3

「ん〜おいひ〜」

文化祭午後の部。

午前に引き続き買い食いを始めているメリアは、焼きたてのマフィンを口いっぱいに頬張って幸せ笑顔になっていた。

回り始めた当初は「全部食べてたらお腹いっぱいになっちゃうから」とか言っていたのに、メリアのお腹はこれだけ食べてもまだまだ入る。

ブラックホールなのではないかというほど吸い込まれていくお腹を見ていると、メリアが何か勘違いをしたらしく袋から新しいマフィンを出した。

「はい。あげる」

「いえ。私はもうお腹いっぱいだから……」

さすがに食べすぎてしまった。

断ると、メリアは「そっかぁ」と出したマフィンも自身の口に放り込んだ。

お店だってまだまだある。

メリアは全部回りたいと言っていたが、この調子だと無理そうだ。

そんなことを考えながら歩いていると、プロの職人が並ぶ豪華で派手なテントの中に、1店舗だけシンプルなデザインのテントを発見した。

メリアも気になったようで2人でそちらに行ってみると、中にいたのは焦げ茶色のふんわりとした短めの髪をもった、大人しそうな女の子だった。

「あ、いらっしゃいませ。お好きなものをどうぞ」

女の子が売っているのはクッキーだった。

形はうさぎや猫といった、可愛らしいものが多い。

いちごやチョコ、キャラメル、紅茶、コーヒーなど、種類も様々だ。

「わぁっ、可愛い〜! 」

メリアが感激したように手をパンと叩く。

「どれにしようかな〜? ねぇ、ヤナギちゃんはどれにする? 」

正直今はあまり食べる気にはならないが、買っておいてまた寮で食べるのも良いだろう。

「そうね……。それでは私は、この紅茶のクッキーをいただきます」

「じゃあ私は……いちごとチョコと、あとキャラメル! 」

「あ、ありがとうございます! 」

お金を払ってクッキーを受け取ると、早速メリアがいちごのクッキーの袋を開けてそのうちの1つを口にする。

「ん〜! 」

ぴょんぴょん跳ねて美味しさを表現するメリアを見て、女の子はほっとしたように少し笑った。

「ヤナギひゃん! ほれ、ふっほふふぉいふぃほ! 」

ヤナギちゃん! これ、すっごく美味しいよ! だろうか。

あまりにも美味しそうに食べるメリアを見ていると、もう入らないはずのお腹がぐぅ、と小さく音を立てた。

ヤナギも紅茶のクッキーを袋から1枚取り出して食べてみると、紅茶の香りと甘さが口の中を満たしていった。

「美味しい……」

「ありがとうございます! 」

頭を下げてお礼を言う女の子の手元を見ると、売れ残りの沢山のクッキーがそこには並んでいた。

陳列されているクッキーで、空いた箇所が5つしかない。

「あまり売れていないのですか? 」

こんなに美味しいのに。

不思議に思って尋ねると、女の子は悲しそうな目を浮かべた。

「はい……。買ってくれたのは、貴方達と、私の友達が1人……」

「なんで? こんなに美味しいのに……」

同じことを思ったらしいメリアの言葉に、女の子は困ったように微笑んだ。

「皆、プロの人が作ったお菓子の方に行っちゃって。私なんて、ただの素人だからしょうがないんだけどね……」

他のお店を見ると、もう店じまいをしているお店もあった。

まだ文化祭は終わらないのに、女の子は諦めたように1つため息を吐いた。

「……何とか、できないかな……? 」

「え? 」

メリアの言葉に、女の子が驚いたように顔をあげる。

「だって、こんなに美味しいんだもん! 売れないなんておかしいよ! 」

確かに、メリアの言う通りだ。

女の子は素人だと言ったが、このクッキーはとても美味しい。

文化祭でいろんなプロのスイーツを食べてきたが、それらに負けた味ではないと思う。

「ねぇヤナギちゃん、何とかできないかな……? 」

「何とか……。試食はどうですか? 皆さん、味を知らないだけだと思いますので、いくつか試しに食べられるスペースを設ければ……」

真っ先に思いついた案に、女の子はふるふると首を横に振った。

「午前中はそうしてたんですけど……。そもそも、人が来ないので……」

人が来ない。

まずはそこからが問題だ。

「でしたら、呼び込み、とかでしょうか? いろんな人にこのお店を紹介する、とか……」

「あ……」

