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 さて、しばらく休んでからマサルとシャーミィは宿を取るために街をぶらぶらした。



 この街は人の出入りが多い街で、宿の数も多かった。二部屋分取ることも可能だったが、宿代の節約をしたいと言うことで同室で宿を取った。




「マサルは今日、どがんする?」

「商業ギルドに行って仕事を探して、あとは大豆に似た植物があるかどうか探しに行きたいかな」

「大豆あったら、醤油が手に入るんやもんね。醤油欲しか! 私も探す!」




 マサルとシャーミィは、醤油が欲しいという思いでいっぱいになっていた。



 マサルは異世界にやってきて、醤油が欲しくてたまらない。それは料理をする面でも、食べる面でも手に入れたかった。そしてシャーミィはといえば、三百年ぶりに人の食事を食べて、それだけで満足していたのだが……、マサルから醤油が手に入るかもしれないと聞かされて、醤油に恋い焦がれていた。



 やはり醤油というのは日本人にとって、特別なものである。



(私は作り方とか全くわからんけど、マサルが分かるんやったら大豆さがさんと。とりあえず豆系を探したらいいか? 私も大豆とか、ちゃんと見たの人間経った頃やし、そんな覚えとらんし)



 シャーミィはそんなことを思いながらも、豆類を買うぞと気合を入れていた。




 さっそく、宿に荷物を置いてマサルとシャーミィは動き始めた。二手に分かれて、街の中を見て回る。




 言葉がある程度わかるようになったシャーミィはこうして一人で街の中を見て回れて嬉しかった。




 シャーミィは、この世界では珍しい黒髪黒目と言う事で目立っていた。大きめの街でも黒髪黒目というのはあまりいないのだ。加えてシャーミィが愛らしい見た目をしているからというのもある。




 鼻歌を歌いながら、シャーミィはご機嫌な様子だ。



 歌っているのは、地球で過ごしていた頃に好きだったアニソンである。地球にいた頃のシャーミィは当たり前の中学生だったので、それなりにアニメや漫画も読んでいたのであった。土の中で暮らしていた頃は、鼻歌を歌うこともなかったわけだが、三百年ぶりに口ずさむ鼻歌が日本の曲でシャーミィは驚いたぐらいだった。





(豆。豆を探す)



 豆を探すと、そればかりを考えているシャーミィだが、市場に顔を出すと欲しいものがどんどん出てきてしまう。



(あのお菓子美味しそう。あれもよさそう……。あー、やばか。私食べようと思えば幾らでもはいっけん、自重せんといかんもん。自分で稼いだ金とはいえ、そがん無駄遣いすっわけにもいかんしね)



 シャーミィの見た目は年頃の少女であるため、衣服や髪飾りなどをすすめてくる者も多くいたが、シャーミィはそんなものに目をくれない。そもそもシャーミィは自分の魔力で衣服を生み出すことも可能であるし、そういうものには関心がなかった。



 なんとか自重をしようとしているシャーミィだが、お手頃な値段の美味しそうな食べ物があるとつい購入してしまうのだ。




(我慢は体によくなかもんね)




 そんなことを思いながらシャーミィは、ほくほく顔である。もちろん最初の目的である大豆を手に入れるということを忘れたわけではない。ちゃんと大豆を手に入れたいとシャーミィはうろうろしていた。



 しかし豆を見つけたとしても、それが大豆と同じものなのかということはシャーミィにはわからない。ひとまず、少量かって、それが大豆であるかどうかをマサルに確認してもらおうと考えた。


 色んな種類の豆を買っていくシャーミィは目立っていた。




「お前、なんで豆ばっか買ってるんだ?」

「ほしいから。何の用?」



 シャーミィは、街に住まう男の子に声をかけられた。



 背の低いシャーミィは、街の少年たちにとって年下の少女にしか見えなかったのかもしれない。この世界、地球よりも人々の身長は高いのだ。

 シャーミィはさっさと宿に戻って、マサルにこの豆類の中に大豆があるのかを確認してほしかった。




「何の用って、子供が豆ばっかり買っているからなんなんだって思ったんだよ」

「作るものがある。探している」

「作るもの? 豆で作れるものなんてたかがきれているだろ?」




 男の子は不思議そうな顔をして言う。今まで男の子が食べていた豆を使ったものは男の子の好みではなかったのかもしれない。




 シャーミィも正直言って、地球で暮らしていた頃はハンバーグなどのお肉が大好きで、豆料理はそこまで好んでいなかった。とはいえ、この世界でずっと土の中で過ごしていたシャーミィは今は料理なら何でもおいしく食べている。



 土しか食べてこなかったからこそ、そういうものが食べたいと願うのも当然であろう。

 それにマサルが作るものなら何でもおいしいだろうと、シャーミィは信頼している。




「そがんことなか!」

「?」



 シャーミィは思わず日本語で声をあげてしまい、男の子たちに不思議そうな顔をされてしまう。




「――そんなことはない。マサルが作ったものは、どんな料理も、美味しい」

「マサル? 誰だ、それ」

「お前の親か?」



 などと声をかけられて、シャーミィはマサルのことを一生懸命説明をする。ただシャーミィはこの世界の言葉をきちんと喋れるわけではなく、伝わるのは断片的である。



 男の子たちはシャーミィという少女に不思議さを感じながらも、その“マサルの作る料理”というものに興味を抱くのであった。



「その料理、食べたい!」

「じゃあ、マサルに聞いてみる」



 シャーミィはこの男の子たちにも、マサルの料理がおいしいのだと示したかった。自慢したかったのかもしれない。



 そんなわけでシャーミィは勝手にマサルの料理を食べさせるといった約束をしてしまうのだった。

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