第三話 災厄の魔物と転移者の新たな街

「大きか街ね。イガンとは雰囲気が違うとね」

「そうだな。一番近い街でもこれだけ違うというのは面白いな」



 イガンの街を旅立ってしばらく、ようやく新たな街にシャーミィとマサルはたどり着いた。

 二人はそれぞれ声をあげる。

 特にシャーミィは心から嬉しそうな笑みを溢している。まるで初めて訪れたテーマパークではしゃぐ子供のようだ。



 

 その街はイガンとは異なった雰囲気がある。マハラ砂漠と正反対の方向に向かったというのもあり、イガンの街よりも緑も多い。

 特に今のイガンでは《デスタイラント》——その《デスタイラント》は今、人の姿をしてこのガーヒアの街にいるわけだが――の出現に緊迫しているので、雰囲気が違うのも当然であった。

 当人は知らないが、《デスタイラント》の存在はそれだけ多くの人に影響を及ぼすのだ。



(あたらしい街ってよかね。なんだか新しか出会いもたくさんあるやろし。此処で美味しかもん沢山食べれたらよかな)


 そんな思考に陥っているシャーミィは、イガンの街の事など今はもう考えていないのだ。





「では、残念ですが此処までですね。何か御用がありましたら、宿屋『白竜の憩い所』で私の名前を出していただければ取次が可能ですので。マサルさん、シャーミィさん、では、またお会いすることがありましたら、よろしくお願いします」



 街に辿り着き、嬉しそうに声を弾ませるシャーミィとマサルにラドはそう言うと、冒険者たちを連れてその場を後にする。




 商人として多岐にわたる街を移動しているようなので、短期間しか街に滞在しないことも多いのだ。ラドは念のため宿屋の名を出していたが、シャーミィとマサルと次に会うことがあるかは分からない。寧ろ会わない確率の方が高いと思っている。


 この世界は地球よりも伝達技術が低いため、大体の出会いは一期一会で終わる事も多いのだ。




 ラドたちを見送り、マサルはシャーミィに声をかける。




「じゃあ、シャーミィ。まずは俺たちも宿を取ろうか」

「よかね! どんな宿があるんやろ?」



 シャーミィはマサルの言葉に答えながら、内心、ワクワクしていた。



 魔物であるシャーミィはこの世界で宿に泊まるのももちろん初めてのことだった。どんな宿があるのだろうか、どんな料理が出されるだろうか――、それを考えるだけでも興奮していたのだった。

 イガンの街では騎士団の詰め所でずっと過ごしていて宿屋には泊まってなかったので、はじめての宿泊にワクワクがとまらない。





(宿が取れたらまたマサルについて行くってアピールせんと。ううん、通常から下ほうがよかか。それでちゃんとついて行って美味しい料理食べるんやもん)




 宿を取るために前を歩くマサルについて行きながら、シャーミィはそんな決意をするのだった。



 この街は宿がいくつも存在する。その中でどの宿が良いのかというのがマサルにもシャーミィにも判断がつかないものだった。



 飛びぬけて高級な宿屋か、普通の宿屋か。マサルの目から見てこのガーヒアの街の宿はその二択しかなかった。


 高級な宿が二軒。この高級宿はまず除外する。シャーミィとマサルはそんなにお金に余裕があるわけでもないからだ。

 さて、普通の宿は幾つもあり、何処に泊るべきか悩んでしまう。




「シャーミィはどの宿が良いとかあるか?」

「どこでもよかよ。寝れればよか」



 シャーミィは魔物なのもあって、眠る場所に無頓着だった。伊達に三百年も土の中にいたわけではない。シャーミィからしてみれば、どんな場所でも屋根があるだけでも良い寝床である。



 マサルはシャーミィは当てにならないので、なんとなくで決めることにした。


 雰囲気がよさそうな『白椿』という名の宿があったので、そこに入ることにする。シャーミィにそこでいいのか聞けば、「よかよ」という返事が飛んでくる。

 中に入れば、壁から机まで何から何まで白かった。店主の好みなのだろうか、此処まで白いと汚してしまわないかマサルは不安な気持ちになった。



「二部屋空いてますか?」

「ん? 二部屋じゃなくてよかよ。お金がもったいなかやろ?」

「……一応男と女だろう」



 マサルの言葉に口出ししてきたシャーミィに、マサルは呆れた声を出す。シャーミィが地球で言う小学生か中学生ぐらいの見た目であるとはいえ、仮にも男と女である。シャーミィも同じ部屋で寝泊まりは嫌なのではないかと配慮したのだが……、シャーミィは寧ろ何で二部屋も取るのかといった表情だ。マサルの配慮は何も伝わっていない。



 男と女だろう、と口にしてもシャーミィはきょとんとした表情をする。そして次の瞬間には笑った。


「なんば面白かこといいよっとね。マサルと私は確かに男と女だよ。でもマサルが私に何か出来ることをなかもん。私はそんな安い女じゃかし。もし無理やり襲い掛かるようなけだものなら問答無用でぶちのめすだけやもん」



 そういうシャーミィの目は本気だった。



 実際にシャーミィはマサルをぶちのめすだけの力を持ち合わせている。それにその言葉には説得力があった。……後はシャーミィが言うようにお金を節約できるのならば節約したいというのもあった。



「……すみません、やはり二人部屋でお願いします」



 宿屋の店主は、マサルとシャーミィの会話に困惑していた。シャーミィが何を言っているか分からないので当然と言えば当然だろう。そんな困惑した表情を浮かべる店主にマサルは告げ、結局のところ、二人部屋を一つ取ることになったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る