災厄の魔物である、それは騎士団の者達と共に歩きながらもご機嫌だった。



(人だ! 言葉がつうじんかったとは正直悲しかけど、それでも人だっていうだけで私は嬉しかもん。なんか仕草でついてこいっていっているのは分かったし。悪い人達だったらどうにでもすればいいだけだしね)



 それは、ご機嫌そうに手足を動かして歩いている。騎士の者達でさえ辛いであろう道のりを、それは一切嘆きの言葉を口にすることもなく、歩いている。

 それの体力は底なしと言ってもよかった。


 その体力も、この砂漠を軽々と歩く様も――異常の一言に尽きた。だけれども少しの違和感を感じても、騎士の者たちがそれを魔物だと思わなかったのは、その見た目が何処までも愛らしい子供にしか見えなかったからであろう。



 砂漠を歩くこと、五日。ようやく街が見えてきた。

 それはその間、楽しそうに食事をとり、嬉しそうに笑っていた。



 さて、そのまま騎士団が保護した存在としてそれはその街――イガンの騎士団の詰め所に連れて行かれていた。



 しかし、言葉が通じないのもあって中々イガンの者達は困っていた。



 とはいえ、保護されているそれはというと相変わらずご機嫌だった。



(言葉はつうじんけど、人いっぱいでよかね。人がおるだけでおおって感じするね)



 人と会話を出来なかった長い時間を考えると、言葉が通じなくても人がいるというだけで嬉しいそれであった。

 それは、言葉を一生懸命理解しようとしていた。しかし異世界での他国語でさえ理解出来なかったそれは中々言語を理解出来なかったのだった。



 動作で何をいっているかなんとなく理解出来る時もあったが、上手く伝えられなかったりもする。



 何より名前を聞かれても、それには自分の名前が分からなかった。



 人間として生きていた頃の名前さえも、それは覚えて居なかった。そして異世界で生活をする中でそれには名前が必要なかった。

 それは、自分の名前が分からない。そして、自分で名前をつけようにも良い名前がうまく思いつかなかった。


 名前というのは、その存在を表すのに必要な大事なものである。人間として生きてきたことのあるそれも、当然そのことを分かっていた。




(そもそもこの世界での一般的な名前もわからんし。変な名前名乗ったら大変やもんね。私はずっと土の中いたけど、人と関わっておいしいもの食べたり色々したか)



 この世界での一般的な名前が分からない。

 それにとっての問題の一つである。



 この世界でおいしいものを食べ歩きをしたいという野望を持つそれにしてみれば、名乗って変な名前だと言われる名前は名乗りたくなかった。



 正直な話を言えば、それは長い間、名前というのを必要としない生活をしていた。周りに居るのは、言葉の通じない本能のままに生きているだけの存在たち。それは、名前を必要となんてしておらず、名前を聞かれるまで名前を考えようということさえも頭になかった。



 名前がない、ということはそれにとって今まで当たり前として受け入れていたことだった。名前がなくてもとりあえず人が周りにいることがそれにとっては懐かしくて、嬉しいことだった。



 だからそれは、嬉しそうににこにこと笑っていた。



 言葉が通じない状況で、自分の名前さえも分からない状況で、そんな絶望的な状況の中でそれは幸せそうに微笑んでいる。そんな状況で微笑んでいるそれのことを、前向きな子だと好意を抱き始めていた。



 そんな周りの思いをそれは理解しておらず、ただ、優しい人ばかりだなとそんな風に考えていた。



「貴方は可愛いわね」

「?」



 何を言われてもそれは、何を言われているか理解出来なかった。でも周りの人達が自分に優しくしてくれている事、自分の事を好いていてくれている事、それは態度などからでも分かった。



 それに、それにとって別に嫌われていようとも問題はないのだ。その時は自分が好きなように動くだけなのだ。自分が不利な目に遭うというのが、それは想像が出来ていない。それは、自分の力を正しく理解している。だからこそ、それは言葉も通じない場所にたった一人でいても一切気にすることはない。




 それが言葉が分からないままに人との関わりを喜んでいるある時、その町に不思議な男が現れた。

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