5

「お久しぶりです、アイビー様。私、ミーヤ家の長女、リン・ミーヤと申します」

腰まである長いオレンジの髪をサラサラと左右に揺らしながらお辞儀をするリン。

一人目の婚約者候補の娘である。

「私は、誰よりもアイビー様のことを想っていますわ。小さい頃、コレクト家のお茶会に参加した時に、周りの上手く馴染めなかった私に最初に声をかけて下さったのがアイビー様で。それ以来、朝も夜も、ずっとアイビー様のことを頭の中で想像して……。アイビー様、気が早いということは重々承知なのですがこちら、その……初デートのプランです。まず、アイビー様が私をミーヤ家の門まで迎えにきて……」

「そ、そうですか……。そんなにミーヤ様に想っていただけるとは、とても光栄……ですね」

「アイビー様は、もちろん私と結婚してくださいますよね? ね? あ! 結婚式でお出しする、スイーツのことなのですが……」

「え、いや。結婚するとは……」

「はぁー……。アイビー様との新婚生活……なんて素敵な……」

アイビーの言葉には耳を貸さず、リンは一人で空想に耽ってしまった……。


「初めましてアイビー様。私はイザリア・ノーマスでございます」

二人目。紫色のポニーテールの髪に色とりどりの宝石が付いたイヤリングや指輪、真っ赤なドレスにこれまたフリルやらリボンやらが散りばめられた派手なドレスを身にまとった少女、イザリアは、堂々とした立ち振る舞いでアイビーに詰め寄ってきた。

「アイビー様、私の屋敷には、この世でたった10個ほどしかないといわれる、ノルシジックが削ったルビーがありますの! 」

「ノル、シジック……? 」

なんだろう。聞いたことがない。

「まあ! ご存知ありませんの? ノルシジックは宝石界で最も有名な宝石彫刻師、ノルシジック・シーザでございますわ! 彼が削った宝石はたった一カラットでも何百万、いいえ! 時に何千万という値が着いたりするのですよ! 」

すると、イザリアが熱弁している隣にいた白い髭を生やしたヨボヨボの執事が、何やら困った顔をしていた。

そしてとんとんとイザリアの肩を叩き「何よっ!? 今はアイビー様とお話を……」と不満そうに言いかけたイザリアに耳打ちする。

「イザリア様、我が家にはノルシジックの宝石などございません。特に、ルビーだなんて……」

「はぁ? そんなもの、早く買ってくればいいできょう! お父様にでも頼めば、きっとすぐに買ってくれるし! 」

「で、ですが……」

「黙りなさい! とにかく、アイビー様が我が家に来る前までには、必ず用意させなさい! 分かったわね? 」

「は、はい……」

ヒソヒソ声で話してはいたが、アイビーにはバッチリと聞こえていた。

なんとも言えない顔でそのやり取りを見ていると、視線に気づいたイザリアは「ホホホ」とぎこちない笑みを浮かべて取り繕う。

無論、その後あまり会話が弾まなかったのは言うまでもない。


「アイビー様、お会いできて光栄です。テリナ・キャシーです。よろしくお願いいたします」

三人目。金髪の髪をツインテールにした、ふっくらとした体型の女性。

「アイビー・コレクトです。今日はキャシー様とお会いできて……」

名を言い終わる前に、テリナは歩を進めてアイビーの隣に座った。

「テ、テリナ様、あの、何故対面ではなく隣に……」

すると、テリナは顔を近づけてきたかと思うと、自身の腕とアイビーの腕を絡めた。自然と身体が密着する状態になり、テリナの大きな胸がアイビーの腕にギュウギュウと押し付けられる。

