第27話遺恨なき

●遺恨なき


 ツナが住んでいた村は、一人の男がまとめていた。三十代ぐらいの男は、人の話をよく聞く男であった。優しいようで、それでいて口が極端に悪かった。それでも、彼は村人に好かれていた。彼の名前は、カエデと言った。


 カエデは、流れ者だったツナを受け入れた。悪態をつきながらであったが、カエデはツナの実力を認めていた。ツナは、カエデの身辺を守っていた。カエデに頼まれたのだ、自分を守ってほしいと。


だが、村の内部で反乱があった。


村の人々は、村のまとめ役をカエデではなく別人に任せようと考えたのであった。ツナにいわせれば、その別人は最悪だった。たしかに、リーダーシップはあった。けれども、他人の話を聞こうともしなかった。


きっと今頃、村は滅んでいる。


他人の話を聞かない人間は、時に暴走するからだ。


結局のところ、人々は何かを決めるという責任をその別人に押し付けたかっただけのだ。邪魔になったカエデは、殺された。実は、カエデは自分に向けられる殺気に気が付いていた。カエデは、ツナに自分を守らせなかった。ツナは、守りたかったのに。


自分の処刑が、村人が決めた決定ならば仕方がないと判断したのだ。だが、娘のオチバだけは逃がしてくれとカエデに頼まれた。


ツナは、二人とも守りたかった。


カエデもオチバも守って、三人で進んでいきたかった。


ツナには、その実力があるように思われた。三人での旅は、大変だがきっと楽しいものだろう。三人でいれば、どんな困難だって超えていけるような気がしていた。それこそ、家族のように楽しい旅ができるような気がしていた。


けれども、カエデは責任を取らなければならないと言った。


何に責任があるというのだろうか、とツナは激高した。


カエデは村をまとめてはいたが、村人の意見を聞いた統治をしていた。そこにカエデの責任はないような気がした。


ツナは激高したが、カエデは決めたことを曲げなかった。


ツナは、そのときになってようやく好きだと悟った。


ずっと一人で過ごしてきたツナが、この村に腰を据えていた理由をようやく理解したのだ。ツナは、カエデという男を好いていた。この男を守りたいと思っていた。無自覚に、大好きだったのだ。


だから、村に残ったのだ。


けれども、その理由はなくなった。


本人が、守られることを拒否してしまったのだ。


ツナには、守ることしかできなかったのに。悔しかったが、力ずくでカエデを守るほどの勇気をツナは持ち合わせていなかった。そんなことをすればカエデは自分を許さないことをツナは知っていたからである。


ツナは、カエデの最後に望みを叶えようと思った。


オチバを守り通そうと考えたのだ。


カエデに嫌われないために。


ツナは、オチバを連れて村を脱出した。村人はカエデを殺すことに夢中で、オチバのことは眼中になかった。そのため、オチバを連れ出すことは簡単であった。


ツナは、カエデとオチバに血の繋がりがないことは知っていた。村のほとんどの者が知っていた。そもそも二人は容姿が違いすぎる。オチバは明らかに外国の血を引いていた。だが、カエデにその特徴はなかったし、彼は生涯独身であった。オチバはカエデの友人の子で、友人が亡くなったのでカエデが引き取ったのである。


それでもカエデとオチバの関係は、実の親子以上のものであった。


オチバを連れ出し、森に逃げ込んだ道中で、死人に襲われた。


オチバを木に登らせて、ツナが囮になって死人をやり過ごした。だが、死人が集まりすぎてオチバと別れた場所に戻れなくなった。そして、戻ってみればオチバはいなくなっていた。探しまわって、ようやくオチバがとある村に保護されたことを突き止めた。


夜になって、ツナは村の周辺を見て回った。


そこで美しいが、可笑しな少年が村から出てきた。


その少年は不思議なことに狼を操っていた。まるで狼を身内のように操る少年が、ツナにはあやかしのように思えた。だが、少年は現実にいる。なんだかおかしな感じだった。少年はツナに戦いを挑んだ。どうやら、ツナを村に災厄をなす存在だと思ったらしい。


だが、少年はツナの敵ではなかった。


少年は、弱くはなかった。


ただ、ツナが強かっただけである。


ツナには、たった一人で外をさまよっていた時代もある。前の村でも、ツナほどに強い人物はいなかった。そんなツナにかなうわけがなく、狼はあっけなく殺された。喉に刀を差されて、狼は悲鳴も漏らさずに絶命した。


狼が死んだとき、少年は激高していた。


その怒りかたは、カエデを失った自分に似ていた。よっぽど狼のことが大切だったらしい、とツナは思った。そして、その光景をみて冷静になった。


少年も自分も同じだと思ったのだ。


自分以上に大事なものがある人間であり、それを守ろうとして守り切れなかった存在だと思ったのだ。


ツナが少年と話をしようと思ったとき、矢がいられた。


それは、ツナの手を貫く。


見れば村を覆う柵から顔をだした男と子供が、ツナを弓で狙っていた。少年の仲間の二人が現れたことで、ツナはその場から去らなくてはいけなくなった。いくらツナと言えども、弓矢で心臓をいられてしまったら死んでしまう。ただで撃たれる気はなかったが、それをすれば村に被害を出す。それは村の内部にいるオチバの立ち場をまずいものにし、彼女の身柄に危害をくわえられるかもしれなかった。


村から離れるとツナは、まずは自分の傷の手当てをした。


弓矢でいられた傷は、浅いものであったが、万全の状態ではないのオチバを向かに行くのは不安が残った。しばらく休み傷の回復を待つ。こういうときツナは、一人で行動していたときのことを思い出す。


