最終章

第33話好きだと言いたい

●好きだと言いたい


 春は旅立ちの季節だ。


 雪が解けると黒組が村の外へと旅立っていった。いつもと違うのは、黒組の統領がシチナシになっていることである。そして、村のまとめ役もスウハになっていた。


 代替わりした代表者たちを旗頭に、村も黒組も新たな季節を巡っていく。


ササナやユキが、昨日狩ってきた肉を燻製にしていた。火を二人で起こしながら,

フブキがユキの足元でじゃれていた。甥っ子のいたずらに、ユキは無邪気に笑う。


「かわいいなぁ」


 子狼がではない。


 目の前のユキが、である。


 ユキは、目を大きく見開いてササナを見つめていた。


「フブキのこと?」


 ユキは、そう尋ねる。


 だが、彼もそうではないと知っていた。


「いや……ユキがかわいくって」


 ササナは、周囲を確認する。


 周りには、誰もいなかった。


 ササナは、深呼吸をする。


「ユキ、大好きだ」


 ササナは、はっきりとそう告げた。


 誰かに、横取りされる前に自分の気持ちを告げた。


「あの……ボクは」


 ユキは、視線をさまよわせる。


 ササナは、ユキの頭をなでた。


「別にすぐに返事はいらない。ただ、俺が言いたかっただけで」


「いえ……ボクも好きです」


 ユキは、まっすぐにササナを見つめていた。


「あなたが、好きなんです」


 ササナは、再び周囲を見渡す。


 誰もいなかった。


 ササナは、そっとユキに向かって手を伸ばす。ユキは眼を閉じた。ササナの胸がときめいた。目を閉じたユキは、氷の彫像のような美しさだった。


 ササナは、ユキを抱きしめた。


 ユキは、静かに考えた。


 賢狼の秘密を知る少年は、静かに考える。


 人間はいつの時代だって愚かで、それを克服することもないだろう。世界を滅ぼした愚かさを内包したまま、このまま自分たちは進み続けるだろう。


その道が再びの繁栄であっても


その道が滅亡であっても


人間たちは愚かに。とても愚かに、恋をし、愛を知り続ける。そして、愚かさを繰り返すのだ。賢狼は最後に「くぅん」と泣いた。






 彼は、人間だった。

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賢狼だけが世界の秘密を知っている 落花生 @rakkasei

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