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ある日、ブレイブが稽古場に向かっている途中、見知った少女を発見した。

昨日と同じく噴水前で、ベンチに座っている。

メリアだ。

メリアはサンドイッチのパンの欠片をちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返していた。

見ると彼女の周りには白い鳩が5羽ほどいる。

すると、じっと見ていたせいか、メリアの視線がブレイブの方を向いた。

パッチリとした丸い瞳が、キョトンとしたようにこちらを見つめている。

「……」

ガン見していた以上無視することもできず、ブレイブはメリアに近づいて行った。

「すまん。鳩に餌をやっている人がいるとは思わなくってな」

「あ、いえ。お気になさらず」

そう言ってブンブンと手を振るメリアに断りを入れてから隣に腰を下ろすと、メリアはまた鳩にパンの欠片をあげ始めた。

「あ、私、メリア・アルストロと言います。えっと……」

と、メリアもこちらに自己紹介をするように促してきた。

そこでブレイブは少し驚いた。

「君、俺のことを知らないのか……? 」

「え? あ、すみません……」

メリアは本当に分からないといった感じで申し訳なさそうに謝った。

ブレイブはサリファナ王国の騎士団長だ。

結構有名人なので、知らない人なんていないと思っていたのに。

「いや、謝る必要はない。だがまさか、この俺を知らないなんてな。俺はブレイブ・ダリア。この国の騎士団に入っていて、その団長をしている者だ」

「きっ、騎士団長!? 」

メリアが元々丸い目を更にまん丸にさせて驚く。

そして「ほへぇー……。そうだったんだ知らなかった」と呆けた顔をしている。

「なんだ、本当に俺を知らなかったのか? 」

「……はい。すみません、はは……」

「いや、謝らなくていい」

メリアと二人、鳩を眺める。

熱心にパンくずを食べる白鳩達は、食べ終わった後もメリアの方をじっと見つめ、新たなパンくずを求めていた。

「これからお昼なんですか? 」

その鳩の期待に満ちた眼差しに応えながら、メリアはそう聞いてきた。

「いや、昼はもう食べた。これからは練習だ」

「え!? これから練習!? すごいですね……。私、食べた後絶対眠くなっちゃうんです。そのせいで午後の授業はいっつも寝ちゃって、先生に怒られるんですけど」

「授業中の居眠りは感心しないな」

えへへと笑うメリアの頭を軽くこずきながらブレイブがそう言うと、メリアは尊敬するような眼差しを向けてきた。

「ブレイブ様は授業中、眠くならないんですね。すごいです」

「まぁ、日々の訓練で鍛えられているからな。幼い頃から鍛錬を積んできたし」

「鍛錬? 」

「ああ。剣の素振り、体力をつける為の走り込みや基礎練習、技の避け方や技の身につけ方……。剣を習いたての頃、剣術の先生に厳しく鍛えてもらったんだ」

「そんなに頑張れるなんて、すごいですね」

「なに。昔は大変だったが、今はなんて事ない。それに、強くなるための訓練なんだ。これくらい当たり前だ」

団長として、団員を守ることも自身の務め。

誰かを守るためには、現状に満足していてはいけない。

今よりももっともっと強くなる必要がある。

「お休みとか、ないんですか? 」

「ないな」

あるわけがない。

一日でも練習をサボれば、それだけで剣の腕が衰えてしまう。

「ほぇー……」

メリアがまた呆けた顔をブレイブに向けてきた。

すると持っていたサンドイッチを地面に落としてしまう。

「あ」

サンドイッチはすぐさま鳩につつかれていた。

そして、鳩がサンドイッチに挟まっているハムを食べようとしたところで「あわわっ! それは駄目だよ〜? 」と手を伸ばす。

と、

「わああっ!? 」

急に伸びてきた手に敏感に反応した鳩達は、驚いて3羽ほど天高く飛び立って行ってしまった。

「あー……。ごめんね〜」

そう鳩に謝るメリアを見て、ブレイブはつい、苦笑してしまう。

なんて面白い少女なんだろう。

自身のパンを鳩に上げるだけでなく、自らのせいで飛んでしまった鳩に謝っているなんて。

少なくともこの学園内に、同じような人間はいない。

「あ、見てくださいブレイブ様! あの雲、絶対ソフトクリームですよ? 」

「え? 」

鳩を見送った後視界に映ったのであろう雲の形を見てメリアが声をあげる。

メリアの指さす先には、確かに歪な形をした雲があった。

「そうか? どう見てもソフトクリームには……」

「いや、絶対ソフトクリームですって! ほら、あのちょっと先端がくるんってなってるところとか! 」

「ああ。なるほど……」

言われて見れば、といった感じだ。

目を凝らして見ていると、メリアは次々と別の雲を指さしていく。

「あっちはマカロンで、あっちはショートケーキ! あれは……クッキーです! 」

「食べ物ばっなりだな」

「……あはは。お腹が空いちゃって」

この女、さっきサンドイッチを食べていなかったか?

少し呆れながら、そして自然に上がっている口角に気づかないまま、ブレイブは空を見上げていた。

「あ、練習……」

ふと思い出した木刀の存在。

そういえば練習をしに行く途中だった。

こんなところで油を売っている暇はない。

「すまん! 練習に行かなければ行けない! これで失礼させてもらう」

謝って急いで立ち去ろうとすると、メリアも「そうでした! 引き止めてしまってすみません! 」と謝る。

ブレイブが自分から隣に座っただけなのでメリアが謝る必要はないが。

「えっと、ブレイブ様、練習頑張ってください! 」

ベンチから立ち上がった勢いで、残りの鳩も飛んで行く。

「ありがとう。またな」

ブレイブがそう言って別れると、メリアはぺこりと頭を下げてくれた。


「珍しいですね。ブレイブ様が練習開始時間ギリギリに来るなんて。いつもは先に来て素振りしているのに」

稽古場につくと、団員の一人にそう言われた。

「すまんな。時間には気をつけていたんだが」

そう言って木刀を持って、早速素振りを始める。

そういえば、メリアに昨日のヤナギとのことを聞けばよかった。

今度会った時にでも聞いてみるか。

「? 今日のブレイブ様、嬉しそうだな」

「だな。なんか口角上がってるし。良いことでもあったんですかねー? 」

後ろからの会話に、ブレイブが気づくことはなかった。



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