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「昨日のキミイロびより! 見た? すっごい良かったよね〜」
「いや、まだ見てないよ。てかあんた、また夜更かししてたの? 」
「だってキミイロびより! がある日は絶対起きてるって決めてるんだもん! それよりさ、アイビーがメリアを抱きしめるシーンが〜」
「ちょっ! ネタバレ禁止! まだ漫画の方もそこまで行ってないんだから」
「え!? まだ原作買ってないの!? 買った方がいいよ! てか買え」
わいわいと、クラスの一角でそんな会話を繰り広げている女子グループに聞き耳を立てながら、やなぎは読んでいた本のページを捲った。
ブックカバーを捲ると、キミイロびより! の文字がある。
あの少女が言っていたように、確かに面白い。
コミカライズ版も試し読みで読んでみたが、原作小説はその時の主人公の心情や漫画では描かれていなかった物語などがいっぱいあって読み応えがあるのだ。
大まかな物語はこう。
サリファナ王国のはずれの小さな村に住む主人公・メリア・アルストロは、小さな弟と母と、3人で暮らしていた。
過労によって死んでしまった父の変わりに、母はずっと働きっぱなし。
そんな母の負担を少しでも減らそうと、メリアは国で1番大きな名門校・ヒーストリア学園に入学することを決意する。
そこは貴族ばかりが集う学園で、メリアは一生懸命勉強したおかげで、無事ヒーストリア学園に合格する。
だが、そんな平民であるメリアを快く思わなかった悪役令嬢・ヤナギ・ハランは、メリアに嫌がらせを繰り返す。
さらには恋愛対象の1人である赤い髪を1つに結んだ、真っ赤なルビー色の瞳が特徴的な国の王子様、アイビー・コレクトと仲良くなったことにより、虐めの度合いはますます大きくなる。
そして、水色の長い髪に青い瞳を持った国1番の剣術使いの騎士、ブレイブ・ダリア、そのブレイブの幼馴染である銀髪金眼のセルフ・ネメシア、成績学年トップで真面目な性格の、緑の短髪に紫の瞳を眼鏡の奥に宿した青年、カルミア・ロジック、金髪に白い瞳を持つチャラ男、シード・スカシユリ。
この5人と恋をしていく、といったお話だ。
まぁ、鈍感はメリアは5人の好意には一切気がつかないのだが。
「ヤナギさえいなければ、全ては丸く収まるんだけどねー。特にあのアイビー様は平民であるあなたに同情しているだけなのって言うシーン?ほんっとイライラした! 」
「あんた、ほんとヤナギのこと嫌いだよね」
「当たり前でしょ! むしろ、あんなの好きになるやついんの? 」
確かにヤナギは権力を使って人を貶めようとする我儘令嬢だ。男の前ではぶりっ子になり、女を前にすると途端に腹黒くなる。
嫌いになる要素は多いだろう。
だが、やなぎはそんな悪役令嬢を嫌いではなかった。
とあるヤナギのシーンが脳内で再生される。
『私は絶対アイビー様と結婚する。おいお前たち、メリア・アルストロをこの学園から追放しなさい! どんな手段を使ってもかまわない! なんなら、殺してしまってでも……! 』
あんなふうにはっきりと自分の意思を持ち、なんなら人に命令までできる姿に、やなぎは一種、尊敬まで覚えていた。
名前は同じでも、性格はまるで正反対だ。
あそこまでとはいかないが、あの積極性を少しだけ分けて欲しい。
「桔梗さん、ちょっといいかしら? 」
考えているところに話しかけてきたのは、担任の美馬先生だった。
「はい。何か? 」
「ええ。ここじゃなんだし、職員室に来て貰える? コーヒー出すから」
「はい」
言われた通りついて行くと、美馬先生の机の上には山ほどの書類や冊子などが並んでいた。
「座って」
「はい」
美馬先生の隣の席へお邪魔すると、早速インスタントコーヒーがやなぎの目の前に置かれた。
1口啜り美馬先生の方を見ると、彼女はいくつかの冊子を手に取り「はいこれ! 」とやなぎに手渡してきた。
「これは? 」
「日本中の大学という大学を集めたものと、あとこっちは専門学校の方ね。美術、ファッション、機械、化学、何でもござれよ! 」
「そういう類のものでしたら、先日も頂きましたが……」
「この前とは違うやつよ。私が桔梗さんのために用意した、スペシャル冊子! 」
「はぁ……」
パラパラと捲ってみると、確かに違った内容だ。
様々な大学生の名前と、そこに通う生徒たちのコメントが載せられている。
大学冊子を一通り見た後、専門学校の方へ移る。
美術系の学校を見ていると、あるページに視線が止まった。
「これ……」
「ん? 」
興味を示したやなぎに美馬先生が食いつく。
一緒にページを覗き込んだ美馬先生は、目を瞬かせた。
「意外ね。桔梗さんも、こういうの好きなんだ」
「えっと、好きというか……少し知っているだけで」
アカデミー専門学校、ライトノベル学科。卒業生、桜野千聖さんについての紹介文。
「えーと、桜野千聖……へぇー、小説家なんだ。大人気ライトノベル、キミイロびより! の著者。アニメ化もされていて、今話題沸騰中なんだって。知ってる人? 」
「ええ。まあ……読んでますし」
「へー。桔梗さんでも、ラノベとか読むんだね」
言いながらキミイロびより! について読んでいる美馬先生の横で、やなぎはまたコーヒーを啜る。
甘い。砂糖が入っているのは、美馬先生の好みだろう。
「行ってみる? 」
「え? 」
行ってみる? 何処に?
「アカデミー学校の、オープンキャンパス。桔梗さん、すっごい見てるんだもんこのページ。コーヒー飲みながら、ガン見してるし」
「あ……」
そんなつもりはなかったのだが……。
「行ってみたら? 受験するしないは別にして、一回そういうのに参加してみるのって、すっごい大事なことなのよ? ここから電車1本で行けるし」
「先生がそう仰るのなら……」
オープンキャンパスは、丁度一ヶ月後だ。
隣の駅から徒歩15分。
夕方までには帰ってこられる距離だろう。
「正直、助かります。両親からは、どこの大学へ行けばいいのか聞いていなかったので……」
そう素直な思いを口にすると、先生の顔が渋くなった。
「桔梗さん、厳しいことを言うようだけれど、桔梗さんのご両親は、もう……。だからね、これからは、ちゃんと自分で決めなくちゃ駄目よ? 」
冊子から視線をやなぎに戻し、先生は力強くそう言った。
「自分で……」
「ええ。あなたの人生なんだから」
前にも言われたその台詞は、何度聞いてもやなぎにはピンとこなかった。
「……はい」
だから今は、そう答えることしかできない。
「失礼しました」
貰った冊子を手にそう言って職員室を出る。
「日程は、一ヶ月後。始まるのは10時から……なら家を出るのは……」
日程を確認しながら廊下を歩く。
いつもはながら歩きなんて、絶対にしないのに。
「? なんでしょう、この気持ちは……」
胸がドキドキしている。
ぽかぽかして、温かい。
始めてキミイロびより! を見た時の、あの感覚。
やなぎは、オープンキャンパスに行くことが楽しみになっていた。
本人は、その感情に全く気づいていないのだが。
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