第一話 災厄の魔物と転移者の出会い

 地中の中をずるずるずるずると大きな音を立てながらそれは動いていた。




 その場に現れた人間の気配を感じておりながらも、それは人に襲い掛かる事はなかった。ただ、身動きをせずに彼らが去るのを待っていた。



 ただし、彼らが去る時にはそちらをじっと見つめていた。

 正しくは、それには瞳というものがないので、知覚しているというべきかもしれない。




 それの全貌を語るとしよう。

 それは、彼らが称した通りの《デスタイラント》という魔物である。




 体長にして、二十メートル以上は軽くあるだろうか、その口は大きく何もかもの見込めるほどの大きさだ。




 体色は土の色。土の中に紛れ込んで、人知れず迫ってきていたという逸話があるのはそのせいだ。 




 何も存在しないと思っていた場所から、突然大きな口が現れ、気づけば食われていたなどという恐ろしい話のある魔物。



 さて、それは、人が称した恐ろしき魔物デスタイラントである。

 しかし、それの内側は決して普通ではなかった。

 それは、土の中をずるずると動きながら喜びをあらわにしていた。





(苦節三百二十年! ようやく土の中から出てこれて、人を見る事が出来たぞぉおおおおおおおい。いえええええええええええええええええええええええええええい)



 それはおおよそ、普通のモンスターの思考をしていなかった。

 その思考を知る者が居たら思わずずっこけてしまう事だろう。それの心は喜びに満ちている。




 それは、人に出会えた事を心の底から喜んでいた。それは、土の中で三百二十年の時を過ごしていた。



 地中の奥深く、人の手が届かないほどの地中の中にそれは存在する。地中の中には脅威が沢山存在する。その脅威をはねのけて、それが目指したのは地上であった。



 何故なら、それは人に会いたかった。

 それは、この世界に生まれてから人という者に会ったことがなかった。それは、土の中にずっといた。


だからこそ、人というものをこの世界で見た事はなかった。だけど、それは人というものを知っていた。



 この世界ではない世界で、人というものが馴染み深かった。




(ああああ、嬉しか。本当嬉しかよ。私の知っている人とは違うみたいやけど、それでも嬉しか!)



 思わず嬉しすぎてそれは、人だった頃の口調で思わず心の中でつぶやく。それは、此処ではない世界の、一部の地域で使われている方言だった。

 もうそれは、昔の記憶が薄れてきている。それでも昔使っていた言葉を本能で覚えている。





 土の中で、ずっと、ずっと生きてきたからこそもう三百年以上前の記憶は薄れている。

 だけど、それには、確かに”人だったころの記憶“があった。その記憶があるからこそ、それは普通の思考をしていなかった。




(逃げられてしまった。逃げられたくない。私は、話したか。話せるかもわからんけど、でも話せるなら話したか。話すためにはこの姿じゃ駄目やんか。だから、人の姿すべきだよね)


 今の姿のままでは、それは人に近づく事さえ出来ない。何故ならそれは災いの象徴だから。逃げられないためには、どうしたらいいか。それを思考していた。



 それは頭部を土から出して、久方ぶりの太陽の光を浴びながら微動だにしないそれは、すっかり土にまぎれている。




(うん。人の姿になればよかよね。私なれるのかな? でもなれる気がする。よしっ)



 それは、そんな思考に陥って、自分の中の力を確認する。




 それは、紛れもない強者であった。

 それには、自分の望みを叶えるだけの力が確かに存在していた。




 土の中で、優に三百二十年も生き続けた。誰にも負けることなく、生きてこれた。弱肉強食の世界で、生き続け、地上に出る夢をかなえた。それの中には、魔力と呼ばれる力があった。



 その力をそれが自覚したのは、土の中で敵に追われているところ。食べられそうになった時の火事場の馬鹿力というべきか、魔力を放出出来たのだ。その魔力、とそれが呼んでいるものがあればどうにかなるだろうとそれは考えた。



(やったことなかけど、人の形に変えることぐらいできるとじゃなか?)



 と、そう思っていた。




 そのため、それは魔力を込める。



 魔力を込めて、そして巨大な《デスタイラント》の身体は光に包まれる。




 そして光が治まった先にいたのは―――小さな、一人の小柄の少女。この世界では珍しい黒髪黒目をした可愛らしい少女だった。



(おお、成功した!? どれどれ、どがん姿しとっとかな、私。って、これ微かにのこっとる昔の私とそっくりだ)



 そして、少女の姿をしたそれは、以前の自分に似ているとそんな風に考えるのだった。




 人間だった頃の十五歳だった頃の姿だ。とはいえ、元々背が低かったのと童顔だったのもあり、もっと年下の少女にしか見えない。

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