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 さながら魔物の楽園、と言えるような場所に自分がいることはマサルにとっては不思議な感覚である。

 異世界に来ることになって、この世界での生活にマサルは慣れてきている。

 とはいえ、異世界に来た当初もこれだけ魔物と関わる生活をするなどとはマサルは思っていなかった。



 ――今の異世界での生活は、シャーミィという《災厄の魔物》と出会ったからである。そしてそのシャーミィと一緒に居ることを決めた。


 だからこそ、今の光景があるのをマサルは十分に理解しているので目の前の光景を受け入れている。



 愛らしい見た目の少女と、その周りに侍る魔物たち。その中には恐ろしい見た目をしているものもいる。マサルが一人で対峙したのならば悲鳴をあげてしまうだろう。そしてその魔物に殺されてしまうことも間違いなしである。

 シャーミィの人としての姿の何倍も大きな身体を持つ魔物が、まるでペットのようにシャーミィの言うことを聞いている姿はなんとも幻想的というか、不思議な光景であると言える。

 

 マサルはシャーミィが連れている人間なので彼らに襲い掛かられることはない。

 寧ろ魔物たち相手にも美味しい料理を振る舞うようになったマサルのことを、魔物たちは美味しい飯をくれる生き物という認識になっているようである。




(この森に人が全く足を踏み入れなくてよかった……)



 今のところ、マサルとシャーミィはこの崖の下に広がる森の中で人の姿を見たことがない。

 魔物たちの楽園で過ごしているマサルは、本当に心の底からこの森に人がやってこなくてよかったと思っている。

 そもそも人が簡単に足を踏み入れられるような場所だったのならば、とっくにマサルとシャーミィはこの場所を出て街に辿り着いているだろうが。


 この魔物の楽園で、魔物たちはマサルの元へ食材としてありとあらゆるものを持ってくるようになった。そうすればさらに美味しいものに変換されるという認識だからである。



 さて、仮にこの地に人がよく足を踏み入れいた場合……、おそらくその食材の中には人も含まれていただろう。魔物というのは基本的に本能的な生き物である。人に飼われているわけでもなく、自然の中でのびのびと生きている魔物たちにとって敵対するものに関しては人も魔物も一緒である。

 シャーミィもマサルのことを食べないようには口にしているが、それ以外の人に関しては魔物たちに何も言わなかった。

 それはシャーミィが周りにいる魔物たちを飼っているわけでも、統治しているわけでもなく……ただシャーミィの強さにひれ伏して彼らが勝手に周りに侍っているからというだけである。





(人を食材に持ってこられたら……俺は無理だからな。まだその人が生きているならば逃がすことは出来るだろうけれど、食材として仮にもってこられるなら殺された状態で持ってこられることの方がきっとずっと多い。この魔物たちはシャーミィに向かって服従しているけれど、それはあくまでシャーミィがそれだけ圧倒的に強い魔物であるからってだけだ。俺に対しても可愛いペットにしか見えない態度の魔物もいるけど……それはあくまでシャーミィが傍にいるからってだけだから)



 もしシャーミィと一緒にではなく、マサルがたった一人でこんな森の中に放り出されていれば彼らはマサルのことを食料として狩っただろう。


 そのことをマサルは十分に理解している。だからこそ、マサルが魔物たちに接するのはある一定の心の距離を保っている。マサルが自分の力で魔物と心を通わせる……ということならまた別だが、あくまでこれはシャーミィがいるから起こっていることである。



 ――そしてシャーミィも、人の姿を保っていても、人としての前世の記憶があっても自分とは違うんだなというのも改めてマサルは実感している。



(シャーミィは根本的には魔物なんだよなぁ。人とは明確に違う考え方があって、前世の記憶があるからこそ今のシャーミィがいるけれど、魔物なんだ。まぁ、だからといって何かがあるわけじゃないけれど、街中じゃなくてこういう自然の中で平然と適応しているシャーミィを見るとより一層それが理解出来るな)



 シャーミィが魔物であること。

 それも恐ろしい、《災厄の魔物》などと呼ばれる存在であること。

 それは本来の姿を目撃したあの日からマサルは理解している。

 それでもこうして森の中で魔物たちと戯れるシャーミィを見ると、改めてシャーミィは魔物なんだなというのをマサルは理解した。


 

(俺はシャーミィがそういう魔物だって知った上で、シャーミィと一緒に居ることを決めたから別に何も変わらないけれど――。そういうシャーミィの本質をもっと知っていけたらなって思う)



 いってしまえば理解したところで何も変わらない。

 マサルはシャーミィの傍に居ることをもう決めているから。ただ一緒に居ることを決めているにしろ、シャーミィの本質をさらに知ることは重要だとマサルは思っているのであった。



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