2

初めに足を運んだのは、香ばしい匂いを漂わせたクロワッサンを売っているお店だった。

スタンダードなものから、チョコやカスタードクリームのものなど、味の種類は様々だ。

どれにしようかなと悩むメリアは、散々悩んだ末にチョコ味のクロワッサンを購入した。

「はい」

クロワッサンを半分こにして、ヤナギに手渡してくる。

「良いの? 」

「うん。まだいろんなもの食べたいし。全部食べてたらお腹いっぱいになっちゃうから」

そういうことならと遠慮なくいただくと、サクッという感触と共にチョコレートの味が口いっぱいに広がった。

しっとりとした甘さに思わず「美味しい……」と呟くと、メリアは「でしょー! 」と得意気になった。


その他にも主にスイーツなどを売っている店を回っていく。

ある程度買ったところで、歩くのを止めて一旦長椅子に腰掛けた。

「ヤナギちゃん、あーん」

メリアが差し出してきたのは、先程購入したホイップクリームの乗ったプリン。

それを食べて、ヤナギも自身のイチゴ味のロールケーキの1口をメリアにあーんをして食べさせる。

「おい、何してんだよ」

すると、頭にコツンと誰かの指が触れた。

見ると、呆れた顔をしたセルフがいた。

「何って、見回りだよ。何かトラブルとかがあった時の対処役として」

「あれ? 養成所の人達は、まだ仕事があるんですか? 」

「いや、俺が勝手にやってるだけだよ。ブレイブがいる騎士団はまだ仕事があるみたいだから、手伝ってんだ」

「へー。じゃあ、そんなセルフ様に差し入れです」

「差し入れ? 」

メリアは紙袋の中をゴソゴソと漁ったあと、綺麗にラッピングされたシュークリームをセルフにあげた。

「お、ありがとよ。で? おまえらはこんな所で、なにしてたんだよ? 」

「何って、あーんです」

「あーんっておまえら……恋人かよ」

セルフが少し顔を赤らめながら言うと、メリアはえっへんと自信満々に胸を張った。

「今日はヤナギちゃんと、デートなんです! 」

「デ、デートぉ? 」

セルフは、訳が分からないと言ったふうに口をあんぐりと開けた。

「はい! だから今日は、セルフ様にヤナギちゃんは貸せません」

「いや、別に貸すとか……って、おまえヤナギちゃんって……」

「友達なので、親しみをこめてヤナギちゃんって、呼んでるんです! 」

「いやでも、相手は公爵令嬢なわけだし、さすがに不味いだろ……」

「いえ。私は問題ありません」

「ほら! ヤナギちゃんもこう言ってますし! 」

「……まぁ、本人が良いなら」

「やったぁ! 」

ぴょんぴょんと小さく跳ねて喜ぶメリアを見て、セルフが小さく笑ったのが見えた。

と、セルフの後ろからブレイブも姿を表した。

「なんだセルフ。こんなところにいたのか」

「おうブレイブ。そっちの見回りは済んだのか? 」

「ああ。トラブルもなく、いたって平穏だった。そっちは? 」

「こっちも特に異常なしだ。ったく、やることねぇよなほんと」

欠伸を漏らすセルフの頭を軽く小突きながら、ブレイブはこちらに視線を向けた。

「ヤナギとメリアもいたんだな。おまえらは……食事中か? 」

ブレイブがメリアの隣にあるスイーツの沢山入った紙袋を見て言った。

「はい! 今ヤナギちゃんとデート中なんですけど……あ、ブレイブ様にもこれどうぞ」

「え、デート? デートって一体……」

「これ、あそこで売ってたんですけど、すっごく美味しいのでどうぞ! 」

メリアが渡したのは、シュークリームではなくババロアだった。

透明なカップに入った白色のババロアを受け取ったブレイブは、「デート? いや、同性同士だし……いやでももしかしたらそっちの……? 」と何やら小さく言っていた。

「セルフ様とブレイブ様は、休憩ないんですか? 」

メリアがブツブツ言っているブレイブを放置してセルフに聞くと、セルフは視線を時計へと向けた。

「ブレイブはちょうど今から1時間後の12時に交代が来るらしい。俺もその時間になったら終わろうと思ってる」

「あ、そうだ交代……! 」

目を見開き何かを閃いたらしいブレイブは、俯かせていた顔を上げてヤナギの方へと向き直った。

いつもの堂々とした態度とは違い、どこか迷うような、恥ずかしそうな感じ。

「その、ヤナギ……もしよかったら、12時から俺と一緒に文化祭まわ……」

「ブレイブ様ー! 」

すると、ブレイブの話を遮って、1人の青年が間にやって来た。

「お、ジャン。どうしたんだ? 」

セルフの知り合いらしく、ジャンはセルフを見て軽く手をあげた。

「セルフじゃねーか。久しぶりだな」

「おー。それで、何か用か? 」

「そうだ! ブレイブ様、大変なんです! 生徒会の出し物の手伝いしてた子が体調不良で倒れて、1人抜けちゃったんですよ! 悪いですけどブレイブ様、見回り終わった後も、こっちに来て手伝ってくれませんか? 」

ジャンが手を合わせて懇願すると、ブレイブは力なく「ああ、そうか……わかった」と頷いた。

「ありがとうございます! 」

「ジャン、俺も手伝おうか? 」

「ありがとうセルフ! じゃ、俺先に行ってっから! 」

「気をつけてなー」

人に飲まれていくジャンを見送ったところで、セルフも「じゃあ俺も見回りちゃちゃっとやってくるわ」とブレイブを引っ張っていった。

何だか、ブレイブの顔に元気が無いように見えたが気のせいだろうか?




