第三章 勇敢な君を

1

「きゃーブレイブ様素敵ー! 」

「ブレイブ様ー、頑張ってー! 」

黄色い声援が飛び交うなか、ブレイブはいつものように木刀をふるった。

カァン……、木刀がぶつかる音が辺りに響く。

一旦距離をとってから走り出し、一撃を与える。

すると相手の木刀は空に舞った後、カラカラと地面に落ちていった。

「勝者、ブレイブ・ダリア! 」

審判がそう言うと、辺りからわっと歓声が上がる。

「ブレイブ様ー! おめでとうございますー! 」

「とても良い試合でしたわ! 」

「こっちを向いてくださいなー! 」

あちこちから聞こえる声に軽く手を振って返す。

すると、転がった木刀を拾ったアイビーがブレイブに握手を求めて右手を差し出してきたので、ブレイブもそれに応じ右手でそれを握った。

「俺も剣術は得意なんだが、やはりまだまだブレイブには叶わないな」

笑ってそう言うアイビーに、ブレイブも微笑む。

「いや、アイビー様もなかなかのものだった。さすが、一国の王子といったところか」

「はは。ブレイブにそう言ってもらえるなんて、光栄なことだ。また勝負をしよう。今度はもっと強くなるから」

「それは楽しみにしておきます。俺も、負けないようにもっともっと技を磨きます」

「ははっ。もっと磨かれたら、勝ち目なんてなくなってしまうな」

互いに手を握り合って、勝負は終わりの合図を告げた。

「アイビー様もかっこよかったですけれど、ブレイブ様もお美しかったですわ〜」

「本当に! ブレイブ様、とってもお強いですものね! 」

「そういえば私、ブレイブ様が負けたところなど見たことありませんわ」

遠くからでもはっきり聞こえる令嬢達の声に、ブレイブはすっかり気を良くしていた。

ブレイブはこの国で1番最強といわれている騎士だ。

サリファナ王国騎士団の団長で、その剣術に適うものはいない。

腰まである水色の長い髪と青い瞳を持つその美貌に心を動かされる女性は多い。

それ以外にも、勉強もできるし団長を務めているのでリーダーシップもあり積極性、責任感も持っている。

性格も剣術で鍛えられた精神力と忍耐力を兼ね備えており、団員に剣術を教える際に時に厳しく、時に優しく教えている姿は皆から信頼され、頼りにされる。

まさに、非の打ち所がない人間。

「ブレイブ様、剣の稽古をつけていただきたいのですが、こんな私でも、強くなれるでしょうか? 」

団員のひ弱そうな男が、剣を持ってブレイブのところへやってきた。

「おまえは、強くなる覚悟があるか? そして、強くなるために、努力できると誓えるか? 」

「っ! はい! できます! このサリファナ王国の団員である以上、どんな努力も惜しみません! 」

「言ったな? なら、大丈夫だ。俺もおまえを強くする。なに、このブレイブ様に不可能はない。おまえは必ず強くなる」

「ブレイブ様……」

「ついてこれるなら、ついてこい」

「はい! どこまでもついていきます! 」

男は、勇ましい顔つきでブレイブと共に稽古場へと向かう。

ブレイブは、自信家でもあった。

頑張れば、努力すればできないことなんてない。

そう思って誰よりも剣の稽古を積んで、団員試験に15歳という最年少で入団し、早くもその実力が認められ、16歳になった今、こうして団長になっている。

騎士は命令に忠実だ。

与えられた職務を遂行し、必ず成功させなければいけない。

そして失敗をすれば、当然のように責任の大多数は団長の元へいく。

団長は責任重大なのだ。

絶対に失敗してはいけない。そんな緊張感を常に持っている。

だが、ブレイブは違った。

命令も職務も、怯むことなく堂々とこなす。

何にも恐れることはなく、まっすぐに剣をふるうブレイブは、まさに勇敢という言葉が相応しい。

「ブレイブ様に任せておけば問題ない」

「ブレイブ様がいれば、全て上手くいく」

そんなふうに、民は言った。

そして、その言葉を、期待を、ブレイブもただまっすぐに受け止めた。

「この俺に任せておけ」

その一言で、皆救われた気持ちになるのだった。





「平民のくせに、生意気ですわ」

「うーん。ずっと棒読みで言われてもなぁ……。ごめんなさいハラン様、私、どういう反応をすれば良いか、まだよく分かっていないんです。あの、これは一体、なんですか? 」

