第七話 災厄の魔物と崖の下

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「ふぅ……」


 シャーミィは息を吐く。

 崖の下は、緑が広がっている。人の手の入っていないエリアであることは明白であった。



 マサルを崖から落とされたシャーミィは、マサルを追って崖の下へと飛び込んだ。

 普通ならそこで生き残れるはずもないが、『災厄の魔物』と呼ばれるシャーミィにかかれば、マサルを生かすことぐらい簡単だった。



 衝撃を本体の身体で吸収し、マサルへの衝撃をなくした。

 ちなみにマサルは、意識を失ったままだ。落下した後に、マサルが死んでいないことを確認して、シャーミィはほっとしていた。


(人間はよわかけんね。ちゃんと守ってやらんと、マサルはすぐに死んでしまうから。……私が少し力を振るえばすぐに死ぬけんね)



 シャーミィは、自分の力が人にとってみれば恐ろしい存在であることを理解している。地上に出て人と関わることでより一層、そういう気持ちを実感しているのだ。




(それにしても上に戻るのは、結構大変そうやね。そうなると回り道して目的地に向かうほうがよかとかな? それとも上った方がはやいのか。その辺は考えんといけんね)



 シャーミィは正直何処にいたとしても、どうにでも出来る。どんな場所だって《デスタイラント》と呼ばれる魔物だからこそ、生きていくことが出来る。

 それでもマサルはこんな場所で生きていくことは出来ないから、どうにか街を目指すべきであろう。



 シャーミィはマサルが目を覚ますのを待っていた。



(やっぱり崖から落とされたことがよっぽどの衝撃やったんかな。私はやっぱり本質的に魔物な思考になっとっとね。やけん、こういうことがあってもそんな風に衝撃は起きない。だけれども……、マサルはやっぱり普通の人間やけん、こういうことで気を失う……)



 そう思考すると、シャーミィは自分と人間であるマサルの違いを感じて、少しだけの寂しさを感じた。

 でも違うということは、変えられないことである。シャーミィが魔物である事実も、マサルが人間であるという事実も、何一つ変わらない。



 だからシャーミィは首を振った。



 シャーミィは魔力を垂れ流して、魔物が近づかないようにしている。

 シャーミィの圧倒的な魔物に恐ろしさを感じている魔物たちは、シャーミィのいる場に近づく事はほぼない。ただ時々力の差を理解しないものもいて、そういう愚かな魔物はシャーミィに倒されていた。



 マサルは中々目を覚まさない。

 ……シャーミィはマサルが目を覚まさないことを不安に思っていた。マサルがこのまま目を覚まさなかったら、どうしたらいいだろうかと心を揺らがせていた。



(無理やり起こしてもどうかと思うし……、うーん、いつ目が覚めるんやろうか)



 そんなことを考えながら、シャーミィはマサルの周りをうろうろとする。眠っているマサルは、少し寒さを感じているようなのでシャーミィは温めるために土の魔法を行使して、かまくらのような形を作る。その中にマサルを眠らせた。


 あとは火を起こして、身体を温まらせる。




 夜になってようやくマサルが目を覚ました。





「ん……」

「マサル! ようやっと目を覚ましたと!」



 目を覚ましたマサルは、きょろきょろと視線を巡らせる。



 そして此処は何処だろうとでもいう風に、不思議そうな顔をする。






「シャーミィ、此処は?」

「マサル、気を失うまでのこと、覚えとる?」

「えっと、……ああ、そうだ。盗賊に襲われて、そして落ちてって……! 俺、何で無事なんだ?」


 マサルは自分が崖から落ちたことを知って、何で自分が無事なのだろうかと不思議そうな顔をする。



「私が助けたけんね。マサル、此処は崖の下よ。結構落ちたけんさ。これからどうするか考えんといけんよ」

「……え、崖の下?」

「うん。流石に私も空はとべんし、マサルがそのまま落ちたら死ぬの確実やったけん、一緒に落ちてマサルへの衝撃を減らした」

「そうなのか……。ありがとう」



 マサルは崖から落ちたという実感がまだないらしい。シャーミィが作った土のかまくらのようなものから出た後、上空を見上げてようやくどれだけ落ちたか実感したようだ。




「あ、あそこから落ちたのか!?」

「うん。やけん私がおらんかったらしんどーよ?」

「本当にありがとう。……えー、しかしどうする?」

「上るか、回り道するかになっと思うけど、その辺は色々調べてからやね」

「シャーミィは、落ち着いているな」

「私は何処にいようとも生きていられるけん。こういう所だろうとも、別に不安に思うことはなか。それにマサルのことは私が守るけん、マサルも不安何て考えんでよかとよ?」



 マサルはこういう状況が初めてだからだろう。不安そうな顔をしていた。

 そんなマサルにシャーミィが自信満々に言い切れば、マサルも安心したような顔で頷くのだった。




 ――そしてマサルとシャーミィは、その崖の下でしばらく過ごすことになった。


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