「はぁ〜……やっと抜けられたよ〜」

ぜぇぜぇと息をきらしながらメリアが人混みから抜けると、舞台周りにはもう既に沢山の人で埋まっていた。

生徒会が舞台で何かやると言っていたためそれを見に来たのだが、もう前の方では見られそうにない。

「ごめんね……。私、食べるの遅くて……」

「いいえ。後ろの方でも見えないことはないから、大丈夫だと思うわよ」

「確かに、うん。そうだね」

人は沢山いるが、何せこの広い会場だ。

どんなに集まったとしても、ぎゅうぎゅうになることはないだろう。

「あ! ヤナギ様とメリアちゃん! 」

舞台へ続く扉から出てきたのは、シードだった。

手には丸めた紙が握られており、こちらを見つけるなり笑顔で駆け寄ってくる。

「見に来てくれたの? 」

「はい! 生徒会が舞台で何かするって聞いて。ね? ヤナギちゃん」

「はい。文化祭委員、頑張っているのですね」

文化祭委員の仕事は、基本的には文化祭前日で終了なのだが、人数不足のため、各学年から1人だけ選ばれた代表者は当日も働くことになっていた。

1年生から誰が代表者になるか決めかねていたところに手を挙げたのがシードだった。

「あはは。お陰様で、何とかやってるよ。ちょっと大変だけど楽しいし」

シードは少し笑った後、キョロキョロと会場を見渡した。

「ところで、ビルズ様知らない? 」

ビルズは、この学園の生徒会長をしている男子生徒だ。

眼鏡をかけた真面目な性格で、正に生徒会長に相応しいと誰もが言っている。

「ビルズ様? 見かけてませんけど……ヤナギちゃんは? 」

「私も見てないけれど……」

2人で首を横に振ると、シードは困ったというように頭を搔いた。

「ビルズ様がどうかしたのですか? 」

「それがさぁ、劇の主役がビルズ様なんだけど、本番直前になって逃げちゃったみたいで……」

「え、劇するんですか? 」

劇と聞いたメリアが、意外そうな顔をする。

「ああうん。絶対面白いから、皆に見て欲しいんだけど……」

はぁとため息を吐いたシードは、ヤナギの後ろで目線を止めた。

「いたぁぁぁぁぁぁぁ! 」

大声をあげて、ビルズがいたのであろうヤナギの後ろへと真っ直ぐに走り出す。

「ヤナギ様メリアちゃん! すっごく良い劇だから、最後まで楽しんでいってね! それじゃあ! 」

「あ、はーい! 」

「分かりました」

走って行くシードを見送って、舞台へと身体を戻した。


暫くすると、劇が始まった。

「昔昔あるところに、大層綺麗な容姿をした娘がおりました。娘は小さい頃親を亡くし、義母と義姉と一緒に暮らしていました」

ノアのナレーションと共に、ドレスに身を包んだとても美しい女性……ではなく、濃い化粧が施された男性が出てきた。

眼鏡は外していたが、あれは誰がどう見てもビルズの姿だった。

ドレス姿でプルプル震えるビルズは、顔を真っ赤にして台詞をたどたどしく読み上げる。

「わ、私もお城の舞踏会に行きたいわー……」

小さく呟かれたがハッキリと聞き取れたそれに、会場全体からドッと笑い声があがる。

隣を見ると、メリアも小さく肩を震わせていた。

「駄目よ。貴方なんかが行けるわけないじゃない」

「そうよ。みすぼらしい貴方なんか、誰も相手にしてくれないわよ」

義姉に言われて身を縮こまらせるビルズは、羞恥で顔が真っ赤に染まっていた。

すると、義姉の他にももう1人、義母役が舞台へと上がってくる。

「ふっ、あははっ、ははっ……! 」

舞台に出てきた人物に、メリアが今日1番の笑い声を漏らす。

黒いドレスを来て、同じく眼鏡を外した青年カルミアは、義姉役の女性と共にビルズを貶し始めた。

「貴方なんか、舞踏会に行ってもお目汚しにしかならない……のよ」

カルミアも緊張した様子で身体をビルズ同様プルプルと震わせていた。

その顔は屈辱と羞恥で赤くなっており、握られた拳は今にも誰かを殴りそうなほど強く握られている。

場面は変わり、ビルズ姫がお城の舞踏会に着いたシーンになる。

ビルズ姫の美しさは城中の者達の目を集め、すっかり注目の的となっていた。

「ビルズ姫、何故あの子がここに……」

棒読みで台詞を読むカルミアの顔には、早く終われと書いてあった。

「ビルズ姫の美しさに惚れた男性達は、次から次へとビルズ姫にダンスの相手を申し込みますが、ビルズ姫は困ってしまって、なかなか申し出を受けません」

ナレーション役のノアはといえば、物凄く楽しそうにビルズを見ている。

今まで見た事のない兄の姿に、興奮しているのだろう。

そうこうしている間に、場面はアイビー王子とビルズ姫のダンスシーンへと変わる。

