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「わー! 猫さんだー! 」

「可愛い〜」

「握手して〜」

学園内を歩いていると、主に子供たちから声をかけられる。

メリアが入っている黒猫のきぐるみは、この世界ではあまり馴染みがないものなのか、子供たちだけじゃなく周りの大人からの視線も一心に集まっている

ようだった。

「踊って〜」

「何か面白いことやって〜」

「バク転して〜」

たまに無茶ぶりを言ってくる子もいたが、それらの要望にもメリアは全力で応えていた。

バク転はさすがに断っている様子だったが、くるくると小躍りをすると、子供たちから笑い声や歓声があがる。

「こ、このお店のクッキー、宜しくお願いしま〜す」

目を回しながらでも、お店の宣伝は欠かさない。

ヤナギも懸命にメリアのサポートをしながらお店の宣伝をする。

だが、子供たちはきぐるみを見に来ただけであってクッキーへの関心はあまり無いみたいだった。

「クッキー? 」と聞いてくる子もいたが、お店の情報を言った途端「それなら私、いつも美味しいお菓子食べてるからいい」と全く興味を示さない。

さすが貴族の子供、といったところか。

大人も同じで、きぐるみに足を止めるも「そのお店行ってみよう」という声は見受けられなかった。


1時間後。

いつも以上の賑わいを見せる中庭には、冷たいアイスを売っているお店や、よく冷えたジュースを売っているお店などが多々あった。

「あっつ〜い……」

そろそろ限界がきた様子のメリアは、きぐるみを頭だけ脱いで外の風に当たっていた。

涼しい風にさらされて、ほぅ、と静かに一息吐く。

「このきぐるみ人気だけど、凄く暑いんだね……」

「きぐるみだから、しょうがないわよ」

「とりあえず宣伝はできたけど……皆、行ってくれてるかなぁ……」

「……どうかしらね」

ヤナギが見る限り、あまり効果は無いだろう。

「う〜……暑い。ヤナギちゃん、これ全部脱いでいい? 」

「ええ。大丈夫よ」

メリアがきぐるみを脱いでいると、噴水前に設置されているベンチに座っていた、8歳くらいの男の子5人が、こちらをじっと見ていることに気がついた。

その視線に気づいたメリアが笑顔で小さく手を振ると、男の子達はニヤリといたずらっ子のような笑みを浮かべてこちらに寄ってきた。

こちらに駆けてくる男の子達をぽかんと眺めていると、男の子達は唐突に、メリアの持っていたきぐるみをバッと取り上げた。

暑さのせいかぼーっとしていたメリアは、急すぎる男の子達の行動に数秒間固まったままでいたが、すぐに「あっ! 」と声をあげて、きぐるみを持って走っていく男の子達を追いかけ始めた。

