第30話離別の子
●離別の子
いつだって別れは、突然である。スズはこれまで別れた仲間のことを思った。彼らとの別れもいつだって突然であった。さようならも言えずに、いつだって人と人は分かれる。死人になるものもいたし、死人にはならずに行ってしまうものもいる。
部下を持った最近では、それにもすっかり慣れたと思っていた。だが、実際のところちっとも慣れてはいなかったのだ。
スズは、イツキの部屋にいた。
イツキは、突然病に倒れた。
もしかしたら、普段から苦しみを隠していたのかもしれない。スズは、そう思った。スズがイツキが死ねば死ぬと言っていたから、言いにくくなっていたのかもしれない。だとしたら、イツキが苦しんでいるのは自分のせいに思えてならなかった。スズは首を振る。すべては自分の妄想である。こんな妄想をするのは、心優しいイツキを愚弄することに思えた。
「イツキ……」
スズは、イツキの顔を覗き込む。
顔色が悪い。
数日も持たないかもしれない。
スズは強かった。誰にも負けない人間だった。誰よりも強かったために、黒組の統領にまで成り上がった。成り上がったが、そこからが地獄だった。みんな、自分より先に死んでいくのだ。
いつだって、スズだけが生き残った。
スズが強かったから、強すぎたから、いつだってスズだけが生き残った。
おいていかれたくないと思った。
けれども、責任もあった。
部下を導くという責任が、スズに自害を思いとどまらせた。
責任もなにもかも置いていけるだけの情熱をくれる相手が必要だった。スズは、イツキをその相手にした。
「イツキ……ごめんね」
君が死んだら自分も死ぬ。
その言葉が、イツキを苦しめていた。
自分の苦しみを言い表せないほどに、イツキを苦しめていた。
「ごめんね。イツキ……」
けれども、許してほしい。
自分は、イツキがいなくなった後の世界を生きているほどに強くはない。それだけは、本当なのだ。許してほしい。スズの肉体と剣術は強い。けれども、心はそれに見合うほどには強くはない。
「恨んでなんていませんよ」
イツキは、そう答えた。
いつものように優しい笑顔をたたえていた。
スズは、イツキの心はなんて強いのだろうかと思った。そして、その心に改めて惹かれている自分自身を感じた。病床であっても、イツキの笑顔はきれいなものであった。
「イツキ……」
スズは、イツキの唇にくちづけをした。
「移りますよ」
イツキは、嫌そうな顔をした。
「かまわないよ。君が死んだら、私も死ぬのだから」
そんなことしか言えない自分に、スズは嫌気がさした。だが、イツキは優しく微笑むだけであった。
結局、イツキは三日間も病で苦しんだ。
その間、スウハが必死に看病をした。薬を煎じ、熱が出れば氷嚢を作った。けれども、すべてが死に至る病には無為なことであった。
苦しんで、三日後に死んだ。
何も言わなくなったイツキをスズは無言で見つめていた。悲しみが胸の中に渦巻いていた。こんなときだからこそ微笑んでほしいのに、目の前のイツキはもう二度と微笑むことはなかった。
スズは、イツキを抱きしめた。
体はすでに冷たくなっており、生きていないことをスズに知らしめる。スズは、ふとイツキと出会った当初のことを思い出した。正確には、イツキが次の村の統治者になることを聞かされたときのことだ。こんな若者に務まるのだろうか、というのが本音だった。だが、イツキは立派にやり遂げた。その姿に、スズは感心した。そして、イツキは自分のことを好きだと言ってくれた。
うれしかった。
幸せだった。
でも、それらをすべてくれてたイツキはいなくなってしまった。スズは、改めてその事実に茫然とした。自分の生きている意味など、まったくないように感じた。そして、それがとても正しいことのようにも思った。
イツキを抱き上げて、スズは立ち上がった。
スウハは、スズを止めた。
それが、スズには意外だった。スウハは理解者であると思っていた。イツキの後継者であるから、自分も気持ちもわかってくれていると思っていた。
「連れて行かないで……」
絞り出すような声で、スウハはスズに頼み込んだ。
その言葉に、スズはスウハの気持ちも理解した。スウハは残されてしまった子供なのだ。それは、かつてのスズやイツキと同じであった。
「いやだ。俺たちは行く。どうか、自由にしてくれ」
スズは、そう嘆願した。
スウハに、かつての自分たちに、もう生きることをやめさせてくれとスズは懇願した。もう失うことは、散々なのだ。これ以上は失いたくはないのだ。
スウハは、スズとイツキから顔をそむけた。
彼は、泣きそうな顔をしていた。
「すまないね。でもね、彼はここに置いていくよ」
スズはそう語った。
イツキを下ろし、スウハの頭をなでた。
「私が、彼の元にいくよ」
スズは自分の刀を抜いた。
それを自分に向ける。
「後のことは頼むよ。シチナシと仲良くね」
スズは、それで自分を刺した。
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