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 さて、そんなわけで最近のシャーミィはククとロドンの元へと顔を出し、魔力の操作を学ぶことになった。ついでにロドンからは人の身での戦い方を。




「シャーミィ、最近、冒険者の元へ向かっているみたいだけど、何をしているんだ?」

「秘密」



 シャーミィは、自分が魔物であることさえ、マサルに告げていないので、ククとロドンの元へ向かう本当の理由をマサルには言えなかった。



 シャーミィが《デスタイラント》であるという事実は、それだけ周りを怯えさせてしまうものなのだと、シャーミィは地上に出てきて生活をする中で理解してきているのだ。



 シャーミィは地上で美味しいものを探すという目標を叶えるためにも、魔力操作を覚え、自身をごまかす必要があった。



(私の魔力をごまかすことが出来たら、ククやロドンのような人たちにだって私が人ではないとばれんけん。なんとかおぼえんと、私を危険視して殺そうとする人がおっても困るし)




 シャーミィは決して人の世界を混乱に陥らせたいわけでもない。国を滅ぼそうとしているわけでもない。誰かを殺そうという目標を持っているわけでもない。――それでも、シャーミィという少女が人ならざるものである事実はかわらず、その事実がある限り、シャーミィは人から狙われる可能性が十分あるのだ。




 魔物として長い時間を生きてきて、人としての倫理観が薄れてきているとはえ、元人間であるシャーミィは進んで狙われたいわけではない。



 シャーミィとしてみれば、襲い掛かってくる気のないシャーミィを恐れる気持ちはあまり分からない。



 ただククが言うには、「何もしてこないと分かっていても、いつか何かをしてくるかもしれない。ただそれだけで殺そうとしてくる存在は幾らでもいるわ」とそう言っていた。




 シャーミィはククの言うことにも納得して、魔力操作を覚えようと必死である。




 その間、その事に熱中しすぎて食材探しなどをおろそかにするぐらいには。

 シャーミィという存在は同時に幾つものことをこなせるほど器用な性格をしていない。魔力操作を覚えるのと、レストランでの接客業――その二つに力を注いでいるシャーミィは中々本来の目的である食材探しを現在出来ないでいた。

 そしてマサルはそんなシャーミィの事を心配していた。





「シャーミィちゃん、最近、ククさんとロドンさんの所に一人で行っているんだろう? 高名な冒険者の所にあれだけ顔を出しているなんて、シャーミィちゃんは冒険者に憧れているのね」

「さぁ……。シャーミィは何をしにいっているか俺に教えてはくれないので、詳しくはわかりません」



 時間さえあればククとロドンの元へ顔を出しているシャーミィの事は、噂になっていた。



 小さな少女が高名な冒険者であるククとロドンの元へ通っている。通うことを許されている。そんな噂である。

 ククとロドンはこの街でも有名な冒険者である。

 冒険者としてのランクも高く、あまり人を寄せ付けない。たった二人だけのパーティーでありながら、恐ろしく強いと噂される存在。

 そんな有名な冒険者の元へ、子供が通っていればそれだけ噂になるのだ。




(幾ら有名な冒険者の元とはいえ、シャーミィがそんなところに通うなんて、何か危険なことでもしているのではないか。大丈夫なのだろうか……)




 マサルはシャーミィが心配で仕方がなかった。人よりも強い力を持っているらしいシャーミィ。不思議な力を持ち合わせているシャーミィ。とはいえ、シャーミィはまだ成人もしていない女の子である。そんな存在が冒険者の元へ何をしに向かっているのかと不思議である。



「最近は《デスタイラント》が地上に出てきたって噂もあるからね。世の中物騒だわ」

「《デスタイラント》……その噂は聞いたことがあります。そんなに恐ろしい存在なんですか?」

「そりゃそうだよ。あれは国家を崩壊させるような化け物さ。見た目からしてもおぞましいじゃないか。全長二十メートル以上はあるミミズだよ。そのミミズが大きな口を開けてすべてを飲み込むなんて恐ろしいったらありゃしない。見たら最後、食われる未来しか私たちには待っていないんだ。恐ろしいほどのスピードもあって、人の身では抗うことも出来ないさ」



 マサルと話している宿の女将はぶるりっと体を震わせている。



 マサルは女将の言う魔物のことを想像する。大きな、全長二十メートル以上のミミズ――そんなミミズが大きな口を開けて、自分の事を食べようとしてくる。それを考えだけで恐ろしくなった。

 そんな恐ろしい魔物が地上に出てきているかもしれない――それを考えるとマサルもぶるりっと体を震わせてしまう。





「《デスタイラント》が地上に出てきたというのがただの噂ならいいんだけどね。本当だったらいつ、この街もすべて飲み込まれてしまうかもわからないよ。あの魔物は建物だろうとも、なんでも呑み込み、消化すると言われているんだ。英雄と呼ばれる存在もあの魔物に飲み込まれ、死したという記憶もあるぐらいだからね……」

「女将さんは、《デスタイラント》について詳しいのですね」

「祖先の故郷が《デスタイラント》によって滅ぼされたと母さんから聞いていたんだよ。幸い国を離れていたから祖先は生き残ることが出来たが、国に残っていたものは喰われつくされたと言われているからね。その時のことを後世に残そうと、子孫に伝えているんだよ」

「そうなんですか……」

「そうさ。それにあれだけ巨大な魔物が地上に這い上がってくれば、地上の魔物たちも騒がしくなる。悪影響ばかりしかない魔物だから、土の中で大人しくしてくれていればいいのに」

「そうですね。そういう魔物なら土の中に居てもらった方がいいですね」





 マサルはそんな会話を女将と交わす。――まさか、自分が共に旅をしている少女が、その噂の《デスタイラント》だなんて知らないままに。

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