すると、今度はメリアが首を横に振った。

「ごめんね……。私が紹介するのは、その……あんまり……」

歯切れの悪い言い方に、何を言いたいのか察しがついた。

メリアは平民だから。

平民の自分が紹介なんてしたら、逆にお店の評判が落ちてしまうのではないか。そんなことを心配しているのだろう。

だったら、そこも考慮した上でもっと良い案を考えなくてはいけない。

「でしたら……」


「なに? これ」

メリアが持ち上げたそれに、女の子も釘付けになっている。

「きぐるみよ」

「きぐるみ? 」

「ええ。文化祭の準備をしている時に、作っておいたの」

夏休み中に早く学園に戻って文化祭の準備をしていたものの、当日が近づくにつれて材料の運び込みやテントの設営など、力仕事が主となっていった。

そのため女子の方は手が空いてしまい暇をしていたところ、生徒会副会長を務めるノアから、ある提案をされたのだ。

『することがないのなら、これで何か面白いものを作ってみたら? 』

余ったダンボールやペンキなどを渡され、ノアの言った面白いものを考えた結果……出来上がったのがこれ、黒猫のきぐるみだった。

「ゴマをイメージして作ってみたの。この中に入ってお手伝いをすれば、メリアの正体がバレることはないわ」

「へぇ〜かわいい〜」

気に入ってくれたようで何よりだ。

「あ、あの、本当に良いのですか? 」

心配そうに女の子が言ったのに、メリアがにこーっと笑って返す。

「大丈夫です! このクッキー、絶対完売させましょうね! えっと……」

「あ、挨拶が遅れてしまいすみません……。私、2年生のフレアと申します。」

「私はメリア。1年生です」

「ヤナギ・ハランと申します。同じく1年生です」

挨拶をすませたところで、メリアがきぐるみに入る。

「よっと……うわっ! 外もちゃんと見えるよ! すごいこれ! 」

感動した様子のメリアはきぐるみ状態のまま跳ねようとしてつまづいて転びそうになっていた。

「あまり大きな動きはしない方がいいわ。危ないから」

「う、うん。そうみたいだね……」

「わー! あの猫さん可愛い! 」

急な大声に一瞬メリアがビクッと肩を震わせたが、声をあげた小さい少女はそんなこと関係ないとばかりにこちらへまっすぐ駆け寄ってきて、勢いよくきぐるみに抱きついた。

「ざらざら〜! 」

ダンボールでできているので、多少ざらざらしていても不思議ではない。

少女は黒猫をめいっぱい堪能した後、「あー! 」とまた大きな声をあげた。

視線の先には、フレアが作った色とりどりのクッキーがある。

「いいなー……」

声と同時に、少女のお腹がぐうぅっと鳴る。

物欲しそうに見つめるその目に、フレアは優しく笑いかけた。

「お母さんかお父さんはいる? 」

「ううん。今日は、お友達と来てて……。皆とは今、別行動してるの。お互い行きたいお店が違うから」

「そっか。じゃあ、お金は持ってるかな? 」

「……お母様に渡されたお金、全部使っちゃった……」

しょんぼりと告げる少女の頭を、フレアが温かい手で撫でる。

そして「ちょっと待っててね」と言って、いちごの袋から3枚取って、少女に渡した。

掌に置かれた3枚を、少女は食い入るように見つめる。

「……いいの? 」

「うん。どうせ、売れ残りだし。今度は、お金を持って来てね」

「うん! お姉ちゃんありがとう! 」

笑顔で去っていく少女にばいばいと手を振りながら、フレアは開けた袋を閉じて売っているスペースとはまた別の場所に置いた。

小さいお皿を取ってきて、そこに袋の中のクッキーを並べる。

「やっぱりもう一度、試食の方法を試してみようと思います」

先程の少女に背中を押されたのか、フレアがやる気を見せる。

それを見たメリアも、ぐっと握り拳を作った。

「私たちも頑張らないと! フレア様、私、このまま呼び込みに行ってきますね! あの女の子も可愛いって言ってくれましたし、きっと大丈夫です! 」

「私も、紹介してきます」

「ヤナギ様、メリア様……。はい! ありがとうございます! 」

そうして、ヤナギとメリアはフレアの店を出た。

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