第24話立ち直れず

●立ち直れず


 手当をしたユキは、どこかぼんやりとしていた。


 身内をなくしたのだから当然である。


 兄の埋葬を済ませると、ユキは悲しげに吠えた。埋葬場所は村の内部で、本来ならば村の人間しか埋葬されない場所であった。


ユキの悲しい遠吠えに、死者たちが反応して集まってくる。だが、集まってきたのはそれだけではなかった。しばらくすると子供を連れた狼がやってきた。


きっと兄嫁であろうとササナは思った。


しばらく、狼とユキは会話していた。そして、ユキは子狼を一匹連れて村に戻ってきた。兄嫁と他の子供たちの姿は見えなかった。


「この子は……ボクが育てることになった。姉さん一人では、この子までは育てられない」


 罪悪感と悲しみ。


 それらを慰めるように子狼は、ユキにじゃれつく。


 義姉はユキのことを心配して、きっと子供を一匹養子によこしたのだろうとササナは思った。そこまで深く愛され、子供を託すほどに信頼されたユキのことが愛しくて痛ましい。


 ササナは、ユキを抱きしめた。


 ユキも足に傷を負っていたが、それに関して痛みを訴えることはなかった。きっと体よりも心が痛いのだろう。


「兄さんは、いつでもボクのことを思ってくれた」


「……それだけ大切だったんだ」


 ササナは、囁く。


「ボクが末っ子だったから」


「違うって」


 ササナには、確証があった。


 ユキが末っ子だったからではなくて、ユキがユキだったから愛しかったのだ。


「お前の兄さんは、どんなお前だってお前を大切にした。お前がお前であるだけで、大切にしたさ。俺には気持ちがよくわかるよ」


 ササナもそうであったからだ。


 どんなユキであっても、ユキがユキであるのならば大切にしたかった。


 ユキの目から、大粒の涙がこぼれる。


 それを慰めるように、ササナは背中をなでてた。身内をなくしたユキに、ササナはそれしかできなかった。

 

 ユキの元にやってきた子狼は、フブキとなずけられることになった。灰色の子犬のような狼だったので、すぐに子供たちの人気者となった。それでも狼らしい気難しいところをすでにもっていて、彼が腹を見せるのはユキだけだった。フブキの存在は、兄をなくしたユキを慰めた。それは、きっと兄嫁の思惑通りなのだろうとササナは思った。


 だが、フブキの存在を持ってしても、兄を殺した人間に復讐をしたいという気持ちはユキのなかで収まっていないようだった。


ユキは、ササナとの鍛錬に力を入れるようになった。


人間相手の戦闘は苦手であったので、ユキはそれを克服しようとしていたのだ。本来ならば、そのやる気は喜ばしいものだ。強ければ強いほどの生き残るチャンスは増える。だが、兄の復讐のために強くなろうとする姿は悲しかった。それでも、ササナは自分が知っていることをユキに教えることしかできなかった。

 

ユキは扱えなかった、弓まで扱えるようになった。


 もとより、彼の腕の筋力は十分にあるのだ。練習さえすれば、扱えるようになるのは明白だった。今まで使えなかったのが、弓がユキの性に合わず練習をさぼっていたせいだ。だが、今のユキは練習を欠かさなかった。強さを求めていた。自分の肉体が疲れ切っても、怪我をしても、ユキは自分で高みへと登ろうとしていた。


 もっと強く。


 もっと強く。


 男を殺せるぐらいに、復讐ができるぐらいに、もっと強く。


 何日だって、ユキは鍛錬を続けた。


「ユキ、少し休め!」


 そんなユキに声をかけたのは、アサヒだった。まだ子供のアサヒは、無遠慮にユキの顔を覗き込んでいた。アサヒは、アサヒなりにユキの心配をしていたのだ。


疲れ切ったユキは、肩で息をしている。連日訓練を重ねて、疲れが取れる前に次の訓練に進む生活はユキを疲弊させていた。今の雪ならば、一人の死者でだった簡単に殺せるかもしれない。


