で、フレアのお店はまた最初の位置に戻ってしまった。
すると、隣のお店がお客さんの減ったこちらの方を見て、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
さきほどフルーツがたっぷり入ったロールケーキを再販売するとか言っていたお店だ。
「うわっ! 見てヤナギちゃんあのお店! 今、今絶対こっち見て笑ってたよ! 」
「そうね」
「何あのお店〜! 」
怒って睨みつけるメリアに、フレアはふるふると首を横にふった。
「もういいわ。ありがとう、ヤナギ様、メリア様」
「え? もういいって……どうしてですか? だって、まだ全部完売してませんよ? 」
「でも見て」
フレアの視線の先には、最初ヤナギとメリアが訪れた時とは明らかに減っている、クッキーの袋があった。
「確かに全部は売れなかったけど、でも、こんなに売れるとも思ってなかった。私は、貴方達が手伝ってくれただけで十分よ」
「そんな……」
フレアが優しくそう言うも、メリアは鳴っとくしていない様子だった。
悔しそうに顔を歪めて、売れ残ったクッキーを見つめる。
「本当にありがとう。これ、少ないけれど……」
フレアが、売れたお金を3人分に割けて、うち2人分をメリアとヤナギに渡してくる。
「そんなっ、私は別に、お礼が欲しくてやったわけじゃ……」
「でも、助かったのは本当だから……ね? 」
そう無理矢理にでも渡そうとしてくるフレアの瞳は、この現状に、本当に満足しているようだった。
心の底からもう十分だと、そう思っているようだった。
でも、それじゃあいけない。
これじゃあ、駄目なのだ。
「西に傾く太陽が僕らの背中を見送って、風で舞う花びらが……」
「え、え? あの、ちょっと……」
お金を受け取らず、歌い出すヤナギにフレアが困惑の色を浮かべる。
フレアだけじゃなく、メリアも「ヤナギちゃん……? 」と怪訝そうにヤナギを見ていた。
「絶対、完売させるのでしょう? 」
手伝いをすると申し出た時、メリアは言っていた。
「絶対完売させる」と。
なら今回のヤナギの職務は、「このクッキーを全て完売させること」だ。
最後まで職務を全うしない限り、お金を受け取ることはできない。
「ヤナギちゃん……。うんっ! そうだね! 」
ヤナギの言葉にメリアも大きく頷いて、再びカスタネットを握った。
ヤナギもタンバリンの音を響かせて、歌い出す。
「西に傾く太陽が僕らの背中を見送って、風で舞う花びらが僕らを帰路へと連れてくよ」
「ずっと一緒に遊びたい、そう駄々をこねると、大丈夫だと君は笑う。明日もまた、会う約束をする」
メリアとヤナギの声が合わさって、調和する。
美しい歌声が辺りに響き、人々の目を惹き付けた。
足を止めて、またこちらの歌に聞き入ってくれている。
「西に傾く太陽が僕らの背中を見送って……」
すると、周りにいた子供達も一緒に歌ってくれていた。
メリア達が何度も歌っていたせいで、覚えてしまったようだ。
気がつくと、手拍子も起こっている。
ヤナギがメリアを見ると、メリアもまた、ヤナギを見ていた。
お互い視線を合わせて、また前に向き直る。
「ずっと一緒に遊びたい、そう駄々をこねると、大丈夫だと君は笑う。明日もまた、会う約束をする」
子供達と一緒に最後まで歌い終えると、わっと拍手が起こった。
「あ、あのっ! 良かったらこのクッキーも……どうぞっ! 」
横からクッキーを出てきたのはフレアだった。
「あ、クッキー! 」
子供達が声を上げ、クッキーへと群がっていく。
「クッキー食べたーい! 」
「あ……えっと、じゃあ、皆で食べようか……? 」
「わーい! 」
フレアの言葉に大いに喜ぶ子供達を、微笑ましそうに見守る大人達。
「クッキークッキー! 」
「ま、待ってね。今開けるから……」
急いでクッキーを開けてお皿に移すと、子供達は物凄いスピードでそれらに手を伸ばした。
「私いちごー! 」
「あ、僕もいちごー! 」
「僕最後のチョコもーらいっ! 」
「それ僕も食べたーい! 」
「じゃあ半分こしよー? 」
口いっぱいにクッキーを頬張る子供達を、キョトンとしてフレアが見る。
「良かったのですか? お金、貰っていませんけれど」
ヤナギが言うと、フレアはクスッと笑って「いいんです」と言った。
「皆が喜んでくれるなら、それで……」
お金なんていらないと、フレアは笑う。
「お姉ちゃん! これ、すっごく美味しいよ! 」
「ふふっ、ありがとう」
嬉しそうなフレアを見て、メリアも白い歯を見せて笑った。
「大成功、だね! 」
「そうね」
「私もお腹空いちゃったよ〜」
買ったチョコ味のクッキーの袋を開けて、メリアが1枚、美味しそうに口に含む。
散々動き回ったせいか、ヤナギも少し小腹が空いた。
「あ、紅茶味も1個ちょうだい! 私のチョコ味あげるから! 」
「いいわよ」
窓の外は、もうすっかり赤くなっている。
時計の針も5時55分を指しており、もう文化祭は終わりの時を迎えようとしていた。
子供達の賑やかな声を聞きながら、ヤナギはチョコのクッキーを1口かじった。
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