「待ってぇ〜」

「へへっ! これは貰っていくぜ! 」

「待ってよ〜! 」

きぐるみを追いかけるメリアを見て、男の子達は完全に楽しんでいる様子だった。

完全に、追いかけっこになってしまっている。

「お姉ちゃんこう見えて、体力はあるんだよ! 村では1番足が速いって言われてたんだから! 」

「わーい! ここまで来てみろよー! 」

「こらーっ! 」

全力疾走で追いかけるメリアは、子供相手でも容赦しない。

「それ、ヤナギちゃんが作ってくれたものなんだからっ! 絶対返してもらうよー!? 」

怒ったメリアを見て少し危機感を覚えたのか、男の子達の走るスピードが増した。

だが、それでも圧倒的にメリアの方が速い。

追いつかれまいと必死に足を動かしていると……

「あ」

と、きぐるみの頭の部分を持っていた男の子の足が縺れて転んでしまった。

その拍子に強い風が吹いて、軽いきぐるみは宙を舞った。

「あ、わわっ! 大丈夫!? 」

追いついたメリアが、慌てて転んだ男の子を起き上がらせる。

幸い怪我はないらしく、男の子も泣かなかった

「強いね」と言いながら服についた土をパンパンと払うと、男の子は「ごめんなさい……」と謝った。

「? 謝ることなんて何もないよ。私はただ、きぐるみを返してくれさえすれば……」

「そのことなんですけど……」

「え? 」

申し訳なさそうに、男の子達は噴水の方へと目をやる。

そこには、見事噴水に直撃してバラバラになってしまったきぐるみの頭があった。

「あ……ああ! 」

今度は噴水の方へ全力疾走を決めたメリアは、バラバラになって、おまけに噴水の水で濡れてしまったもう使い物にはならないであろうきぐるみを持ち上げた。

「本当にごめんなさい……。ちょっと、遊ぼうと思っただけで……。身体は、返します」

男の子が差し出してくる身体部分をヤナギが受け取ると、メリアは「う、うん。気にしなくていいよ……」と力なく言った。

頭を下げて申し訳なさそうに帰っていく男の子達がいなくなった後、メリアは濡れたきぐるみを手に持ったまま呆然と立ち尽くしていた。

「これじゃあもう、使い物になりませんね」

「何がだ? 」

何気なく言ったヤナギの言葉に反応したのは、カルミアだった。

眼鏡の奥には、キリリとした瞳が見える。

「カ、カルミアさまぁ……ゴマが、バラバラになっちゃってぇ……うぅっ」

「え、ゴマって……えぇっ!? 」

「安心してください、きぐるみです」

珍しく慌てふためいている様子のカルミアは、メリアが手にしているきぐるみを見て「きぐるみ? 」と首を傾げた。

「この中に入ってお店の宣伝をしてたんですけど、噴水に当たってバラバラになっちゃって……」

「店? おまえら、何かしてたのか? 」

「いえ。2年生の方が、クッキーを専門とするお店を出店していまして、私とメリアはそのお手伝いをしていたのです。カルミア様は、どうしてここに? 」

「俺は図書室に行く途中で、おまえらを見かけたから来ただけだ」

「え、カルミア様図書室行くんですか? せっかくの文化祭ですよ? もっと楽しみましょうよ〜」

メリアがもったいないとカルミアに言うと、カルミアはかけている眼鏡をクイッとあげた。

「ふん。文化祭など、俺にとっては時間の無駄だ。それなら図書室で本でも読んでいた方がよっぽど有意義な時間を過ごせる。それに、あそこなら誰にも見つからないしな……」

「あそこ? 」

「あぁっ! カルミア様こんなところにいたー! 」

突如上がった声に、カルミアの肩がビクゥッと跳ねる。

「お、俺はいないと言え! 」

「いや、もう見つかってますからね? 」

こちらに走ってきたのはシードだった。

「シード様。今度はどうしたんですか? 」

「あ、メリアちゃんまた会ったねー! ヤナギ様も。これからビルズ姫とカルミア義母による社交ダンスを開催するんだけど、良かったら見ていってよ」

「えぇ……? 」

ビルズ姫とカルミア儀母のミュージカルと聞いて、メリアの顔が若干引き攣る。

「社交ダンスですか? 」

「そ。ヤナギ様もお暇でしたらぜひ〜! あの劇がすっごく人気で、このまま終わらしちゃったらもったいないと思いまして。ほらカルミア様、準備してください。せっかくビルズ姫に女性パートを習得してもらったんですから」

「そ、そもそも、女性同士で踊るのがおかしい! ここは主人公と王子様である、ビルズ姫とアイビー王子が踊るだけでいいだろ! 」

「何言ってんですか! ビルズ姫とカルミア義母が1番人気あったんですから、その2人出すしかないでしょうよ! ほら、早く準備してくださいぃ〜」

ギリギリとカルミアを引っ張って、シードは消えていった。

「社交ダンス……。見ていく? 」

「今はフレア様のお手伝い中よ? 」

「あ、そうだね」

手伝い中だったことを思い出し中庭から動こうとするも、ヤナギとメリアはその場に立ち止まったままだった。

振り向いて、お互い目を見合わせる。

「……ちょっとだけ、見てみない? 」

苦笑しながらのメリアの提案に、ヤナギは頷いた。

やっぱり、ビルズ姫とカルミア義母による社交ダンスは気になるのだ。


中庭にて開かれた社交ダンスは、それはそれは大いに盛り上がった。

演奏者はアイビーとブレイブ、セルフにノア。

アイビーのピアノに、ブレイブとセルフのバイオリン。それにノアがフルートを付け足す。

少ない楽器だったが、それでも素晴らしい演奏を披露していた。

そして、その演奏に合わせて、ビルズ姫とカルミア義母がダンスを踊る。

女性パートをあたふたしながら踊るビルズ姫をカルミア義母が華麗にエスコートする姿は、見る人全てを笑いの渦に巻き込んだ。

中には「お美しいわぁ、あのお2方……」と頬を染める者もいた。

ダンスが終わり拍手が沸き起こると、ビルズ姫とカルミア義母は素早い動きでその場から離れていき、この企画を提案した元凶であるシードを思いっきり睨みつけていた。

シードはといえば、演奏もせずに1人笑い転げている。

「おいシード! お前も何かしろ! 」

カルミアが怒ってシードに詰め寄ると、シードは笑いすぎて出た涙を拭いながら言った。

「え〜だって僕楽器とかできませんし……。ぶはっ! やっぱカルミア様のその格好、何度見ても笑える……ふっ、あははははっ! 」

「き……さまぁっ……」

「次期宰相にこんなことをさせるなんて」と言わないところが、カルミアの良いところである。

ビルズも、「これは文化祭を盛り上げるため、これは俺の職務、これは俺の職務……」と必死に自分に言い聞かせていた。

「凄かったですカルミア様、ビルズ様! 私、社交ダンスなんて踊れないのに……。軽やかなステップで、とても素敵でした! 」

メリアはメリアで、自分にはできないことをしている2人を見て、素直に感動しているようだった。

「……これだ」

メリアが1人、口元に笑みを浮かべる。

「メリア? 」

声をかけると、ヤナギの肩を勢いよく掴んで揺さぶった。

「これ! これだよ! 音楽だよ! 」

「……え? 」

自信満々に何かを思いついたらしいメリアの瞳は、どのお店のテントよりもキラキラと輝いていた。











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