第23話敗北

●敗北


 静まり返った、夜。


 ユキは、人の気配を感じて起きた。


村人の気配ではなく、侵入者の気配である。ササナを起こそうとしたが酔っぱらっていた姿を思い出して止めた。今起こしても役に立たないであろう、と思ったのだ。

 

部屋を出て、壁の外をユキは見つめる。


 いつもは聞こえるはずの死人の呻き声が今日に限っては聞こえなかった。それを不思議に思って、ユキは壁に飛び上がる。すると壁の外には、軋り棄てられた死人たちしかいなかった。


いや、もう一人いた。


その人間は、生きていた。

 

一振りの刀を持ち、周囲の死人をすべて屠ったであろう男だった。


 身長ばかりが高い男は、不気味に夜風に揺れる。

 それを見たユキは、男が幽霊ではないかと思った。それぐらいに静かで、存在感が薄い男であった。ぎらり、と男の目が夜なかで怪しく光った。それで、ようやくユキは男が現実のものであると気が付いた。


 男が飛ぶ。


 ユキと同じく、ひと呼吸で壁に飛び乗った男は刀を抜いた。


 無言で、ユキは男を睨んだ。


 降りろ、と睨んだ。


 村に災厄を持ち込むわけにはいかない。だから、降りろとにらんだのである。だが、男に反応はなかった。


ユキは咄嗟に、壁から降りて村の外側へと降りた。


男は間違いなくユキを追ってくるだろう。

 

男は、案の定ユキを追ってきた。


 刀を抜いた男は、ユキに切りかかる。ユキも刀を抜いて、男の刀を防ぐ。細い男の剣には体重以上の気概が乗せられており、ユキは思わず後ずさった。


 一撃が重い。


 一瞬の攻防で、悟らざるをえなかった。


 目の前の男は、自分よりも強いのだと。


 助けを呼ぶべきだ、と本能的に理解する。だが、夜中で村人の助太刀は当てにできないかもしれない。兄を呼ぶにしても、村に来るまでに時間がかかるだろう。


 それでも、ユキは遠吠えをする。


 誰かに助けを借りなくては、男に殺される。


 そう判断してのことだった。


 狼のような遠吠えをするユキを男は不信がった。ただ、倒してしまえば同じとでも考えたのか、男はユキに向かって飛び出してくる。


再び強い一撃を再び受けるのは負担になると考えたユキは、それをよけようとする。だが、男の刀はユキの動きを追いかけてくる。ユキが飛んでもはねても刀は追尾を止めず、追いかけてくる。まるで刀がまっすぐではなく、ヘビのようにうねっているかのような動きであった。


そして、とうとう男の刀はユキの足を捕らえた。


間一髪でユキは男の刀を避けたので切断にはいたらなかったが、それでもユキはひどい傷を負った。これでは、最初と同じように避けることは難しいであろう。


「おまえ、誰だ?」


 ユキは、足の傷を確認しながら訪ねる。


 少しでも時間稼ぎがしたかった。


「……私はツナ。カエデの忘れ形見を守るものだ」


 男はそう語った。


 ユキは小さく「かえで……」と呟く。


 聞いたことがない名前であった。


 少なくとも村人ではない。


「この村に、かえでっていう人はいない」


 ユキは、はっきりとそう言った。


 その言葉で男が諦めるとは思えなかった。だが、ユキには時間が必要であった。男の後ろに兄の姿が見えていた。もう少し時間を稼げば、兄が男の喉元に噛みつくであろう。


「ボクは、ゆき……。この村を守っている存在だ」


「ユキ。お前は、私の敵だ。そして言っておく。こんな子犬を差し向けるのは無駄だ」


 ツナは振り向きのせずに、後ろから噛みつこうとしている兄に刀を向けた。兄の首が刀に貫かれる。兄は血を拭き、仰向きに倒れた。


「兄さん!」


 ユキは痛む足も忘れて、ツナに襲い掛かった。


 頭の中には、兄のことしかなかった。


「獣のようなやつだ。怒りで我を忘れたか」


 ツナは向かってきたユキを地面にたたき伏せた。


 まるで、赤子の手をひねるようなものだった。


「離せ!よくも、兄さんを!兄さんを!!」


 暴れるユキを地面に抑えた男は、ユキの言葉に初めて困惑を覚えた。


「犬が兄さん?おまえ本物の獣なのか?」


 そんなはずはない、と男はかぶりをふる。


 男が抑えているのは、間違いなく人間だ。


 だが、ユキは「兄さん、兄さん」と狼を呼ぶ。男には訳が分からなかった。


 そのとき、ツナの手に弓矢が刺さった。


「ユキから離れろ!」


 それは、ササナが放った弓矢であった。


 後ろではアサヒも矢をつがえている。


「三人を相手にする気か?ユキから離れろ!」


 ササナの怒声に、ツナは姿を消した。


 アサヒは周囲に目を光らせ、その隙にササナはユキに駆け寄る。


「ユキ、大丈夫か?」


「……兄さんが」


 ササナは、狼の死体を見た。


 首を刀で貫かれた無残な姿に、ササナは息を詰まらせる。ずっとユキを守ってきた狼が染んだことが、少なからずショックだった。


「埋葬しよう……。ユキ、お前の傷の手当もだ」


 ササナはそう言って、ユキと兄を村に連れ帰った。


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