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「よか部屋ね」
「そうだな」
案内された部屋もまた床から壁から、家具まで真っ白だった。
流石にベッドの掛布団などは白ではないが、大部分が白である。たまに泊まるぐらいなら珍しく面白いが、常駐するのなら落ち着かない、そんな宿である。
シャーミィは見るからにはしゃいだ様子だ。その黒目を煌めかせて、部屋の中にある色んなものを覗き込んでいる。
(宿ってのもよかね。人の世界はやっぱり新鮮な気分。イガンも新鮮やったけど、騎士団の詰め所以外には泊まってなかったし。よかね。やっぱりたのしか。土の中から出てきて良かった。でたけん、これだけ面白かものに触れられるんやもん)
シャーミィにとってその何の変哲もない宿が何もかも新鮮である。
シャーミィは元人間ということもあり、人が好きだ。だからこそ、人と共に居れることも嬉しかったし、人として宿に泊まれることも嬉しかった。
この世界の人々にとっては悪夢でしかないだろうが、もしシャーミィが人を食らうことを躊躇わないような魔物だったのならば、今頃あらゆるものを食べつくしていたことだろう。——そしてその身を討伐されるまで破壊を尽くしたことだろう。
「シャーミィ、興奮しすぎてぶつけたりするなよ」
「そがん子供みたいなことせんよ。例えぶつけても私なら問題なかし」
実際にシャーミィは少しぶつけたぐらいでは何も問題がないような頑丈な体をしていた。例えかわいらしい女の子にしか見えなくてもシャーミィはあくまで魔物なのである。魔力でその身に変化しているだけであって、本性は巨大ミミズである。
しかしマサルはそれを信じていないので、心配してシャーミィに落ち着くように言った。
シャーミィは何度もマサルに言われて、ちょろちょろと動くのをやめて、大人しくベッドに座る。
ベッドがふかふかで、シャーミィは思わず笑みを溢す。
満面の笑みという言葉が良く似合う、とてもかわいらしい笑みだ。
そして、
「マサル、このベッド、めっちゃふかふかよ! 飛び跳ねたか!」
と口にして、「いや、落ち着け」と止められていた。
とりあえず動くのをやめて止まらないと、マサルが心配すると思い至ったシャーミィは大人しくベッドの上に寝転がるにとどまった。
「ふかふかよ! よかね!」
ふかふかなベッドに、シャーミィは寝転がりながら嬉しそうだ。
そのようにはしゃぎまくっているシャーミィを見ると、マサルは本人が幾ら自己申告で長生きしていると言おうともシャーミィのことが子供にしか見えないのであった。
「マサル、この街ではどがんすっと? どんくらい此処に留まるん?」
「しばらくお金を稼いだり、食材探しをするつもりだ。それが終わればまた違う場所に行く予定だ」
マサルはそう言って、続ける。
「俺はそうしたいが、シャーミィはこの街が気に入ったのならば此処に留まることも――」
「むっ、またそがんこといいよっと? 私はマサルについて行くといいよるやん。それなんに、何でそがんこというと?」
「シャーミィはただ俺が同じ日本人で、話が通じるから俺と一緒に居たいだけだろう? だから言葉がちゃんと通じるようになったら、俺と一緒にいる意味はないだろう? 俺は食材を集めて、色んな料理を作っていきたいって目標があるけど、シャーミィはそういうわけではないだろう?」
「むー……じゃあ、言葉をちゃんと覚えて、他ん人と話せるようになったとしても、マサルと一緒にいきたかっていうならよか? 確かに私は美味しかもん食べたいって思っとるだけやけど……、私の人生は長かけんマサルについていくのは問題なかし」
実際問題、シャーミィは三百年間も土の中にいたにも関わらず体の衰えを全く感じていない。
《デスタイラント》という種族がどのくらい長生きするのか、魔物の寿命がどんなものなのかというのをシャーミィは正しくは知らない。だけど、魔物であるシャーミィの寿命は人間であるマサルよりもずっと長生きのはずだ。
その魔物であるシャーミィにとってはマサルと過ごす時間は、人生、いや魔物生の内のほんの一瞬だともいえるぐらいだろう。
「……ああ。その場合はな。俺も同郷だから一緒に旅をするならそれでいいし」
マサルも同郷の者なのだから、一緒に旅をしたくないわけではない。共に旅をしてくれるというのならばしたい気持ちもある。けれども、シャーミィのことを思えば安全な場所に居てほしいとも思うのだ。
「ならば、よか。ちゃんと私がマサルについていきたかってこと、おしえっけん」
「ああ」
マサルはそう答えながらも、周りときちんと意思疎通が出来るようになったらシャーミィが一緒に旅をするとは思っていなかったのである。
それをマサルが考えていることが分かるので、シャーミィは絶対に分からせてやると気合を入れるのである。
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