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 その男は、この世界に住まう者達とは何処か違う服装をしていた。この世界で生きている者達が見たこともないような軽装をしている。そのような格好で街の外に出れば、魔物に襲われればひとたまりもないだろう。



 不思議な格好をしている男は、街中で奇妙な目で見られていた。地球でいうTシャツにジーパンという軽装が不審に見られ、彼は騎士団の詰め所まで連れてこられた。



「何処から来たんだ?」

「田舎から出てきました」

「何が目的でこの街に?」

「自分は料理人でして、おいしい料理を求めて、自分磨きのためにもここに来ました」



 そう答えながらもその真っ黒な髪と瞳を持つ二十代前半の男は内心どうしたものかと困っていた。



(異世界に能力もらって転移したものはいいものの、この格好ってそんなに不審か。それに、異世界だからかやはり黒髪が珍しがられるのもなぁ。この街で一般的な服を手にする予定だったんだけど)



 その男は、異世界からの転移者という存在であった。


 神様から直接能力を貰い受け、異世界に転移する。そんな地球ではありふれていた物語のような経験をその男はしていた。



 異世界に転移し、初めて訪れた街。それがこのイガンである。




 しばらく続いた尋問の末、男はようやく解放されほっとする。そうして騎士団の詰め所から出ようとした時、



「日本人!? いや、でもここ異世界だし、黒髪黒目の珍しい人種とかかもしれんけど、日本人にしか見えんとけど」



 明らかになまっている日本語が聞こえてきた。



 男はこちらの異世界に来る時に、異世界の言葉が通じるような能力をもらってきていた。だから異世界人の話す言葉は意味が分かっても、不思議な言語として耳に響いていた。しかし、その聞こえてきた言葉は明らかな日本語だった。

 男は驚いた目でそちらを見る。

そこにいるのは、騎士の女性に連れられているワンピースを着た一人の少女。黒髪、黒目の小柄な少女。




「…君も、日本人?」

「日本語だぁああ! やっと、言葉通じる人間発見! 数百年ぶりに人間とちゃんと話せるとか超嬉しか!」



 早口で嬉しそうに声をあげる少女を前に、男は戸惑う。そして言っている言葉の意味もよく分からなかった。数百年ぶりというのは聞き間違いだろうと、男は受け止める。


 それだけそれの見た目は若々しく、数百年も生きているようにはとてもじゃないが見えなかったのだ。


 言葉が通じていることを知って驚いたのはそれだけではない。周りの騎士も驚きの表情を浮かべている。




「貴方、この子の言葉わかるんですか?」

「え、ええ。自分の故郷の言葉です」

「良かった。この子は一人でいるところを保護されたのですが、誰も言葉が分からなくて名前も聞けていなかったのです」



 少女を連れていた女性騎士の言葉に、男は益々驚く。



 明らかに日本人な少女。気になる言葉を口にしていたがおそらく転移か、転生か、何かしらのことをしてここにやってきている少女。

 自分は言語チートをもらってこの地にやってきていたが、この少女は言語チートをもちわせていないことが分かってしまった。どれだけ心細かっただろうか、そう思うと目の前の少女に同情してならなかった。




「お名前は?」

「名前? 人間だったころの名は忘れた。今は名前なか」

「なかって名前?」

「違う! 名前がないって言いよっと」



 男は日本で言う標準語を話す地域に生まれ育っていたが、どうやらこの目の前の少女は方言を使う地域で生きていたのだろう。男はそれに対して戸惑いを見せる。正直方言はよく分からない。



 それにしても”人間だったころの名”だとか、今は名前がないとか、目の前の少女は何なのだろうかと男は思う。人間にしか見えない、というのに人間ではないのだろうかとも思うのも当然であった。



「この少女は名前がどうやらないようです」

「まぁ、名前がないの? それは……可哀想だわ。つけてあげなければ」



 女騎士は少女に名前がない、ということを知って同情の目を少女に向けた。



「名前、何がいいんだ?」



 男が少女に問いかける。



「何でもよか! でも名前は欲しか!」



 はっきりとした口調でそう言った少女は、何だか名前がもらえるという事実にだけでもとても喜んでいるようだった。

 方言は難しいがなんとなくニュアンスで言葉が分かったので、男は騎士に告げる。



「どんな名前でもいいからつけてほしいそうです」

「まぁ、そうなら――なら、どうしましょう?」




 それから男と少女の前で、少女の名前をどうするかという談義が繰り広げられた。騎士団の詰め所の者達はこの言葉も通じないが、嬉しそうに食事をする少女の事を可愛がっていたので良い名前をつけようと皆が白熱していた。



 少女は当初、彼らが何を話しているか分からずに不思議そうな顔をしていたが、男から少女の名前をつけるために談義をしていると聞いて顔を綻ばせた。




 そして数時間後、少女の名前はシャーミィに決まった。愛称はミィである。

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