「今のまま訓練を続けたら、お前がつぶれるって」


 アサヒの言葉通りだった。


「つぶれても、兄の仇がうてるなら」


 ユキは、そう呟いた。


 アサヒは苦虫を噛んだような顔をしていた。


「そんなんで、うてるかよ!」


 アサヒは、ユキを地面に押し倒す。


 ユキは、抵抗らしい抵抗もできずに痛みに目をつぶった。ユキらしくない反応であった。いつもならば、瞬時にやり返していただろう。


「今のお前だったら、俺でも倒せる。外の死人だってな。身内が殺されて悔しいのは分かったから、少し頭を冷やせって」


 アサヒは、力弱くユキの頬を叩いた。


 頬を叩かれたユキは無言であった。



「俺は、お前に死んでほしくないんだよ。俺は……お前のことが好きだから」


 アサヒは、辛そうな顔でそう言った。


 ユキは、きょとんとしていた。


「すき?」


「ああ……誰よりもお前が綺麗に見えて、誰よりも大切なんだ。だから、無茶するなよ。そ

んな無茶したらお前が死ぬだろうが」


 アサヒは、小さくユキの胸を叩いた。


「お前が死ぬところを見たくない……見せるなよ」


「アサヒ……」


 ユキは、じっとアサヒを見つめていた。


 アサヒは、ユキから離れた。


 無言で、ユキも立ち上がる。そして、自分の馬を厩舎からだしてきた。その行動を、アサヒも疑問に思った。


「おい、ユキ……」


 ササナが、ユキが声をかける。


 ユキは、小さく答えた。


「少し頭を冷やしてくる」


 馬を引っ張る、ユキ。


 そのあとを、アサヒは追おうとした。だが、すぐに立ち止まる。


「俺も行くからな。ちょっと待ってろ。ササナも呼んでくる。」


 今のユキを外で一人になんてできない。


 アサヒは、そう思った。


だが、子供の自分だけでユキを守り切れるとも思っていなかった。アサヒは、ササナを呼んできた。結局、ユキとアサヒ、ササナで外に出た。


三人は馬を走らせて、川へとやってきた。


死人がいないことを確認して馬から降りた。そして、ユキは着ている服をぬぐ。アサヒもササナもびっくりした。だが、その驚きを意に返さずに、ユキは川に飛び込む。その光景に、ササナはあきれた。アサヒは、頭を抱える。


「おい、頭を冷やせっていうのは水浴びしろって意味じゃなくてな」


 アサヒは、たじろいだ。


 冷静になれ、と自分は言いたかったのだ。別に「水浴びをしろ」と言いたかったわけではない。皮を泳ぐユキは、美しかった。


水をはじく白い、皮膚。


黒々と光に反射する、髪。


苦しみも悲みも感じさせない、表情。


「分かってるよ。……ただ、冷静になるには水をかぶるしかないと思って」


 ユキは、静かにそう言った。


 彼なりに考えての行動だったらしい。


「ユキ、考えていることが脳筋の考え方だぞ」


 アサヒが呆れていると、ユキは水の中にアサヒを引きずり込んだ。ざぶん、と水音が響いてアサヒが川に落ちた。服をきたまま頭から川のなかに飛び込んだアサヒは、目が点になっていた。


「何をするんだよ!」


「冷たくて気持ちよかったから」


 ユキは、そう言った。


 その顔は、少しだけ笑っていた。


 その笑顔に、アサヒは顔を赤くする。ユキの髪に滴る水がやたらと妖艶で、アサヒは彼が自分よりもはるかに年上なのではないかと一瞬勘違いした。


「ささなも」


 ユキは、ササナに手を伸ばす。


 ササナは首を振った。


「俺は死人がこないかどうかの見張りをしてる。子供同士で遊んでろ」


 ササナが自分を子ども扱いしたので、腹がたったアサヒは川の水をササナにかけた。ササナは「ぎゃぁ!」と悲鳴を漏らして、ユキはようやく声を上げて笑うことができた。

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