カエデと出会う前に、ツナは一人で行動していた。そもそもツナの親たちは、村に所属しない生き方を選んだものたちだった。さまよい、とどまることを知らなかった。だが、安住をしない生き方は次々と仲間を減らしていった。親が死に、仲間が死に、いつの間にかツナは一人になっていた。親たちの生き方は、強い者しか生き残れない生き方だったのだとツナは知った。だから、大抵の人間は群れて村を作るのだ。


ツナはそれを知ったから、村を目指した。


その村にはカエデがいて、ツナは人生初めての恋をした。それだけだった。今までのことはそれだけのことだった。


傷が癒えるとツナは改めてオチバがいる村へと赴いた。


村の周囲に集まっていた死人を殺し、村の門までたどり着く。死人を殺すことは、ツナにとっては簡単なことだった。物心つく前から、やっていたことである。死人をすべて殺してしまうと門が開かれた。門からできたのは、細身の青年であった。


優し気に微笑む青年。


そして、隣にはオチバがいた。


赤っぽい髪にツナたちとは少し違う不思議な瞳。思慮深さはカエデとよく似ているが、そこに血の繋がりがない少女。


「初めまして、私はイツキと申します。この村の代表者でオチバさんを預かっていました」


 お返しします、とイツキはオチバの肩を叩く。


 オチバは、ツナの方へと歩いて行った。


 静かな足取りで、オチバはツナの腕の中に戻ってきた。このとき、ツナは泣きそうになった。すべて亡くしてしまったカエデの部品が、少しだけ自分の元に戻ってきたような気がしたのだ。もしかしたら、カエデはこれを見越してオチバをツナに守らせていたのかもしれない。


 オチバは、カエデのかけらだった。


 カエデを好いていたツナにとっては、その欠片さえも愛しく感じられて仕方がなかった。だから、カエデはツナにオチバを頼んだのかもしれない。


「待て」


 突然、声が聞こえた。


 声を上げたのは、狼を操っていた美しい少年だった。少年の手には、二振りの木刀が握られていた。


「ボクは、ユキ」


 少年は、そう自己紹介した。


「お前に殺されたのは、ボクの兄さんだ。お前とは友好的な関係を築きたいから、復讐する気はない。ただそのつもりで修行はしてきた。ボクが、兄さんのためにどれだけ強くなれたかを試させてほしい」


 ユキは、ツナに木刀を投げ渡す。


 木刀は地面に刺さり、オチバは心配そうに二人を見比べていた。どうやら、オチバはこのユキと言う少年を知っているらしい。顔見知りだったのかもしれないし、友人だったのかもしれない。イツキは、ユキの行動に驚いていた。どうやら、事前に知らされていたものではないらしい。あるいは、ユキが止められていたのに勝手に暴走したのかのどちらかであろう。


「ツナ……」


 オチバは、ツナの名を呼んだ。


 その目には、心配があった。オチバは、もしかしたらツナが負けるかもしれないと思っているのだ。心配するオチバに、ツナは「待っていろ」と声をかけた。負ける気など全くなかった。ただ、ユキという少年に怪我をさせてしまうことが心配だった。木刀は、いいアイデアだ。これならば、殺すことばないであろう。


ツナは、自分の武器をオチバに預ける。代わりに握った木刀を握り、構えた。木刀は軽く、生きぬくには不安になるほどであった。


「狼にはすまないことをした」


 ツナの言葉に「謝るな!」とユキは叫んだ。


 その叫びには、痛みが刻まれていた。


「謝っても兄さんは帰ってこない。ボクは、おまえを倒して兄さんを殺してしまった自分を超えるんだ!!」


 ツナは理解した。


 それが、ユキなりの憎しみの乗り越えかただったのだ。負けた自分の弱さが悪いと責めて、自分が弱さを乗り越えることで憎しみを乗り越えようとしていたのだ。


 ユキは、飛び上がる。


 それは人間ではありえない跳躍であった。


 最初からトリッキーな動きをする子だと思ってはいた。だが、その動きにもある程度のパターンがある。人間である以上は、身体的にできないことがあるのだ。


 ツナはユキの動きを予測し、ユキの着地地点から離れる。ユキは、自身の身体能力を使ってツナを翻弄しようとしているのかと思った。だが、違った。


 着した後のユキは、剣術の基礎を守った方を見せた。


 それは前回のユキには見られなかったことである。


 ユキはたぐいまれな身体能力を持っているが、それに頼った戦い方をしていた。そのため、動きさえ把握してしまえばツナの敵ではなかった。


 だが、今回は大きく違った。


 刀を持つときの基本の動きをユキは行った。


 トリッキーな動きを封じ、基本に立ち返ったユキ。その動きに、ツナは期待した。基本をおろそかにせずに、自身の強みを生かせればユキはきっと今よりも強くなれる。いつかはツナに並ぶか、ツナを負かすかもしれない。


 けれども、それは今ではなかった。


 ツナは、ユキに一撃を入れる。


 その力強さに、ユキは地面にふした。ユキの華奢な体では、ツナの攻撃に耐え切れなかったのだ。


 倒れたユキは、茫然としていた。


 圧倒的な実力の差が、ユキとツナの間にはあった。少しの修行では追い越せないほどの実力の差が。ユキには、それが悔しかった。


「いつか超える!」


 ユキは叫んだ。


 地面をたたきながら叫んだ。


 兄を殺された時の弱い自分を超えられなかったことが、悔しかったのだ。


「いつか超えてやる」


 叫ぶ、ユキ。


 その悔しさでいつか自分を超えるがいい、とツナは思った。


 それは高みに登ってしまった大人の思考だった。


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