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この赤色の屋根の家は、女性――ククともう一人の男性――ロドンがこの街で拠点にしている家らしい。わざわざこの街を拠点にするために家を借りているあたり、リッチだななどとシャーミィは思ってしまう。
実際に備え付けられている家具も何処か高価な印象をシャーミィに与える。よっぽど優秀な冒険者たちであるのかもしれない。
そんなことを思いながらシャーミィは口を開く。
「それで、私が何でここにいるかですよね」
「ええ。貴方は人ではない。それは見たらすぐにわかるわ。私は貴方の魔力が大きすぎて、怖かったもの。最初は何かよからぬことをこの街にしようとしているのではないかと思ったけれど……それも違うみたいだから話しかけたの」
「魔人がこんな場所にいるのは珍しいからな。確かに人の世界にまぎれている魔人はいるが……。これだけ存在感を隠せていないとなると、魔人になりたてか?」
シャーミィの言葉にククとロドンがそう言う。シャーミィはロドンのいう“魔人”というのが分からなかった。
不思議そうな顔をして、ククとロドンを見る。その無垢な表情は、とてもじゃないが恐ろしい魔物には見えない。
「魔人?」
「それも分からないのか。本当に最近人の姿を得たばかりなんだな。魔人っていうのは、人の姿に変化出来る魔物のことを言う。魔人はもちろん、元が魔物だから強大な力を持っている。また、魔物程単純ではない。人と敵対した場合は、SSSランク相当の相手とも言われている」
シャーミィはそのランクの凄さを正しく理解しているわけではないが、響きからして高ランクなのだろうと理解する。
自分が魔人と呼ばれる存在だとは知らなかったし、もしかしたら自分と同じように魔物でありながら人の姿を得た存在が世の中にはいるのかと少しだけわくわくする。
「そうなんだ。……確かに、私はそれなら魔人」
「貴方がよければ何の魔人か教えてもらえる?」
「《デスタイラント》」
シャーミィがその名を口にした途端、二人は驚愕に顔を染めた。
魔人という存在を知っているような高ランクの冒険者であろうとも、シャーミィの種族というのは恐れるべきものだったらしい。
「《デスタイラント》? あの暴食の悪魔? 一度地中より出てきたら討伐するまでに国がいくつも亡ぶ可能性があると言われている、災厄の魔物? 確かにその魔物が地中より出てきた痕跡があったと言っていたけれど……」
「……今の所、国が滅んだという噂がないあたり、お前は国を亡ぼす気はないんだな」
「人を食らう気はない」
暴食の悪魔とか、災厄の魔物とか、ひどい言い草だなとシャーミィは思う。
しかし、過去に地中より這い出てきた《デスタイラント》が何故そこまで食事をつづけたのかは理解が出来る。シャーミィは空腹を紛らわせることは出来ても、現状お腹いっぱいになることはない。正直言えば幾らでも食事は入るという状況なのである。
別にお腹いっぱいにならなくても問題はないし、食べるものがない場合は魔力を消費してどうにでもなるから問題はないが、シャーミィのように思考するだけの頭がなく、ただ本能に従うままの《デスタイラント》は確かにすべてを食らいつくそうと出来るだろうと理解している。
「私が、出てきたのは、美味しいの食べたいから」
「美味しいの食べたい?」
「うん。人の作った、美味しい料理。いっぱい食べたい。土や土の中の魔物、飽きた」
シャーミィがそんな言葉を言い放てば、二人は驚いたような表情を浮かべる。まさか、そんな理由で《デスタイラント》が地上にいるとは思わなかったようだ。
「人の料理を食べたい……? えっと、人は食べないのよね?」
「食べない」
「なら、別に問題はないな。お前が人を食らいつくそうとしているとか、そういうのがあるのならば俺達はお前を倒さなければならなかったが……。観察していた限りも普通に人にまぎれていたもんな……」
どうやら危険だったら倒さなければならないと思われていたらしいと知って、シャーミィはちょっとだけ恐ろしい気持ちになった。シャーミィ自身は魔物であるし、そう簡単に死ぬことはない。とはいえ、自分が狙われるということは共に居るマサルも狙われるということである。
それも考えると、もっと気を付けなければならないと思う。
今回、シャーミィのことを人ならざるものだと気づいた目の前の二人――ククとロドンは、話が通じる相手だった。でも世の中、そういう相手ばかりだとはかぎらない。
シャーミィが魔物であるからといって問答無用でシャーミィを殺そうとするものはいるかもしれない。強大すぎる力というのは、存在するだけで周りから畏怖されるものだ。そして上手くやらなければ排除されるものでもある。
――シャーミィはただ、美味しいものを食べたいと、人に会いたいと、そう願って土の中から這い出てきた。
でも幾らシャーミィがそれを望んでこの場にいたとして、シャーミィを排除しようとするものは出てくるかもしれない。シャーミィは人の姿であれば問題がないと思い込んでいたけれども、こうして気づく人がいると知って、その危険性を改めて理解した。
「あの一緒に居る男性はシャーミィの正体を知っているの?」
「知らない」
「知らないで一緒にいるのね。それじゃあ、本格的に貴方が人ではないと悟られないようにした方がいいのではないかしら」
「どうやって?」
「そうね……。もしシャーミィさえよければなんだけど、私の方で魔力をごまかす術を教えることが出来るわ」
「魔力をごまかす術?」
「ええ。私はこれでも魔法が得意なの。私自身も、強大な魔力を隠しているわ。貴方の存在感は、色んなものを怯えさせてしまうわ。そこで貴方がその人らしかぬ存在感を隠してしまえばいいのではと思ったの。土の中から出たばかりで、魔人になったばかりだというなら、シャーミィは魔力の操作方法も分からないでしょう。貴方が人の世界で生きていきたいというのならば、もっとそのあたりを学んだ方がいいわ」
ククの言葉にシャーミィは、「是非」と答えて頷くのであった。
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