第26話慰められた狼

●慰められた狼


 ユキは、子狼のフブキと遊んでいた。正確には、フブキに狩りの練習をさせていた。獲物のどこに噛みつけば致命傷を負うかを教え込んでいたのだ。ただその様子は傍から見れば、子狼とユキがじゃれて遊んでいるようにしか見えない。ユキは遊びながら、子狼に狩りを教え込んでいたのだ。


「ユキ」


 イツキは、ユキに声をかけた。


 ユキは、顔を上げる。


 ゆったりと微笑むのは、母のようだと周囲によく言われているイツキだ。ただユキはイツキと喋る機会がないので、なんとなく取っ付きにくい。どういうふうに接すればいいのかもわからない。


「干し肉たべますか?」


 イツキは、懐から干し肉を取り出す。


ユキはそれに目を輝かせながらも、そうっとイツキから干し肉を受け取る。警戒心の強い狼のような光景である。ユキは干し肉の匂いを嗅いで、一口食べてから半分をフブキにやった。フブキは喜んで肉を一飲みにする。


「私のことを警戒しているのですね?」


 イツキの質問に、ユキはどきりとした。


 その通りだったからである。


「……あんまり話したことがない」


 ユキは、恐る恐るイツキを見つめる。


 優しい微笑みのイツキに、ユキはちょっとだけ近づいた。そんな景観芯の強い小動物のような動きに、イツキはころころと笑った。


「無理もありません。ただ、側でお話をさせてもらってもいいですか?」


「う……うん」


近づいてくるイツキ。

 

ユキは、もじもじしながら視線をさまよわせた。


「子狼の面倒をよく見ているようですね」


 えらいですよ、とイツキは言う。


「……ボクがふぶきの父親をうばっちゃったから」


 父親代わりにならないと、とユキは告げた。


 イツキは「それですが……」と口火をきった。


「復讐をあきらめてください」


 その言葉に、ユキは茫然とした。


「どうして、そんなことを……」


 言葉を失う、ユキ。


 そんなユキに、イツキは語り掛ける。


「あなたのお兄さんを殺したのは、保護したオチバという子の保護者でした。私たちとしては彼と敵対することを望んでいません」


 イツキの言葉に、ユキは衝撃を受ける。


 だが、ユキとて分からないわけではなかった。ユキの兄は村人ではなく、人間ですらない。だから、自分の復讐には誰も巻き込まないつもりだった。


「それは……兄さんが狼だから」


「違います。あなたと私たちが人間であるからです」


 イツキは、ユキを抱き寄せた。


 ユキはイツキ達の仲間である。そんなユキが複数のためにツナと敵対すれば、村とツナたちの間に遺恨が残る。


「私は平和的に今回のことを解決したい。そのために、あなたに辛い思いをさせます。ですが、優先すべきは人。狼ではならないのです」


 イツキは、そう言った。


 責任者の言葉であった。


「ボクは……」


「あなたも人間です」


 ユキは、イツキの頭をなでる。


 まるで小さな子供にするかのように。


 大人の意見を言い聞かせるように。


「そのようにここの村の人々はあなたを扱いました。あなたも、人になるためにここに来たのでしょう。ならば、今回のことは……」


 ユキの頬に涙が伝う。


 その涙を、イツキは布で拭いてやった。


「兄を失って……その復讐もできないなんて。ボクは悲しむために人間になりにきたのかな?」


 ユキの言葉に、イツキは首を振る。


「いいえ、あなたは生きるために人間になったのです」

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