アイビー王子に一目惚れしたビルズ姫は、ダンスをしているうちにアイビー王子の想いを次第に募らせていく、といった話だった。

だが、ダンス中アイビーはいっこうにビルズ姫と目を合わせようとはしなかった。

しきりに上を見たり深呼吸をしたりしながら、震える口元を抑えている。

そうして場面は最後のシーン、アイビー王子がビルズ姫にプロポーズを申し出るところになった。

緊張した面持ちでビルズ姫に近寄っていくアイビーは、同じく緊張しているビルズ姫の手を優しく握る。

「ビルズ姫、俺は、貴方のような、うっ、美しい、人に……ぶはぁっ」

アイビーが吹いた。

ビルズ姫を直視してしまったせいか、これ以上の笑い声はあげまいと暫しの間押し黙る。

ふぅと呼吸を整えてから、アイビーはもう一度台詞を口にした。

「ビルズ姫、俺は貴方のようなうつっ、美しい人には、初めて出会った。君に、惹かれてしまった。俺と、結婚して、くれ……! 」

まだ若干含み笑い気味のアイビーだったが、それでも何とか台詞を最後まで言い切ると、もう役目は終わったとばかりにビルズ姫からせいだいに目を逸らした。

「ええ。私も好きです、アイビー王子」

ビルズもビルズで最後の台詞を言って、「こうして、アイビー王子とビルズ姫は、幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」とナレーションの声と共に幕は閉じていった。

最後まで笑い声に包まれた会場から、盛大な拍手がおきる。

「面白かったねー! ねぇヤナギちゃん、差し入れ渡しに行こ? 」

笑いすぎて目に涙を滲ませたメリアが、スイーツの入った紙袋を手にヤナギを見る。

それに了承して舞台裏に行くと、暗がりの中、涙目になっているビルズ姫を発見した。

「よくも、よくもあんなことを……! 」

「えーでも、すっごい笑ってましたよ皆。これも生徒会長の仕事だと思って、受け入れてくださいよ」

泣き崩れるビルズ姫をシードが慰めていると、舞台の手伝いとして小道具を回収していたブレイブとセルフがこちらに視線を向けた。

「見に来たんだな……クッ、ははっ! 」

そう言ったセルフは、ビルズ姫が視界に入った瞬間笑いだした。

笑い声を聞いたビルズ姫がキッとセルフを睨むと、ブレイブがまぁまぁと仲裁に入る。

「あ、2人とも! 舞台どうだった? 僕がビルズ様とカルミア様をあの役に推薦したんだけど、面白かった? 」

今回の主犯であるらしいシードがにっこりスマイルで自信満々に聞くと、メリアはこくこくと頷いた。

「はい! とっても面白かったです! そういえば、カルミア様はどこですか? 」

義母役で女装をしていたカルミアにもう一度会いたいのか、メリアはカルミアを一生懸命に探す。

だが、見つけたカルミアはもうドレス姿ではない、いつものカルミアに戻っていた。

「ったく、誰があんなの着るか! もう俺はやらない、絶対にやらないからな! 」

頑なに拒否をするカルミアを見て、メリアは少しガッカリしていた。

「せっかく似合ってたのに……」

「似合ってなどいない! 一生の恥だ! 」

「そこまで言わなくても……ねぇ? ヤナギちゃん、似合ってたよね? 」

「はい。似合っていました」

ヤナギは皆と違って笑ってはいなかったが、それでもあの時のカルミアは様になっていたと思う。

似合っていたかどうかと聞かれれば、似合っていた。

「……」

嘘だろと言わんばかりにこちらを見てくるカルミアに、ヤナギは紙袋からババロアとプリンを取り出した。

どっちが良いですかと聞くと、カルミアはひったくるようにしてババロアの方をとった。

「あ、差し入れ? じゃあ僕プリン貰おー」

シードがプリンを取っていき、アイビーは「じゃあ……」とババロアをとっていく。

「お兄様は、プリンの方がお好きですよね? 」

「……ああ」

ノアが2人分のプリンを取ったところで、皆で休憩をする。

「あ、セルフ様だけシュークリームなのずるい! 」

「じゃあシードにやるよ。その代わり、そのプリンくれよ? 」

「え、何でですかあげませんよ」

「それこそ何でだよっ! 」

賑やかに、和やかに時間が過ぎていく。

「ヤナギちゃん、次どこ行く? 」

メリアがババロアを食べながらそう言った。

そういえば、随分長いこといるような気がしていたが、ただ今の時刻は午後1時。

文化祭は、まだ始まったばかりだ。









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