「アイビー様って、いい身体をしてらっしゃるのですね……」

「あの……」

「お願いですわ。もう少し、このままで……ふわぁぁぁ……」

言いながら、テリナは大きな欠伸をした途端、急に眠り始めてしまった。

「え、あの。テリナ様? 」

戸惑うアイビーの肩に、テリナが寄りかかってくる。

眠るのなら部屋の外にいるお付の執事でも呼ぼう、そう思いテリナの身体を支えながら立ち上がろうとすると、テリナの指がアイビーの服をキュッと掴んできた。

「アイビー……様……」

寝言にしてはハッキリと聞き取れたその声に、どうしたものかと頭を悩ませる。

行くな、ということだろうか。

「しまったな……」

その後も、まともに婚約の話は出来るはずもなかった。


この婚約話は何人もの女性の中から絞りに絞ってようやく四人、話をしてみることに決めたのだ。

夜遅くまで数々の婚約希望者の書類を見ていたアイビーだが、結局全てを見ることはできなかったため、見合い相手は父に決めてもらったのだ。

どうせしないであろう見合い話。

アイビーはあまり乗り気ではなかったのだが、相手の女性の方は違った。

リンもイザリアもテリナも、既に結婚しているかのような気でアイビーに話しかける。

アイビーと違って、相手は皆一生懸命、必死だ。

自分に好意を向けてくれていることもあって、その想いを無下にできなかった。

結果、一人につき約1時間程度で終わる予定だったものが、なんと2時間超えと予想を大きく上回ることになってしまった。

空はとっくにオレンジ色に染まっており、最後の四人目の女性を長い間待たせてしまっている。

父の「ワシに任せとけ! 」という自信満々な顔を思い出す。

終わったら父になんと言おう……。

はぁと深いため息を吐きながら最後の女性の元へ向かう。

扉をノックし中に入る。待たせてしまったことを、怒ってなければいいのだが。

「遅れてすまない、少々時間が長くなってしまって……な……」

相手の女性と目が合う。

ハーブティーの入ったティーカップを手に持ち、優雅にお茶をしているところを見るに、どうやら怒ってはいないことが分かる。

だが、そのことに安堵している暇なんて、アイビーにはなかった。

黒く長い髪に、赤いリボンを左右につけた、ツリ目がちの少女。

学園に入学してから、何百回と目にしてきたその少女は、部屋に入ってきたアイビーの方へいつもと変わらない無表情を向けてきた。

今までの女性なら、アイビーを目にした瞬間、それはそれは嬉しそうに目をキラキラさせて見てきたのに。

この少女だけは、違う。

最近では、もう見慣れてしまった無表情。


「ヤナギ……? 」


「はい」

名を呼ぶと、彼女は直ぐに返事をした。

ティーカップを机に置き、ソファから立ち上がってお辞儀をする。

「ごきげんようアイビー様。ヤナギ・ハランでございます」


「何故、君がここにいるんだ? 」

「父から、この世界の父から、一通の手紙が届きまして。アイビー様が見合いをするので、行けと」

なるほど。

確かに、幼少の頃からハラン家からの婚約話は毎日のように来ていたからな。この見合い場に来ていてもおかしくはなかった。

すると、カーンカーンと鐘の音が聞こえてきた。

サリファナ王国で最も高い建築物である時計塔の鐘の音だ。

もう日が沈みかけている時になるということは……。

部屋に設置されている時計を見ると、針は丁度六時を示していた。

すると、同じく時計を見たヤナギはすっと立ち上がり、傍に置いていた帽子を頭に被るとアイビーにぺこりと一礼した。

「それではアイビー様、私はこれで」

「……え」

アイビーが来てから、まだ五分しか経っていない。

お見合いどころかまともに話すらしていないのに、見合い相手をこんなふうに帰してしまうのは、さすがに気が引ける。

「待ってくれ。さすがにこのまま帰すというのも……」

「ですが、見合い時間は一時間と聞いております」

「いや、しかし……」

「何か、問題があるのでしょうか? 」

問題……。

問題といえば、問題なのだが……。

このままでは、父に「誰ともお見合いできませんでした」と報告しなければならなくなってしまう。

それだけは避けたいところだが……。

「あ。なら、また明日、来てくれないか? 」

「明日……ですか? 」

「ああ。もちろん都合が良いなら、だが。今日話ができなかった埋め合わせとして……」

そうだ。何も今日しなくてはいけないわけでない。

まだ時間は多少なりとは残されている。

「かしこまりました。明日、ですね。何時頃向かえばよろしいでしょうか? 」

「そうだな……。午後からなら、いつでもかまわない。朝は、公務の方が忙しくて……」

「承知いたしました。明日の午後、ですね」

「ああ。明日の午後」

机に置かれたハーブティーが、窓から差し込む夕日に照らされて、紅く映った。

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