「虐めです」

「あ、はい。そうですよね。うん。……あ、もうそろそろ寮の方へ戻らないといけないので、失礼しても宜しいでしょうか? 」

「わかりました。では、本日はここまでとします」

「はい。ではまた」

「はい」

稽古が終わった後、ブレイブは奇妙なものを見た。

噴水前のベンチにて繰り広げられたその会話は、ブレイブの頭の中を? マークで埋め尽くすのには十分だった。

「……ヤナギ様? 」

声をかけるとヤナギはパッとこちらを振り向くと、紫色のドレスが軽く揺れた。

「何でしょうか? 」

「あ、いや……」

初めて話すため少し驚かせてしまうかもしれないと思ったが、全然そんなことはなく。

ヤナギはブレイブに声をかけられても平然としていた。

「ブレイブ様、でございますね? 」

「え? ああ……。そうだが、俺を知っているのか」

「はい」

まぁブレイブはこの国の騎士団長なので、知っていてもおかしくないだろう。

いや、今はそれよりも、だ。

「いくつか聞きたいことがあるのですが……」

「何でしょう? 」

「えっと、先程のは? 」

「先程……というのは、一体何のことでしょう? 」

ヤナギは、こてんと首を傾げて聞き返してきた。

こっちが聞いているのだが、なんの事か分かっていない。

「えーと、さっきの、ほら、女の子との会話だ。平民のくせに……みたいなことをなんかすごい棒読みで言っていただろう? 」

「女の子……。アルストロさんのことですか? 」

「そう。その子のことだ」

メリア・アルストロのことはブレイブも聞いたことがある。

このヒーストリア学園に入学してきた平民ということで、入学当初、その話題をあちこちで聞いたのだ。

「アルストロさんが、どうかなさいましたか? 」

「いや、どうなさったも何も……。あれは、何をしていたんだ? 」

「虐めです」

ヤナギは無表情でそう言った。

その答えに、おかしな点が二つある。

まず一つ目は、こんなにも堂々と、しかも騎士団長である自分にハッキリと「虐めです」と答えたこと。

二つ目に、先程のあれが、どうしても虐めのようには見えなかったことだ。

すごい棒読みだったし、何よりメリア自身がよく分かっていなかったからだ。

ヤナギのこともよく知っていた。

公爵家という高い身分であることは学園全体が承知しているし、その上で高い権力を振りかざし好き放題している我儘令嬢だということもよく噂されているからだ。

平民がこの学園に入学してきたと知れば、彼女の性格上、メリアを虐めるのは考えるに容易い。

だが……。

「あれは、虐めていたのか? 」

「はい」

尚、ヤナギは頷いた。

頭の? マークが更に増える。

「……そうか。何故、虐めていたんだ? 」

「それが、私がこの世界で与えられた、職務だからです」

また? マークが増えた。

「……職務? 」

「はい。ヤナギは、メリアを虐めるのです」

? ? ?

「そういう職務が、あるのか? 」

「はい」

いや、ないだろ。

心の中でそうツッコミを入れる。

生まれてこの方聞いたことがない。人を虐める職務、なんて。

人を騙したり貶めたりする商法なら聞いたことがあるが、貴族のご令嬢がそんなことをするとも考えにくい。

というか、100歩、いや1000歩譲ってそんな商法をしているのだとしても、ブレイブに「虐めてます」と真正面から言うメリットがない。いやむしろ、デメリットしかない。

もしもそうなら悪い商売をしていると見て、その場で捕まえるのみだ。

「あの、私に何か御用ですか? 」

「え、いや、用というか……」

虐め。虐めなら、止めた方がいいのか?

いや、でもあれはどう見ても虐めではなかった。

しかし、本人が虐めと言っているのだし……。

「ブレイブ様? 」

「……ああ。引き止めて、悪かったな」

「? はい。では、失礼します」

結局何も言うことはなく、そのまま別れる。

「……職務、な」

ブレイブはこの日、初めての職務に出会った。

それは、今まで自分が騎士として行ってきた務めにはなかったものだった。

いや、あんな職務、どう考えてもないと思うのだが……。




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