第22話祭りの喧騒

●祭りの喧騒


 秋祭りの準備には一日かかる。


 まず、普段は山に狩りに行くものが今日に限っては川に向かう。そこで魚やカニといった川の恵みを調達するのだ。ユキやササナ、今年はスウハもそれに参加した。スウハは魚を捕まえるのが下手だったが、ササナもユキもそれなりの釣果を上げていた。特にユキは楽しそうであった。


「ささな、そっちに大きな魚がいったよ!」


「分かった」


 魚を追い立てるものと、魚を捕まえるものに分かれる漁だった。ユキとスウハは魚を追い立てて、ササナたちが魚を捕まえた。魚はぬめって捕まえるのが難しかったが、ササナは器用に魚を捕まえていった。


 全員で籠を魚でいっぱいにしたら、村に帰る。



 村では、他の住民が調理を始めていた。


 別の日に取った鹿や猪の肉を焼いたり蒸したりごちそうを作る。魚は鱗や内臓を取り除き、汁物になる。その調理の様子を興味深くのぞいていたのは、先日スウハが保護した女の子であった。どうやら、彼女は食べ物を調理するということをあまり見たことがなかったらしい。オチバと名乗った女の子は、村人に教えてもらって魚をさばく手伝いをしていた。苦労しながら鱗や内臓を取り除く。

 

けれどもオチバはまだ村にはなれず、イツキやスウハと言った面々の側から離れようとはしない。そのため、スウハの彼女の側で魚をさばくことになった。慣れない二人が一生懸命に魚をさばく様子を少し微笑ましく思いながら、村の住民たちは祭りの準備を進める。


「なんで、祭りなんてするんだろう」


 ユキがそんなことを尋ねた。


 スウハは「楽しみのためだよ」と答えた。


 人生には楽しみが必要だ。たとえ常に危険と隣り合わせであっても、娯楽がなければ人の心は死んでしまう。


 準備が整うと、村の住民が集まってきた。


 外に音が漏れるので歌ったり踊ったりはできないが、村人たちはみな楽しそうにごちそうを食べ始めた。ササナやイツキ達も同じように食べて飲んだりして楽しんだ。ユキは初めて食べる魚の汁を恐る恐る飲んで、後のものはすべてササナに渡した。どうやら、好みの味ではなかったらしい。


ユキとオチバも戸惑いながら、食事を食べる。オチバは、自分がここにいるのかと迷いながら。ユキは、この場の雰囲気がよくわからないので戸惑いながら。その日は、一日が終わるまで村人たちは大いに食べた。


滅多に出されない酒が振舞われ、子供を除く全員がそれを飲む。ユキもササナにほんの少しだけ分けてもらって酒を舐め、顔をしかめていた。味が気に入らなかったらしい。「甘ったるい」と嫌そうな声で、酒が入った器を遠ざける。そして、口直しとばかりに鹿の肉を齧った。


「昔は辛い酒も作れたそうだけどな。今は果物を発行させた甘い酒だけだ」


 これはリンゴを発行させた奴、といってササナは器に入った酒を飲み干す。ササナは上機嫌であった。顔をほんのり赤くして、ユキに近づく。ササナの呼気からは、いつもと違う香りがした。


「酒くさいよ」


 ユキは、むっとしていた。


 酒の匂いすら嫌だ、というふうに。


「でも、俺は側にいたいんだ。ユキと一緒にいると楽しいから」


 気軽なササナの言葉に、ユキは眼を丸くした。


 だが、ササナがあまりに機嫌よく笑っているので、ユキの機嫌は悪くなった。楽しいから、という言葉すらも酒のせいのうわ言にしか聞こえなかったからだ。酒が抜けているときに、言ってくれればいいのに。


「あの、オチバさん」


 戸惑っているオチバに声をかけたのはスウハである。スウハは、食事に全く手を付けていない。そして、彼女の顔色は悪かった。


「あなたを守ってくれていた人のことを考えているんですか?」


 スウハは、イツキからオチバの事情を教えてもらっていた。父は殺され、彼女を保護してくれた人とも別れてしまったと。


「はい……強い人だから、生きているとは思うんです」


 オチバはそう言ったが、スウハにはそうだとは思えなかった。外で一人でいることはひどく危険なことなのだ。生きているとはとても思えない。


「ただ怪我をしていないか心配です」


 オチバは、ため息をついた。


 そこまで信頼を置かれている人間とは、どれほど強いのだろうかとスウハは思った。ササナやユキたちよりも強いとなると想像することができない。彼らは一般よりもかなり強い人間だった。


 その日は、全員がそろって眠りについた。


 全員が祭りの余韻に浸っており、深い眠りのなかにいた。

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