さて、人の姿に変化したそれは衣服を着ていなかった。もとは巨大な《デスタイラント》なのだから、それも当然と言えば当然だろう。魔物は洋服を着る必要なんてない。


 とはいえ、人の姿で素っ裸のまま行動するのは問題である。それぐらいずっと土の中で存在していたそれだってわかる。




(裸……。本来の姿だと、服なんかきんけん問題なかともいえるかもだけど……でもまぁ、人の姿しとるんやったらこれだと問題だね。衣服は……どうしようかな、これも魔法で行ける?)



 それは思考をして、魔力を練る。魔力を練って、服をイメージする。そうすれば、少女の身体がワンピースに包まれた。ただの無地の薄緑色のワンピース。ひざ下まで伸びたワンピースに、それは満足気に頷く。



 そして人だった頃の記憶がある故に下着を着ていないのが違和感があったため記憶の中にある下着をイメージして、下着も装着する。



(これ、魔力きれたら素っ裸? 服かわんとねかね。でも私の魔力尽きる気なかし大丈夫かな? とりあえず人に会いたいから街を目指そう)



 それは、そんな思考に陥って、人里を目指して歩き始めた。



 それにとって、自分の足で歩くということ事態が、実に三百二十年ぶりである。土の中では、ずっと《デスタイラント》として生きてきて、ようやく日の下に出れたそれはごきげんであった。



 ご機嫌な様子で、鼻歌を口ずさむ。



「~~~♪」




 それの口から可愛らしい声が漏れる。

 それは前世で見ていたアニメと呼ばれるものの主題歌である。今は災厄の魔物であろうとも、昔はそれはもう一般的な少女であったそれはアニメが好きだったのだ。





 このような砂漠を鼻歌を歌う少女が歩いているというのは異様な光景である。そして、魔物に襲われても仕方がない。



 しかし、足を進めるそれを襲う魔物はいない。それは、魔物たちが少女の魔力に怯えてしまっているからだ。



 土から這い出てきたものと、同じ魔力であるそれを、少女の姿をしていようが襲うようなものはその場に居なかった。



 それが、土の中から這い出てきた時、多くの生物が土の中へと埋もれていった。そして多くの者が、その大きな口に捕食された。ゆえに、周りの生物たちはそれに恐怖を抱いている。





(太陽の光ってよかね。土の中とかずっと、真っ暗だし、食うか食われるかの世界やったし、自分の足で大地を踏みしめるのって良い。人どこおっとかな? 私みたいな大きかミミズおると地球じゃなかの確実やし。異世界ってことは、文明とかもどうなとっとやろ? 私凄く楽しみ。あとあれだね、料理食べたか)



 ずっと地中深くに存在しており、太陽の光一つ浴びてこなかったそれは、太陽の光を見上げて嬉しそうににこにこと笑う。

 

 灼熱の砂漠で、心から楽しそうな少女は本当に場違いである。



 それは、人の街にたどり着いたらどうしようかをずっと思考している。

 



それは、飢えていた。人だったころの、此処とは違う世界で人として生きていた記憶があるからこそ、土の中では食べられるものなんて土か、他の生物かである。料理など土の中では出来ない。



 それの願望は、災厄と呼ばれるものとしてはふさわしくない。




 人に会いたい。人と話したい。料理食べたい。


 そんな人としての営みを求めていた。それは、この世界で生きる人にとっては朗報であるといえるだろう。




 本来の、魔物としての思考しか持ち合わせていない《デスタイラント》ならば土の上にまで這い出てくる個体は、幾つもの国を滅ぼす。




 それだけの犠牲の後に退治されるか、土へと帰っていくのだから。だからこそ《デスタイラント》は災厄の魔物の一種とされているのだ。




(米食べたかけど、異世界に米あっと? あって欲しか。ないとか悲しすぎるけんね。ミミズとして生を受けて三百二十年追い求めた米、米よ、絶対あれ。そして私はどんぶり系を食べたかです。あああ、なんかもう久しぶりの太陽の下で嬉しかけん、凄いテンションおかしかことになっとる)




 お米、それはそれが人であった頃によく食べていたものだ。お米が食べたいとそれは思っていた。土の中では料理、というものを食べれなかった。それは土の中で生きていた。だからこそおいしいものを食べたかった。



(米やったら、あれかな。やっぱどんぶり系が食べたか。うまかもんたべっとが、やっぱ生きる楽しみの一つだと思うんだよね。そう考えると私、三百年以上生きる楽しむを奪われたわけやけん、その分楽しまんと。衣食住をきちんと整えるのが一番やろ。もう人間やなかけど、私の心は人のつもりやけんね)



 それは、そんなことを思いながらも相変わらず歩いている。



 街の場所も分からないままに歩き続けるそれは、三日間もずっと歩いていた。その間人にも遭遇出来なかった。




 でもそれは、とても喜びに満ちていた。



 三百二十年も土の中で過ごしていたそれにとって、たった三日間人に会えなくても問題はなかった。



(んー、地図がほしか。ああ、でも私地図手に入っても此処が何処かわからんけんどうしようもないか。やっぱ人に会わんといけんね。でもどうやって会えばよかとやろ? それにどんなふうに話しかけるべきなんか? 転生して全然しゃべってきとらんかったし、どのように喋ればよかかわからん。そもそも元から私はコミュ症なんに)



 地図がなくて現在地さえも分からないこと、地図があったとしても地図を読めないこと、人に会っても話し方が分からなくなっていること、――それは沢山の問題を抱えていた。



 考え事をしながらも歩き続けるそれの鼻に、良い匂いが漂ってきた。

 それは、お肉を焼いた時の匂い。香ばしい匂いに、思わずそれの胃は刺激される。




(肉の匂い。焼いたお肉の匂いだ。食べたい、おいしそうな匂い)



 それはお肉の匂いにつられるままにそちらへと歩いていく。お肉が焼けた匂いをかぐのもそれにとってはとても久しぶりのことだった。




「お肉!」



 声を上げて匂いのする方に向かったそれを迎えたのは一つの声だった。




「******?」




 ただし、それは、その鎧を着た集団の発した言葉の意味を一つも理解出来なかった。

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