7
シャーミィは駆け出している。
夜の街で、黒髪の小さな少女が驚くほどのスピードで走っている様子は異様だった。
マサルの働いている飲食店で、声をかければマサルはもう上がったのだと言われる。
なにか不測の事態でも起きているのではないかとシャーミィは眉を顰める。
「騎士の方々に頼んでおくから、シャーミィちゃんは宿で――」
「そがんことできーわけなかやろ!」
「?」
「……そんなこと、出来るわけない。私はマサルを探す」
思わず日本語が出てしまい、ぽかんとした顔をされる。それにはっとなって、この世界の言葉でシャーミィは告げた。
シャーミィは気が気でない。
この世界で唯一、シャーミィの前世を知る人。それでいて、シャーミィに美味しい料理を作ってくれる料理人。シャーミィの本来の姿も受け入れてくれる人。
シャーミィはマサルに何かあるのを許せない。マサルに酷い真似をするものがいれば問答無用で殺すとまでいうほど過激な思考である。
「探すっていったって――」
「探す」
シャーミィは、止める声など聞きもせずに飛び出した。
とはいっても、圧倒的な力があるとはいえ、捜索能力などが高いわけではないシャーミィである。やる事といえば片っ端から探すことである。
夜の街をうろついているシャーミィに声をかける不埒なものもいたが、その者たちはすぐにシャーミィに気絶させられていた。シャーミィはそういった男たちに関わっている暇はなかった。
そして動き回った結果、マサルが違法カジノに無理やり連れていかれたことが分かった。マサルはそういう場所に連れていかれるという経験もなく、そういった場所でどうにかするだけの力もない。
だからこそ動けなかったのだと分かった。
シャーミィは、マサルをそんなところに置いてことは出来なかったため、正面突破を図った。
「なんだ、嬢ちゃん――」
「マサル、出す」
「は?」
シャーミィは、この違法カジノがどうなろうとも正直言ってどうでもよかった。彼らが騎士に捕まろうと、違法カジノが潰れようとも、そんなものはどうでもいい。それよりもシャーミィはマサルを無事に取り戻すことしか考えていないのだ。
殺気が漏れている。
普段は隠している殺気は、その恐ろしい魔力がシャーミィの身体から溢れている。
――まるで蛇ににらまれた蛙のように、睨まれた者は恐怖した。
目の前の少女の姿をした化け物は、自分たちのことなど簡単にどうにでも出来るということが分かったのだろう。
「マ、マサル?」
「そう。此処に連れ込まれた。男の人。出して黒髪黒目の男。はやく出す。出さないなら――殺す」
シャーミィはそう言い切って、男たちを睨みつける。
シャーミィを敵に回すことは得策ではないと判断した者は、すぐに該当するものを連れてくるように告げた。
マサルはそのころ、違法カジノに無理やり連れていかれ、イカサマをされ、大変な事態になっていた。地球でも異世界でもそういう場所に連れていかれたことも、カジノで遊んだことも、こうしてイカサマをされることもなかった。
マサルはこの世界を訪れて、それなりに平穏に過ごしていた。危険な目に遭うことはあまりなかった。だからこそ、油断してしまったのだと言えよう。良い人ばかりに恵まれすぎて、そういうのに対する対応をどうしたらいいのか分からなかった。
イカサマをされていることは分かっても、イカサマをされている手口が分からない。加えて戦闘能力など持たないマサルは、この違法カジノから抜け出す力もなかった。
(……どうしたらいいのだろうか。シャーミィが気づいて、俺を助けてくれるという希望観測を待つしかない?)
こういう時にマサルはシャーミィに連絡する術を持っていなかった。こういう事態になるなどと思ってもなかったからというのもあるだろう。
怪しい人々に囲まれてすっかり委縮しているマサルはまさに良いカモでしかなかった。
周りの人々はマサルを借金地獄に陥らせて、死ぬまで働かせようと画策していたのだが――そんなことにはならなかった。
突然、マサルは呼び出しを受け、解放される。
そして連れ出された先には、殺気を醸し出しているシャーミィがいた。明らかにお怒りモードのシャーミィにマサルはたじろぐが、シャーミィはマサルの姿を見つけるなり笑みを浮かべた。
「マサル! 良かった。無事やったんやね。かえーよ」
にこにこと無邪気に笑う姿は、先ほどまで殺気だっていた人物と同じ存在とは思えない。
先ほどまで殺気を向けられていた男たちは脱力していた。
「あ、ああ」
シャーミィはマサルの言葉に満足気に頷く。
そして、次に違法カジノの者たちを一瞥する。その目は、マサルに向けているものとは正反対だ。
「マサルに何かしたら、私は許さないから」
そう言って脅しつけるシャーミィに、男たちは大人しく頷くことしか出来なかった。
そしてその日から街中で黒髪の小さな少女に逆らわない方がいいと噂がささやかれるようになった。
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