2
崖の下は、全くの手付かずの地であった。
そこは荒れ果て、人の作ったものなどが全くない。――そういう場所だった。
普通ならばそこで生活をすることなど不可能である。人の身では生きていけない場所。だけれども、《デスタイラント》であるシャーミィがいれば何も関係がなかったのだ。
シャーミィが一人いるだけで、誰でもその場では生きていけるだろう。
それだけ、彼女は強者であり、その場に住まう魔物たちにとっても手を出してはいけない存在だった。
「まさか、こんな所に落ちてしまうなんて……。ごめんな、シャーミィ。俺が捕まったから」
「全然よかよ! マサルが死なんかったのならばそれでよかもん」
シャーミィはマサルの謝罪にも、全くもって気にしていないといった様子で笑った。
長い間、土の中で生きてきたシャーミィにとって、土から這い出てきた地上の世界に存在出来るだけでも嬉しくて仕方がないのでそこが街だろうが、違う場所だろうが、正直何処でもいいのである。
「ねー、マサル。この果汁美味しかよ」
「うん」
その果汁もシャーミィが木の上にあった果物を採って、手に入れたものである。
高い位置に存在するものだろうとも、シャーミィにとっては簡単に手に入るものである。
その甘い果汁を飲むだけで、シャーミィはにこにこしていた。
こういう場所でも一切悲観などしていないシャーミィが傍にいるからこそ、マサルも精神的に余裕を持てていた。
それにこの場所には、沢山の食べ物がある。それはマサルがこの世界にやってきてから見たことがないものもいくつかあり、それを手にすることはマサルにとっても心が躍ることだった。
(崖から落ちて、死にかけたにもかかわらず……俺は何だかんだ何も不安を感じていない。それはやっぱりシャーミィがいるからか。俺一人だったらそもそも崖から落ちた段階で死んでいる。でもシャーミィが、いるから生きていて、此処で生活が出来ている)
マサルはそんなことを考えながら、自然豊かなその場所でのんびりと過ごしている。
マサルの傍に大体シャーミィはいるが、時々獲物を狩りにふらっとどこかに行く時もある。ただしその時は魔物が寄ってこないようにしているようだが。
シャーミィが強い魔力を残していけば、そもそも大体の魔物は近づくことはないらしい。
(それにしてもここから人里に向かうとしたらどうしたらいいのだろうか。現在地も分からないから、どう動いた方がいいかは考えておかないといけないか)
長寿であり、人外であるシャーミィは、あまり人としての感覚が少ない。三百年前に人間だったこともあり、少しは人としての感覚を持つが、結局のところ、通常の人とは感覚が異なるのだ。
シャーミィは、マサルが不安に思っている気持ちを正確に理解することが難しいのだ。
マサルはこのまま此処から出られなかったら――という不安を結局のところ、完全に拭うことは出来ない。シャーミィのことを信頼していても、シャーミィの強さを理解していても――それでもシャーミィがいなくなって一人だけでこの場で残されてしまったら、なんていう考えも持ってしまう。
(シャーミィは俺を置いていくことはない。それが分かっててもやっぱり少し不安になるな)
シャーミィがいない間、マサルに出来ることはあまりない。
流石に一人の時に料理を行い、匂いが発されたら魔物が寄ってくる恐れがあるので、その場で大人しくしているぐらいである。
しばらく落下と、こんな場所にいるショックで動けていなかったが、このまま何もせずにシャーミィにおんぶにだっこというのは嫌だった。
「シャーミィ、俺に何か出来ることはあるか?」
「んー。私に美味しか料理を作るくらい? あとは食べられるものの採取ぐらい? あとあれやね。マサルも魔物と戦えるようになった方がよかよ」
戻ってきたシャーミィに、マサルが問いかけた言葉に、シャーミィはそう答える。
マサルはあくまで料理人で、何かと戦う力を持っていない。異世界という場所に降り立ちながらも、そういう戦うことが出来ない。そういう危機感のなさが、こうして崖に落ちる要因になった。
「戦えるようにか……」
「うん。戦えるようにっていうか、なんか狙われた時の対処法をもっとった方がよかよ。人質に取られた時や魔物に狙われた時に退避する方法は大事やもん。私が傍におる時はどうにでもできっけど、私がおらん時にマサルが危険な目にあうの嫌やしね」
シャーミィがそう言って笑かければ、マサルもその言葉に頷いた。
そういう危険な目に合うことは恐ろしいと思っているが、それでも何かあった時に対応できるようになった方が絶対に良かった。
「マサルは《時空魔法》が使えるけん。やろうと思えばなんだって出来ると思うんよね」
シャーミィはマサルを見ながらそう告げる。
マサルが《時空魔法》を望んだのは、あくまで料理人として、収納が出来るようにである。だが、その魔法というのは様々な使い方が出来るものだ。
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