3
ヤナギの様子がおかしくなってから数日が経過した。
初めはその変化に戸惑っていた人達も、3日もすればだんだん慣れてきて、誰もヤナギの話題を口にしなくなっていた。
アイビーと、メリア以外は。
「今日も、虐め? られたんです……」
サンドイッチをパクリと食べながら、メリアは気難しい顔をして言った。
「なんか、待ち合わせまでするようになって……。図書室とか、食堂とか……。更にはシナリオめいたものまで持ち出すし……」
「シ、シナリオ……? 」
アイビーが顔を引き攣らせて言うと、メリアはこくりと頷く。
今では人を虐めることに、シナリオが必要なのか?
聞いたことがない。
「それで、いつもの如く棒読みですし。それで私がどういう反応をしたらいいか困ってたら、何か間違っていましたでしょうか? って……。もうほんと、何がなんだか……」
「……例えば、どんなことを言ってくるんだ? 」
「えと……、基本的には平民のくせに調子にのらないで、ですね。ていうか、それしか言いませんし。あっ! あと、何よそのサンドイッチ、美味しそうじゃない、とつい先程、このカゴに入っているサンドイッチを見て言われました」
「……それは、悪口では、ないよな?」
「……そうですね」
「……? ? ? 」
それでも何とか理解しようと今聞いた内容でヤナギの思考回路を一生懸命解読しようと試みる。
人を傷つけたくない、というのはあるだろう。
傷つけない言葉を選んだとメリアが言っていたし、ヤナギ自身、昨日傷つけずにすむ方法を考えたと言っていたからだ。
しかし、ヤナギはつい数日前まではメリアをなんの躊躇いもなく虐めていた。
それこそ、人を傷つける言葉を連発していた筈だ。
それなのに何故、今になって急に……。
「……あの、ありがとうございます」
考えていたことを一回停止させて、アイビーはお礼を言ったメリアの方を見る。
メリアも笑顔でアイビーの方を見ていた。
「前から、入学した時からずっと……私のことを見てくださっていましたよね? 平民である私に、他の人と変わらず同じように接してくれて……。初めてハラン様に嫌がらせをされた時も、ぶつかって動けなかった私を、何も言わずにその場から連れ出してくれて……」
そうだ。
入学式のあの日、ヤナギがわざとメリアとぶつかった時、アイビーはヤナギを撃退なんかしていない。
本当は、ぶつかったことを謝らせようと悪態を吐くヤナギから守りたくて、メリアを問答無用で教室から連れ出しただけなのだ。
「ハラン様に目をつけられるようになってから、こんなふうに私と二人きりになれる時間をつくってお話を聞いてもらって……本当に、感謝してるんです」
「……そうか」
アイビーは、メリアから視線を逸らした。
恥ずかしくなったとかではない。
胸の奥に、チクリと刺す痛みが走ったからだ。
その痛みがどこからくるものなのか、アイビーは知っている。
「私も、いつまでも頼ってばかりじゃ駄目ですよね。ちゃんと、ハラン様と話し合わないと」
「話し合う? 」
「はい! 最近のハラン様は以前と違って、私のことを見てくれているんです」
見てくれている?
「傷つけないように、気をつかってくださるんです。虐め? られていることに変わりはありませんが、なんだか仲良くなれそうな気がして……」
メリアは真っ青な空を見上げてそう言った。
まさに天真爛漫。明るく前向きな女の子だ。
「アイビー様、今日もお話聞いてくださって、ありがとうございます! 」
「ああ」
メリアがサンドイッチの入っていたカゴを手に持ち、座っていたベンチから立ち上がる。
アイビーもそろそろ教室へ戻ろうと立ち上がると、メリアがくるりと振り返って、満面の笑みを向けてきた。
「アイビー様は、とっても優しいですね! 」
チクリ。
まただ。
また、胸の奥に痛みが走る。
「それでは」と言って去っていくメリアをぼんやりと眺める。
『とっても優しいですね! 』
頭にこびり付いたその台詞が、胸の痛みを加速させた。
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